特集・進化するトライセラトップスという恐竜  vol. 6

Interview

バンドを支える吉田佳史。彼がトライセラに注力した理由を訊いた

バンドを支える吉田佳史。彼がトライセラに注力した理由を訊いた

トライセラトップス3人の中では、年長の吉田佳史。彼は何故セッションドラマーではなく、バンドを選んだのか

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 森崎純子


夜は月曜日から日曜日までスタジオに入って、毎日違うバンドでやるっていう感じでした

吉田さんは、最初はセッションドラマーに憧れてたんですよね?

はい。海外のセッションドラマーが好きでした。当時、流行ってたデニス・チェンバース(サンタナやブレッカー・ブラザーズに参加)っていうドラマーや、ヴィニー・カリウタ(スティングやジェフ・ベックと共演)にすごくハマりましたね。彼らはすごく洗練されてた。でも、ワイルドなバンド、ヴァン・ヘイレンも好きでした。ははは!

セッションドラマーという仕事があることを知って、それを目指してたんですか?

そうです。もともと名古屋で、17、18才くらいのときにバンドを7個ぐらいやってたんですよ。夜は月曜日から日曜日までスタジオに入って、毎日違うバンドでやるっていう感じでした。

最初から音楽を仕事にしようと思っていたんですか?

うーん、それよりも「いい大学を出て音楽をやる」っていう人たちがいることに、すごくビックリしてましたよね。だって「音楽って何にもできない人がやることじゃないの?」っていう(笑)。そういう認識ですよ。僕の実家は塗装業をやってて、兄貴が継いで、僕も7年ぐらいやってました。17才から25才ぐらいまでの間は、塗装業をやりながらドラムを叩いてた。だから僕、建築塗装技能士2級の資格を持ってるんですよ。国家試験にちゃんと受かってます。で、名古屋にいて、プロのドラマーになるのを途中から諦めに入ってたんですよね。

東京に出るチャンスは?

東京に出ることに関して、僕は臆病だったんです。でも、人の繋がりで、ある先輩に引っ張り上げてもらえたんです。
その人は、一緒にやってたバンドのひとつのメンバーで、つてがあって東京のスタジオで働くことになった。トイレ掃除から始まって、ある有名アーティストの制作ディレクターにまでなった。もともとはキーボーディストなんですけど、「あ、なんかこっちのほうがいいかもしれない」って言って、その道に進んだんです。
で、その先輩が、僕がプロのドラマーになりたいって言ってたのを憶えていて、「スタジオでアルバイトできるから、そこで仕事を探したらいいじゃん」って言ってくれたので、僕は東京に出て来た。

そのスタジオの隅に自分のドラムセットを置かせてもらって、空いているときに叩ける。スタジオの雑用が深夜2時に終わると、それからブースに行ってドラムを叩く。朝までずーっと練習して、また仕事をするっていう(笑)。そこのエンジニアの卵みたいな人たちと、ドラムの録り方の研究をしたり。そのときにレコーディングの実践に繋がるようなことの実験をやってました。

トライセラ 吉田

最初はトライセラをやりながら、他でもセッションをやらせてもらうっていうつもりでやってたんです

トライセラとの出会いは?

最初に呼ばれたとき、デモテープの3曲を覚えてスタジオに行ったんですけど、実はそのとき大遅刻したんです。うははは!

最初にガツンとかましてやろうと思ったんですか?

いやいや全然。ホントにフツーに寝坊したんです。

(笑)。

で、2人と合わせて演奏したら、「あ、いいかも」っていうことになったみたいで、やることになったんですよ。

バンドに対する憧れがあったんですか?

ないですね。むしろ、「まさかバンドのドラマーになるなんて」って思ってました。だってバンドのドラマーになったら、そのバンドの曲しかできないじゃないですか。それはヤだし、ドラムが下手になっちゃうって思ってた。ははは! だから最初はトライセラをやりながら、他でもセッションをやらせてもらうっていうつもりでやってたんです。

そうしたら、だんだん忙しくなっていった。

ラジオに出たり、コメント録ったり、音楽以外のことも多くて、「こんなことやってたら、俺、ドラム下手くそになっちゃうじゃねえか」(苦笑)って、最初は煮詰まってましたね。

吉田さんはトライセラと並行して、セッションも続けていく気だった?

