【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 1

Column

中森明菜デビュー曲「スローモーション」のなかの永遠

中森明菜デビュー曲「スローモーション」のなかの永遠

二度ほど彼女にインタビューしたことがあるが、自分の歌唱に関しては、隅々にまで意識が行き届き、詳細に答えることが出来る人だとすぐ判った。なので、すごく取材しやすかったのを覚えている。でもデビューした1982年当時から、すでにそんな資質を垣間見せていたように思う。あの頃、アイドル歌手は“大人の着せ替え人形”などと揶揄されたが、中森明菜は“人形”などではなく、自らの心模様に合わせて“服を選ぶ”、れっきとした“人間”だったということだ。

歌手を夢見たのは小学校に入った頃だそうで、実現したのはオーディション番組『スター誕生』がきっかけである。親に内緒でハガキを出し、予選会に集まった8000人のなかの10人に残る。それが中学2年の夏の終わりのこと。ちなみに予選会で歌ったのは、実力派である岩崎宏美の「夏に抱かれて」だった。本選は10月だ。しかし辛口で知られる番組の審査員から、「年齢のわりに大人すぎる」と寸評され、落選してしまう。

めげずに中三の夏に再チャレンジする。前回と同じ轍を踏まないためにも、爽やかで若々しい曲調の松田聖子の「裸足の季節」で勝負するも、今度は同じ審査員から、「歌は上手だが顔が子供っぽいから…」という理不尽すぎる一言を頂戴して、またも合格出来なかった。しかし諦めきれない彼女は、三度目の正直とばかり、再再度のチャレンジで、見事、合格を果たすのだった。  デビューに際しては、本名の中森明菜ではなく、当初、「森アスナ」という名前が候補となった話は有名だが、このあたりのエピソードは、さほど重要ではない。歌手を創るのは名前ではなく、歌唱そのものだからである。さっそくデビュー曲までの話に移ろう。


『スター誕生』を経て、事務所・レコード会社が決定して彼女は、いきなりアルバム・レコーディングのためにロサンゼルスへ飛ぶ。初の海外旅行だ。5日間の滞在で、アルバム10曲分の歌入れを果たすのだった。この時点でデビュー曲は決まっていなかった。候補となったのは、いずれも後にファースト・アルバム『プロローグ〈序幕〉』に収録されることとなる「あなたのポートレート」「Tシャツ・サンセット」「銀河伝説」「スローモーション」の四曲だ。レコード会社の営業所まわりをしつつリサーチし、普通ならその結果、決められるのだろうが、彼女は並の新人とは違う行動力をみせる。

なんと、自分の出身中学へ兄と出向いて、生徒達からアンケートを募るのだった。もちろん、いくら出身校でも、そんなことに協力してくれるわけはない。しかし、話の分かる先生が一人いて、見事、マーケティング調査を成し遂げるのだった。

個人的に思い出深いのは、「あなたのポートレート」である。これは彼女のファースト・アルバムのオープニング曲だった。明菜本人は「銀河伝説」がお気に入りだったらしく、その曲を改めて聞いてみると、山口百恵が歌った「青い果実」「ひと夏の経験」など、“性典ソング”と呼ばれたものに通じる世界観を感じる。曲調もあってのことだろうが、明菜の声は、百恵に似ていなくもない。じっとこちらを見つめながら歌ってくれているような、そんな声の届き方には、共通するものを感じる。

デビュー曲は来生えつこ作詞・来生たかお作曲による「スローモーション」に決定する。1982年の5月1日。彼女は歌謡界という大海原へ、この曲に乗って漕ぎ出すのだった。改めて聴いてみることにしよう。


華やかなイントロから歌の直前、♪タッタッとリズムが立ってきて等間隔を意識させたあと、砂のうえで“刻むステップ”という歌詞が聞えてくるのは絶妙な滑り出しである。サウンドが直接ハートに意識させた♪タッタッの等間隔…、これが予兆で、いざ聞えてきた歌詞。ちょっと遅れて脳が理解したのは“ステップ”という言葉であって、これらは無理なく関連づけら、深い印象となる。来生たかお独特の、小手先の変化は求めない、雄大な稜線のようなメロディもいい。

最大のポイントは、サビ前の上昇から曲タイトルの“スローモーション”という言葉が出てくるサビのあたりである。この言葉と、そのあとに続く“ラブモーション”を、どう歌っているのだろう。あくまで日本語の歌として、“スローォーモションー”“ラブモーォーション”と、子音の「モ」が母音の「ォ」にほどけていくあたりもじっくり味わう歌い方となっているのだ。

そもそもこの歌、運命の人と出会った、その「一瞬」が「永遠」にも感じられたからこそ、目の前の景色がスローに変わりましたよ、ということを描いているのであって、それが見事に伝わる歌唱なのである。

実はレコーディングに際しても、この言葉の歌い方で試行錯誤したそうで、おそらく彼女も、この部分の重要性に気づいていたのだろう。

文 / 小貫信昭
主な参考文献 『本気だよ 菜の詩・17歳』(中森明菜・著 小学館)

中森明菜の楽曲はこちら

著者紹介:小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。
以後、主に日本のポップス系アーティストのインタビュー、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライター達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

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