【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 4

Column

豪華絢爛たる作家陣の中で井上陽水が着目したのは明菜の「リズム感」だった

豪華絢爛たる作家陣の中で井上陽水が着目したのは明菜の「リズム感」だった

細野晴臣・林哲司・玉置浩二・高中正義・井上陽水……。ここに並ぶ才能溢れる方々のお名前は、「禁句」から「飾りじゃないのよ涙は」まで、中森明菜のシングルA面を作曲した人達である。さらに「ミ・アモーレ」から「Fin」までは、松岡直也・都志見隆・タケカワユキヒデ・鈴木サブロー・国安わたる・佐藤健と、ひとりもダブらず続いていく。
阿木燿子と宇崎竜童のコンビで全盛期を創っていった山口百恵と違い、曲ごとに作者が違うのが特徴的。松田聖子も80年代に様々な作家を歌ったが、曲ごとに別の人、ということはなかった。 

さらに「禁句」なら、編曲は細野晴臣とともに萩田光雄の名もクレジットされていて、前半部分はテクノ・ポップ色が強く、しかしサビからは、それを最後まで押し通した雰囲気じゃない。このように編曲も含め細かく見ていけば、関わった人達の顔ぶれは、さらにさらに多彩になっていく。

編曲といえば、「サザン・ウインド」の瀬尾一三の仕事が興味深い。この作品がリリースされる少し前、洋楽ではイエスの「ロンリー・ハート」が大ヒットし、そこからアイデアを得ているのがこの曲なのだ。シンセサイザーのサンプリング機能の使い勝手が向上し、オーケストラル・ヒットと呼ばれる♪ジジャン、という、短くインパクトのあるサンプリング音が効果的に使われ出し、その成功例がイエスだったが、その手法に倣ったのだ。しかも後半、種明かしのように本家「ロンリー・ハート」のメロディを引用するという、粋なオチも加えている。

一方、作詞は来生えつこや売野雅勇といったお馴染みの人に加え、「北ウイング」では林哲司と名コンビを組んだ康珍化の名前も登場する。

“Love Is The Mystery”という、そんなサビから始まるこの歌、諦め切れずに恋の物語の続きを追いかけ、彼の住む“霧の街”(なので、おそらくロンドン)へと旅立つ主人公の物語だ。ただ、彼女は一抹の不安を抱えたままだ。なぜか。北ウイングから機上の人となり、まもなく飛行機は高度を下げる時刻だけど、恋が成就する保証はない。それでも彼女は旅するのだった。その行動原理はなんだったのか。いや、それは分からない。なぜなら“Love Is The Mystery”、そう、恋とは不可思議なものだからだ。パッと聴いてとても覚えやすいけど、それでいて聞き飽きない、意匠がこらされた林哲司の曲構成も実に見事なのである。

ところで先ほど、ズラリと作曲者の名前を並べたが、そのなかで初めて、作詞も作曲も担当したのが井上陽水だった。曲は「飾りじゃないのよ涙は」である。

彼は時に、当て推量の天才であり、この曲でもまさに、そんな才能が発揮されている。実はこれ、テレビの中で「少女A」を歌っていた明菜をみて、“こんな女の子じゃないのかな…”みたいなことから作っていったものだった。「あの娘はどうやらツッパってるらしい」という風評も参考にしつつ、詞のコンセプトを立てたというが、それだけなら在り来たりである。それだけではなく、陽水は彼女が歌う姿に、特別なものを感じていた。それはリズム感。「少女A」を振り付けとともに歌う彼女の体の動きに、「技術的に高度なものがある」と直感した(あとから彼女がバレエを習っていたと聞き、合点がいったそうだが…)。

ツッパってる、というのは心の内面のこと。リズム感の良さは身体能力。このふたつが混ざり合って、「飾りじゃないのよ涙は」の冒頭シーンは誕生したと推測出来る。“急にスピン”掛けられたら体にGが掛かって恐いけど、歌の主人公は体幹の強さでもって、助手席で乗りこなす。“赤いスカーフがゆれる”という、現時点の猛スピードが、首もとで可視化されたってへっちゃらだ。そしてこの歌の実に印象的なあのフレーズへ…。   

ちょっとやそっとのことで泣いたりするというのは自分としては“♪違うと感じてた”という部分だ。“♪感じてた”という、やや理屈っぽいこの表現。あまり女性アイドルの歌には出てこないものだろう。

では彼女にとって泣くとは、涙とは、いったいどんなものなのかが、サビでは畳み掛けるように歌われていく。涙というものの意味性を、帰納法的に見定めていく。“HA HAN”“HO HO”という、スキャットのような部分も重要。言い切ったその言葉をさらにダメ押しするからだ。でもこのあたりの仕掛けをシラけさせずに表現できるのは、もちろん中森明菜の類い希なる歌唱表現力あってこそである。

暫く聴いていると、「涙」=「泣く」ではないことが分かる。スリー・コーラス目まで聴く必要がある。本当の恋をして世界が変われば、泣いたりする可能性を示唆してる。でも、そういうことをするんじゃないかと“感じてる”、と、主人公のちょっと理屈っぽいクセはそのままなのだが…。

文 / 小貫信昭


中森明菜の楽曲はこちら

著者紹介:小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。
以後、主に日本のポップス系アーティストのインタビュー、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライター達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

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