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矢野顕子のピアノへの執念、ピアノから彼女への愛―映画『SUPER FOLK SONG』

矢野顕子のピアノへの執念、ピアノから彼女への愛―映画『SUPER FOLK SONG』

 凛と研ぎ澄まされた空気のなか、矢野顕子がピアノに向かう。集中力をキープしながら、繊細さとダイナミズムを共存させたピアノ、そして、ふくよかな手触りと鋭利な表情を同時に感じさせるボーカルを響かせる。そして1曲をしっかりと演奏し、心から満足した表情で「I got it!」と呟く――。

 1992年に発表されたピアノの弾き語りによる名盤「SUPER FOLK SONG」。この年の2月に東京・千駄ヶ谷の津田ホール、長野県松本市のザ・ハーモニーホールで行われたレコーディングに密着したドキュメンタリー映画「SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。~」(1992年 監督/坂西伊作)が2017デジタル・リマスター版として、2017年1月6日(金)から約24年ぶりに15日間限定で上映される(東京・新宿バルト9、大阪・梅田ブルク7 他)。矢野顕子自身が「40年の活動の中でこの作品は、いまの自分造りの大きなターニングポイントになっていたのだなと感じる映画でした」というこの作品を質の高い音響、映像で体感できる、きわめて貴重な機会と言えるだろう。

 いわゆる“一発録り”による「SUPER FOLK SONG」のレコーディングは言うまでもなく、凄まじいばかりの緊張感に包まれている。テンポが上手く定まらず、何度もイントロを繰り返したり、「難しいな…と眉間にシワをよせたり、いきなり苛立ったかのようにピアノを叩きつける矢野。「カメラの音が入る? ほらほらほらほら」「(カメラが)離れればいいっていう問題?」というやりとり、食事休憩を提案するレコーディングスタッフに対して「いらない」とピシャリと言い放つ矢野は、徹底的に真摯で求道的に見える。四半世紀前にこの映画を観たときは(もちろん筆者は矢野顕子の大ファンでした)「アッコちゃん、コワいな…」などと思ってしまったが、いまは「音楽を生み出すために必要な、ごく当たり前の厳しさだったんだな」とハッキリわかる。彼女はただ“良い音楽”だけを目指し、そこに向かって進む。スタッフはそんな彼女の姿勢を支えることだけに意識を傾ける。“音楽を作る”ということ以外に余計なものはなにもない、清々しい空気がそこには存在しているのだ。

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 さらに特筆すべきはレコーディング・エンジニアの吉野金治の存在。矢野顕子とはデビュー作「JAPANESE GIRL」(1976年)からの付き合いになるが、レコーディングの場所、ピアノの選定、録音技術の高さを含め「SUPER FOLK SONG」の豊潤な音響は言うまでもなく、吉野の手腕がなければ絶対に実現しなかった。レコーディング中の吉野は穏やかな態度で矢野の要望に応え、より良い演奏環境を整えながら、ひたすらアナログテープを回し続ける。録音された音源の編集を拒み、最初から最後まで演奏することにこだわる矢野の姿に対し、「絶対につなごうとしないんだよね」とカメラに向かった話す吉野の柔らかい笑顔は、この映画のもうひとつの見どころだろう。

 鈴木慶一、糸井重里、宮沢和史などが「SUPER FOLK SONG」について語るインタビューシーンもきわめて興味深い。特に谷川俊太郎の「このアルバムを聞くと(矢野は)まともな生活をしているなっていう気がひしひしとするんですね。で、そのまともな生活の中心にあるものが愛っていうものだってことを納得させられちゃうの」という言葉には深く頷いてしまった。デビュー当時から天才と呼ばれ、YMOのメンバーからパット・メセニーまで、世界トップレベルのミュージシャンとともに革新的かつ優れたポップな作品を作り続けてきた彼女は、初のピアノ弾き語りアルバム「SUPER FOLK SONG」によって、)(おそらく初めて)ひとりの人間としての在り方と自らの音楽をしっかりと結びつけたのではないか――谷川氏の言葉は、そのことを示すひとつの証左なのだと思う。

 この原稿の冒頭で紹介したのは、タイトル曲「SUPER FOLK SONG」の演奏シーン。この他にも「塀の上で」(作詞・作曲/鈴木慶一)、「横顔」(作詞・作曲/大貫妙子)、「中央線」(作詞・作曲/宮沢和史)などのレコーディングの様子が収録されているのだが、圧巻はラストの「PRAYER」(作詞/矢野顕子 作曲/パット・メセニー)。矢野の息づかい、ピアノのタッチが生々しく映し出される場面は、まさに息を飲むような美しさ。音楽という芸術が持つ豊かさと厳しさがリアルに伝わるシーンを、ぜひ映画館で体感してほしい。

文 / 森朋之

SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。~
[2017デジタル・リマスター版]

2017年1月6日(金)より新宿バルト9ほか全国の劇場にて15日限定ロードショー

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出演・演奏:矢野顕子
インタビュー出演:鈴木慶―/谷川俊太郎/糸井重里/三浦光紀/宮沢和史/David Rubinson(出演順)
監督:坂西伊作
企画・主催 ソニー・ミュージックアーティスツ
上映時間:79分
オフィシャルサイトhttp://www.110107.com/yanoeiga
©映画『SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。~』[2017デジタル・リマスター版]