思ってました。で、ある日、僕は別のレコーディングの仕事をやって、ミーティングにちょっと遅れて行ったんですよ。そうしたら、「セッションドラマーの最後のお仕事、お疲れさまでした」ってみんなに拍手されて、「ん? 最後の仕事って何ですか?」みたいな感じ。あんまり自分では認識してないまま、トライセラが始まった。で、気が付いたら、もう物理的に忙しくなっちゃって、セッションはできなくなってました。

その時点で、和田さんと林さんとは温度差があったんじゃないですか?

そうですね。でも「CDが出ます」とか「ライブツアーをやります」とかっていうのが決まっていく中で、自分もたぶん面白さを見い出してきたんでしょうね。ただドラムを叩くだけじゃなくて、セットリストを一緒に考えたり、「ライブをこういうところでやるんだ」っていうこととか、あとは単純にお客さんが増えてくるのが面白かったですからねえ。

一方で、コメント録りとか、音楽以外に時間を取られることはどう考えていたんですか?

それは正直、他の2人よりは嫌いじゃなかったと思いますけど。ふはははは!

2人は嫌いだったのかな?

ははは・・・だと思いますよ。昔の映像を見ると、相当突っ張ってるじゃないですか。

でもそういうふうにしないと、守れなかった部分があったと2人は言ってました。

ああ、それは。

かわい子ちゃん扱いされて、「ナメんじゃねえぞ」って思ってたと。

でも今になったら「可愛い」って言われたいんですけどね。わははは! まあ、若かりし衝動じゃないですか? でも、自然なことだと思います。

トライセラ 吉田

「どんな存在になりたいですか?」って訊かれたときに、「替えが利かない存在でいたい」って

だんだん忙しくなっていって、「このメンバーで一緒に音楽を作っていくんだ」って実感を持ったのはいつぐらいからでしたか?

 

最初のアルバム『TRICERATOPS』のレコーディングをしてるときは、まだそこまで思ってなかったです。自分の意見を出すっていうくらいの感じで、今思えば、セッションのひとつっていうつもりでやってたのかもしれない。でも2枚目の『THE GREAT SKELETON’S MUSIC GUIDE BOOK』の頃には、意識はもうバンドだった。クリエイティブなことに関しても意見を言うようになっていました。それからじゃないですかね、バンドとしての実感を持ったのは。

単純に、吉田さんは1人だけ年上だったので、そのことに関しては?

どっかでちょっとお兄さんになってたんじゃないですかねえ。良かったのか悪かったのかわからないんですけど、俺はわりとどんどん「やろうやろう、行こう行こう」っていうタイプだったんで、わりと速いペースでライブ会場がデカくなっていったことも大丈夫でした。オンエア・ウエストをやって、パワーステーション、その次がもう赤坂BLITZになってたのかな。
後から聞いた話ですけど、その辺ぐらいから唱は、「ちょっと速すぎるから、そんなに急ぎたくない」って言ってたらしい。でも俺はどっちかっていうと「やれるんだからやろうよ」っていうタイプだった。そこはちょっと感覚が違うなって、そのときは思ってましたね。でも、今思えば、唱は曲を作って、それが自分の思うようには受け取られていなくて、いろいろつらかったんでしょうね。
俺自身は気にしてもしょうがないって思うタイプなんですが、その俺でも周囲の反応を気にしちゃった時期もあったんで、それは……しょうがないことですね。

でもそうした悩みは、スタジオでセッションドラマーになりたかったときには、思いもよらない悩みですね。

そうですよね。セッションドラマーだったら、もっとドラムをプレイすることだけに集中してたと思います。ドラマーとしてそのプロジェクトを成功させる、技術者のうちのひとりみたいな感覚だったんじゃないかなあと思うんですけど。

バンドでやっていると、表に立つアーティストとしての悩みとか、人間的な悩みも当然出てくるわけですよね。

最初の頃、僕は写真を撮られるのがずっと苦手でした。そういうのが「イヤ」までは行かないけど、苦手でしたねえ。
ドラムのプレイスタイルも、明らかにトライセラをやるようになってから変わっていくんですよ。そのときはあんまり考えてなかったんですけど、ここ5年ぐらいかなあ、「トライセラをやってなかったら、こういうドラムになってないんだな」っていう。ここ何年かで他のアーティストともやれるようになってきた。それこそ吉井(和哉)さんもそうですし。だからそこのバンドに行ったときに、「セッションドラマーだけやってたら、こういう暴れる感じ、グイグイ押してく感じっていうのができてなかったんだろうなあ」って思います。
トライセラをやっていく中で、だんだん3人のグルーブ感みたいなものも出来上がっていった。ストーンズの感じとか、ビートルズの感じとか、その辺は僕、ほとんど通ってなかったんで。

