Interview

映画『64-ロクヨン-』 佐藤浩市×榮倉奈々 インタビュー

映画『64-ロクヨン-』 佐藤浩市×榮倉奈々 インタビュー

『クライマーズ・ハイ』や『半落ち』など深い人間考察が光る警察小説の名手・横山秀夫。その横山が約7年ぶりに執筆した『64(ロクヨン)』は、執筆途中で記憶障害と闘いながらも完結させたという思い入れの強い作品で、「直球ど真ん中の作品で、自分の分身のように感じる」と話す代表作になった。原作はベストセラーになっただけでなく、昨年NHKでドラマ化されて第70回文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門で大賞を受賞して話題になっただけに、瀬々敬久監督による今回の映画化にも注目が集まっている。主演のふたりに話を聞いた。

久々に命を削った。
そんな作品になりました(佐藤)

実写版の主演が佐藤浩市さんと聞いた時には、大きな驚きがありました。

佐藤 それはいろいろな方から散々言われましたね(苦笑)。ミスキャストかもしれませんが(笑)よろしくお願いします。

榮倉 何をおっしゃるんですか(笑)

とんでもない。“ミスキャスト”と言われる理由としては、原作の中で、三上の娘が父親の顔との醜形恐怖症に陥るくだりからですよね。でもその点に関しては映画の中できちんと納得がいく仕掛けがありました。脚本や演出、そして佐藤さんご自身の演技も含めて。

佐藤 その部分は、よくできていたでしょう? 娘の問題は、父親と顔の造りが似ているとか整っているという表層だけの問題ではなくて、結局三上という男は、家庭でも仕事を引きずって刑事の顔でしかいられなかったということなんです。娘にとっては、それが問題だった。

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父が家庭でも刑事の顔でいたこと、そして親子として向き合ってくれなったことへの嫌悪感があったことが伝わってきました。

佐藤 父親の在り方って、結局誰もがわかっているようでわかっていないところってあるじゃないですか。個人の問題であるように見えるけど、一般論でもある。結局この男は、家族や娘との向き合い方がわからずに、「刑事である自分」という、一番わかりやすい、そして出しやすい部分の自分を見てくれというように、自分自身の城に逃げ込んでいたんじゃないのかな。

でもフタを開けてみると、三上は生きがいだった刑事部からは既に出されてしまっていて、その刑事部から目の敵にされている上に、まったくの畑違いの広報室に異動という左遷をさせられて複雑な組織力学の中で格闘しています。今回、横山秀夫先生は「初めて人を球体で描いた」と仰っていましたが、そのように多面的に描かれた人物像をどのように演じようと挑んだのでしょうか。

佐藤 久々に、キツかったですね。こう言うと軽く聞こえるかもしれないけど、命を削った。そんな作品になりました。三上は職場では刑事部と警務部の対立に直面しています。さらに警察組織の中では、キヤリア組と地方警察の確執があるし、そして警察とマスコミとの軋轢で揉めたりといった、さまざまな組織がらみの難題に巻き込まれながらも、組織の論理に立ち向かい、自らの信念を貫こうとする。これだけの錚々たるメンバーと一緒に、この人が終わったら次はこの人……というように対決シーンが数珠繋ぎに続いていく。その複雑な関係性をどうお客さんにわかりやすく伝えられるのかということを考えながらも、それでも今回はあえて攻めようと。攻めの芝居で行こうと思って走り抜きました。三上としても佐藤浩市としても、傷を負いながら、ゴールまで向かっていった感じでした。

榮倉 わたしはそんな浩市さんと同じ現場をご一緒させていただいて光栄でしたし、浩市さんという“座長”について行こうと思いました。美雲と三上の関係性も、同じ職場で近い志を持つ先輩と後輩。私自身と佐藤浩市さんの関係性に似てるなって思いました。だから(美雲役を演じるにあたって)浩市さんを見る目線と同じように捉えてもいいのかな、そんなふうに想像していいんだなと思いながら、演じました。

