【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 5

Column

「DESIRE ‐情熱‐」中森明菜にとって80年代のエポックとなった歌唱とダンス

「DESIRE ‐情熱‐」中森明菜にとって80年代のエポックとなった歌唱とダンス

椿鬼奴のやる中森明菜のモノマネ、というのがあって、要は聞き取れるか聞き取れないか微妙なくらいボソボソとマイクで喋る、というものなのだが、これって本人に、特に似てはいないと思いつつ、でも「中森明菜を感じてしまう」のは、彼女の歌唱パフォーマンスのピアニッシモなあたりの記憶が他の女性歌手にはない特別なものなので、そのことにより特定される何かがあるから、なのだろう…。といった前フリから、いよいよ本文へ。でもちょっと、いつもと違う雰囲気の書き出しにした。

私はフリーランスの仕事をしている。横文字を使うとカッコいいけど、要は日雇いだ。ある時、なかなか報酬も良さそうな仕事にありつけた。そして首尾良く終えて、「お支払いなのですが…」。仕事先からの電話に、心を踊らせた。しかし! 実際には非常にシブチンな金額提示なのであった。街では中森明菜の曲が大ヒットしていた。渋谷の駅の裏側の、飲み屋街のパチンコ屋の前を通り掛かった時、彼女の歌が私の胸に突き刺さった。

♪ギャラアップ ギャアラップ バ~ニンラァ~

……と、いった軽口が、この頃、よく流行っていた。もちろん、正確な歌詞は“ギャラアップ”じゃなく“Get up”である。こうした他愛ない空耳は、中森明菜のファンとはいえない人達の間でこそ弾んだ。「DESIRE -情熱-」という作品は、単なるヒット曲であることを越え、ブームとなっていた。
冬、炬燵にあたる時に着る、または受験生が深夜の勉強の時に愛用するような半纏を、キツめに絞れば「DESIRE -情熱-」での彼女の当時流行っていた“ニュー着物”な衣装に似なくもなかった。リズムに合わせた体全体での振りを覚え、しかし“恋もdance dance”のとこでは、膝小僧のお皿のあたりを意識してくるくるやるのを忘れない。それが、中森明菜になりたい、という、子供達のささやかな“欲望”を充たす方法でもあった。
 この曲がヒット・チャートを席巻したのは1986年。ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が起きた年だが、日本経済は、いよいよバブルへと突入し始めていた。

阿木燿子の作詞で、彼女が中森明菜のシングルA面を担当したのはこの曲が初めてだ。作曲は鈴木キサブローである。イントロのギターのリフからして、よく“歌っている”。そして先ほどの“Get up Get up”の英語詞で始まるのである。しかしこれが、いきなり快感だ。世の中には「身体反応に伴う感情が頭に届くまで心に経過的反応が表われる」という説があるそうで、例えば歌詞の意味が分からない洋楽を聴いて感動するのは、心がそれを音として気持ち良く思っている(経過反応として)からなのでは、といった考察を、『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(近藤勝重・著)という本で読んだことがあるのだが、彼女のこの英語詞の部分には、まさにそんな気持ち良さもあったんだなぁ、と、今にして思う。

この曲で見事、レコード大賞を受賞する。前年の「ミ・アモーレ」に続き、女性歌手としては初めて、二年連続の受賞となった。「北ウィング」で旅だった彼女は、様々に旅情を歌う人になっていた。「ミ・アモーレ」もそんなジャンルである。しかし「DESIRE -情熱-」に関しては、“定住してる感”も伝わる作品である。あと、旅情を歌う作品というのは、どちらかというと感情の流れが移動に伴う横軸であるのに対し、「DESIRE -情熱-」は上下の振幅というか、特にサビの“まっさかさまに”は、まさに真っ逆さまに落っこちるような衝撃だった。

ブームとなったこの曲は、彼女にとっても80年代におけるエポックであった。Aメロのウィスパー唱法からサビの爆発へと至る、ダイナミックレンジの広い歌唱法がより完成したし、もともとバレエの素養がある彼女が、振り付けを含めダンス・パフォーマンスを未知の領域へ誘ったのもこの曲だ(デジタル音と体の同期がより進んだ)。加えてモード(ファッション)においても、オリジナリティを追求してきて、ここにひとつの頂点をみたのだった。そう。先ほどもちょっと触れた、“ニュー着物”のファッションである。これらがひとつの楽曲のなかで化合したのが「DESIRE -情熱-」なのである。

『ザ・ベストテン』か『夜のヒット・スタジオ』か忘れたが、初めて彼女が自分なりに和服をアレンジして着こなして、テレビ画面に登場した時のことはよく覚えている。ミディアム・ボブのウィッグからして、この「DESIRE -情熱-」という楽曲の登場人物に成り切った感じがあって、それは彼女のセルフ・プロデュースがキレキレに冴えた一瞬だった。 いま、改めて「DESIRE -情熱-」を歌う姿を観ても、実に新鮮だ。テレビも回を追うごとに魅せ方が進化した。最初は大人しめだった和服の着こなしが、二度目の登場ではさらに着崩され、長襦袢メインの見せ方になったり、その都度、工夫していたのが分かる。YouTubeでも当時の姿が見られるので、ぜひ。

文 / 小貫信昭

中森明菜の楽曲はこちら

著者紹介:小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。
以後、主に日本のポップス系アーティストのインタビュー、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライター達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

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