そうなんですか。

テクニック系のドラマーが大好きだったから、トライセラでやるとき、すごく難しい部分があったんです。いまだに追い切れてないぐらいですけど、ビートルズやストーンズの良さがだんだんわかるようになってきて。やっぱりバンドのドラマーっていうのは、セッションドラマーとは全然違うし、だから「それは何なんだろう」って、ここ何年かずっと考えてたんですよ。

自分自身で?

そう、自分で。トライセラをやってきたから、ドラムもバンドっぽくなってる。この前、スキマスイッチとカバーのライブをやったときも、スキマのふたりから「ああ、やっぱりバンドっぽくなりますね」って言われたんですよ。「バンドっぽいって何だ?・・・」みたいな。わははは!

やりにくいって言ってるんじゃないんですよね。

違います。今、自分なりに辿り着いた答えは、「バンドのメンバーっていうのは、アーティストであって、サポートではない」っていうことです。やっぱりセッションドラマーとバンドのドラマーっていうのは、同じドラムだけど、違う職業って言っていいくらい違うものなんだなっていうのが、自分なりに出た答えですね。

吉田さんは、バンド側を選んだんですね?

そうですね。いつからか、「どんな存在になりたいですか?」って訊かれたときに、「替えが利かない存在でいたい」って答えるようになってた。それができるのはバンドの人だよなっていう。特にストーンズを見てると、ひとりでも他の人がやったら、もうストーンズじゃなくなっちゃいますからね。ミック・ジャガーがソロでストーンズの曲を歌っても、同じにならないんですよ。
上手いか下手かっていうのとは違う。ミスチルのジェンさんも同じことを言ってて、やっぱりジェンさんがドラムを叩かないとミスチルの曲にならない。フラカン(フラワーカンパニーズ)も、あの4人でやらないとフラカンの曲にならない。トライセラにも今、それがちゃんとある。「20年間、やってきて得たものは何ですか?」って訊かれたら、「この3人でやることは、他の人たちにはできない」っていう。そこに対しての自信はすごくありますね。

トライセラ 吉田

トライセラの3人でやれることっていうのも、まだまだ可能性はあると思ってます

そういう意味で言うと、この前のアコースティックライブは?

あれも、この3人でしかできない。そうじゃなきゃ、あんな位置にドラムを置くって言わないですよ。わははは! ベースを真ん中にして、ドラムは左端ですよ。
あれもちゃんと考えがあって、アコースティックライブだから座ってやるわけだし、幸治も唱も弾きながら歌ってるから、いつもよりは動きが少ない。だったらドラムを前に持ってくれば、バンドとしての見せ場が増えるなって考えた。動かなくても、お客さんからの見方が変わるかなっていう。それもトライセラのライブのひとつのあり方として、やってみたかった。  
実はその数ヶ月前のスキマのカバーライブのときに、ドラムの立ち位置がそこだったんですよ。最初は「え、ここなの!?」って言ってたんですけど、「メンバーの顔を見ながら演奏するのって、すごくやりやすい」と思ったんですよ。

いつもは2人の背中を見てるわけですよね。

そう、いつもは一緒にお客さんに向かってる感じ。だから今回、2人を見ながらやるのはすごく楽しかったですね。アットホームな感じにもなりやすかった。「もしかしたら今後も、ライブの立ち位置はこれでいいんじゃないの?」みたいなところもありますけどね(笑)。
この前、唱とこの話をしたら、唱も「実は最初からこういう立ち位置もいいんじゃないかと思ってた」って言うんですよ。「ああ、そうだったんだ」って、初めて知りました。

あのライブでは、トライセラトップスが大人な感じに見えました。

今、年に2回ツアーをやってるんですけど、アコースティックライブはひとつの武器になる。昼の顔と夜の顔じゃないですけど、そういう違いで使い分けてもいいかなって思ってます。そういう可能性が広がったから、やって良かったなと思いますね。

あのライブをやってて、「俺たち、大人になったなあ」と思いましたか?