佐藤 それは知らなかったな。

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それぞれ、特に苦心された部分について教えてください。

佐藤 僕自身55年間生きて35年間役者をやってきましたが、一番のハンディは勤め人経験がないということ。だから、何かを演じる時にはかならず取材に行かせていただく。それをしたところで表層的でしかないのかもしれませんけどね。組織の中で生きたことはないのですが、でも、すべからく、物事のひずみっていうのは、あんがいどの業界も同じ部分があるんじゃないかと自分自身の経験上感じています。例えば今回も、自分自身は、「映画は前編と後編に分けるものではなく、1本に収めた方がいい」という意見を持っていましたが、でも実際にはいろいろな事情でそうせざるを得ない状況がある。その時に「その状況下で、自分なら何ができるのか」という考えで現場に入る。そういうことだと思うんです。

榮倉 そうなんですね。いま聞いていて、わたしももっと自覚しなくてはいけないと思いました。もちろんこれから経験していく上でわかる部分もあると思うのですが。

三雲は当事者ではない者特有の
強さを持つ人(榮倉)

警察組織の中で紅一点の美雲は単に添え物ではない存在感があって、物語の鍵となる人物だと思いました。演じられて、実際にどんな女性だと思われましたか。

榮倉 ロクヨンのことは知ってはいるけど、渦中で事件に関わっている人間ではない。だからこそ、知らない者、当事者ではない者特有の強さを持っている人だなと思いました。自分に必死で、三上という大先輩に対しても自分の意見をはっきり言える、すごく頑張っている女性だと思います。

佐藤 美雲が三上に対してある決定的なセリフを投げかけるシーンは、理屈に聞こえちゃうとつまらなくなるなと思っていて。字面で読むとそう傾く危険性があると思ったけど、実際そういうふうには聞こえなかったので、よかったですよ。

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全方位的に戦っている三上にとって、美雲は部下でありながら、自分の中の理想や信念を呼び覚ます存在でもあり、組織の中で翻弄される三上の立ち位置と方向性を支える重要な役どころだと思いました。

佐藤 (美雲は)三上にとって、良くも悪くも理想論を向けてしまう相手。人間誰しも理想を持って仕事を始めるわけですが、いつしかそこを卒業して実務的な人間になっていく。でも実務的な人間になると同時につまらなくなるじゃないですか。「警察の窓を世間に開いていきたいんです」という美雲の台詞を聞いて、三上はどこかで「そんな青臭い理想論を」と思っている。三上は組織にまみれて格闘していますが、同時に、ブラウン管の向こう側で頭を垂れている滝藤さん演じる赤間と変わらない汚れを持っている訳じゃないですか。けど、それでも理想や信念を求める気持ちをまだどこかで手放していない。そんな時に美雲の精錬な言葉を聞いて、そこには(胸を指して)ここから出てくる気持ちがあったからこそ、響いたんですよね。だからこそ、美雲の言葉が三上の中で棘のように突き刺さる。(三上には)そのことへの感謝があるんじゃないでしょうか。

お二人は息がぴったりですが、撮影の舞台裏でも、そういったことって、ありましたか?

榮倉 ないです(笑)

佐藤 ないなあ(笑)

榮倉 (笑)。そういうふうに、受入れてもくれるし、泳がせてもくれる。なかなかそういう関係性をもってくださる先輩はいないので、ほんとうにいつもありがたく思っているんです。演技のことなどでたまに相談させていただくと、必ずすごく深い答えを返してくださるので、そこに甘えてしまう部分もありますが、なるべく迷惑をかけないようにはしています。

佐藤 いや、この人(榮倉)もこの人で、戦ってるんですよ(笑)その戦い方が美雲とかぶる部分はありましたね。性別も違うし年齢も違うけど、ずいぶん前から知ってますし、仕事で一緒になったり、時にはお酒を飲んだりすることもありますし、そういう中でこの人なりのお芝居や映画への向き合い方もわかっている。そういう意味でのシンクロさはありました。

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