大人になったのかなあ……大人にはなってるんじゃないですか?

とっくに?

と思いますよ? だって若いときみたいにとんがってるわけじゃないし、前よりも深くお客さんのことを考えてると思います、うん。

そういえば和田さんも、「お客さんにわかりやすいライブにしていきたい」と言ってました。

そう。僕らも大人になりましたね(笑)。たとえばお店をやってるのと同じだとするなら、やっぱり「良いものを提供する」だけじゃなくて、「良いものを、良いサービスで提供する」ですよね。

「良いもの」は、バンドで言うと音楽に当たるわけですね。

そうですね。

いくらそれが良くても、「食え!」って言われて出されるのと(笑)、「食べてください」っていうのでは、やっぱりちょっと違いますよね。

と、思います。楽しんでもらえるのがやっぱりいちばんですよね。たまに脱線しすぎるときがあるけど、まあでもそれも今となっては何とでもなるというかね。

相当サービスが上手になったんじゃないですか?

うはははは!

失敗したときのフォローも(笑)。

(笑)やっぱり経験が大っきいですよ。いろんな人ともやらせてもらってるっていうのは、トライセラの大きな財産だと思ってますから。こんなにいろんな人たちにトライセラの中に入ってやってもらえて、「いやあ、ここの3人の中でやるのは気持ちいいよ」ってみんな言ってくれる。もうそれはひとつの武器ですよね。ちょっと自慢げに言うなら、「他の人にはなかなかできないと思うな」っていう。
同時に、トライセラの3人でやれることっていうのも、まだまだ可能性はあると思ってます。

トライセラ 吉田

では最後に、和田さんと林さんにひと言。

んーと、何でしょうね。唱には「本当におめでとう!!家族を大切にね!」ですね。幸治はねえ、幸治なりの美学があるので、そうだな、グルメ本を出したらいいんじゃないかって思ってるんですよ(笑)。もし幸治がグルメ本を出したら、僕は買いますね。

ありがとうございました!

ライブ情報

TRICERATOPS  不定期開催の恒例企画
“DINOSAUR ROCK’N ROLL -7-”
EX-THEATER 2DAYS公演、開催決定‼

2017年3月17日(金) EX-THEATER ROPPONGI
open18:15  start 19:00 
ゲスト:UNISON SQUARE GARDEN

2017年3月18日(土) EX-THEATER ROPPONGI
 open18:15  start 19:00 
Special Secret Guest有り(当日まで一切発表無し)

チケット(整理番号付き): STANDING 1日券¥4,950- / STANDING 2日通し券¥9,300- 
一般券売日:2017年2月4日(土)
プレイガイド:
チケットぴあ http://pia.jp 0570-02-9999 Pコード:320-274
ローソンチケット http://l-tike.com 0570-084-003 Lコード:74950
イープラス http://eplus.jp
お問い合わせ:
HOT STUFF PROMOTION/03-5720-9999(平日12:00-18:00) 
http://www.red-hot.ne.jp

 TRICERATOPS “20TH ANNIVERSARY TOUR”

2017年5月~7月、全国各地で開催決定‼
詳細は2017年1月14日(土)オフィシャルサイトで発表。
http://triceratops.net/

トライセラトップス

和田唱(Vo&G)、林幸治(B)、吉田佳史(Dr)により結成。
1997 年、シングル「Raspberry」でメジャーデビュー。胸を締め付けるラヴソング、ロックの苦悩に刃向かう ようなポジティブなリリック、そしてたった 3人で演奏しているとは思えないサウンドと、リフを基調とした楽曲は、 良質なメロディセンスとライブで培った演奏力により、唯一無二の存在感で新たな可能性を拡げ続けてい る。多くのミュージシャンにもリスペクトされている国内屈指の3ピース・ロックバンドである。また Vo&G の和 田唱は、SMAP、藤井フミヤ、松たか子、Kis-My-Ft2、SCANDAL などへの作品提供も多数あり、ソン グライターとしても評価を集めている。
来年 2017 年、メジャーデビュー 20 周年のアニバーサリーイヤーに突入する。

オフィシャルサイトhttp://triceratops.net

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