時代を映したポップスの匠たち  vol. 2

Column

ユーミンの『ミスリム』のピアノと五輪真弓の「少女」

ユーミンの『ミスリム』のピアノと五輪真弓の「少女」

ピアノと少女といえば、1960年代の中頃までは、まずクラシックのピアノを弾く少女のことだった。ピアノは高価な楽器だったし、弾ける部屋がなくてはならない。そんな家に住んでいるのは上流階級のお嬢さんに決っていた。西洋のクラシックこそお金持ちにふさわしい高級な音楽という思いこみが強かった時代のことだ。

工業化が進んで経済成長が続き、社会構造が再編されると、その価値観は大きく変わり、ピアノを弾きながらうたうシンガー・ソングライターが相次いで登場してきた。その渦の目の中にいたのがユーミンだ。

1974年に発表されたユーミンのセカンド・アルバム『ミスリム』のジャケットには、ゴージャズなドレス姿の彼女のモノクロームの写真が使われている.彼女はグランド・ピアノの前にすわってこちらを見ている。そのピアノは、第二次世界大戦後の六本木のカフェ・ソサエティの女神、川添梶子の持ち物だった。

彼女は夫婦で経営する店「キャンティ」に集まる文化人や芸能人の精神的後援者だった。少女時代のユーミンが出会ったころは、イヴ・サンローランの日本代表をつとめていた。この写真の撮影中、彼女の部屋にショーケン(萩原健一)がふらりと遊びに来たとユーミンは自伝『ルージュの伝言』で回想している。

1960年代まで、楽器を弾きながらうたう女性歌手といえば、歌謡曲のこまどり姉妹のように三味線を弾く演歌の人たちと相場が決っていた。1960年代後半のフォーク・ブームの影響を受けた森山良子らはそこにギターを持ちこんだ。その次に登場したのが、ピアノを弾きながらうたう歌手だった。

ピアノ弾き語りで成功したのはユーミンがはじめてだったわけではない。1973年秋には小坂明子の「あなた」がヤマハの世界歌謡祭でグランプリを受賞し、1974年に大ヒットしている。彼女はテレビの音楽番組によく出演したし、シングル盤のジャケットにもピアノを弾く写真を使っていた。

だから、ピアノを弾くシンガー・ソングライターの登場を最初にお茶の間にまで伝えたのは彼女かもしれない。しかし彼女はそれに続く大きなヒットには恵まれなかった。『ミスリム』のジャケットがユーミンの代表作のひとつとして、後々までことあるごとに紹介され続けたのとちがって、「あなた」のジャケットが図像として継続的に人の目にふれる機会は少なかった。

アンダーグラウンドな世界では、葛井欣士郎や寺山修司に後押しされたジャズ畑出身の浅川マキのピアノ弾き語りも評判が高かった。しかし彼女の姿をテレビで見るのは難しかったし、1970年のデビュー・アルバムから最初の10枚くらいまで、アルバムのどのジャケットにもピアノを弾く写真は使われていなかった。

それを思うと、ユーミンの『ミスリム』のジャケットは特異だった。そこには世界的なシンガー・ソングライターのブームという追い風が吹いていた。特に影響力が大きかったのがキャロル・キングの存在だ。

キャロル・キングのアルバム『つづれおり』がアメリカで大ヒットしたのは1971年のことだった。その年のはじめに出たこのアルバムは15週続けて『ビルボード』誌のアルバム・チャートの1位にとどまった。

アルバムからは全米ナンバー・ワン・ヒットの「イッツ・トゥ・レイト」をはじめ、都合4曲がトップ20入りした。収録曲の「君の友だち」はジェイムス・テイラーがとりあげて、やはり全米ナンバー・ワン・ヒットにしていた。1972年2月には彼女はグラミー賞を最優秀アルバムなど4部門で受賞した。 

『つづれおり』にはまた、彼女が60年代にアレサ・フランクリンに提供した女性賛歌「ナチュラル・ウーマン」やシュレルズに提供した名曲「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」のセルフ・カヴァーも含まれていた。まさに鉄壁の選曲で、このアルバムが発売から45年以上たったいまなおロングセラーを続けているのも不思議ではない。

『ルージュの伝言』によれば、裏方のソングライターを目指していたユーミンは、プロデューサーの村井邦彦に「シンガー・ソングライターになったほうが作品を世に出せる」と説得されたという。そのとき引き合いに出されたのもキャロル・キングだった。

そのキャロル・キングがまさに人気絶頂の1972年の夏に、西海岸のハリウッドで日本のシンガー・ソングライターのデビュー・アルバムに参加して、ピアノを弾いている。そのアルバムは五輪真弓の『少女』だった。

初期の五輪真弓は、ジョニ・ミッチェルの影響を受けて、ギターとピアノを弾き語りしていた。音楽活動をはじめたのはユーミンと同時期だが、アルバム・デビューはユーミンより早かった。だからフォーク/ポップ系のピアノ弾き語りシンガー・ソングライターとしては彼女が先輩格ということになる。ただし『少女』をはじめとする彼女の70年代のアルバムのジャケットの写真にピアノは写っていない。その意味でやはり『ミスリム』のジャケットの写真の印象はひときわ強かった。

さて、五輪真弓の「少女」はキャロル・キングの弾くピアノから始まる。歌のヒロインは、ひとりで縁側にすわって庭の雪や垣根を見ながら物思いにふけっている。季節は真冬。木枯しという言葉も出てくる。俳句では初頭の季語に使われる言葉たが、細かな詮索はここではひとまずおこう。

ヒロインは夢が崩れてしまったと嘆いている。自分がいつかは垣根の向こうに行くだろうともうたっている。この垣根は少女と大人の境界の象徴だろう。少女は縁側のあたたかい日だまりにすわっている。だが、冬の冷たい空気が、思春期の喪失感や時の流れを気づかせる。その心象をカントリー・ロック的な演奏と、間奏から加わる重量感のあるストリングスが強調する。思いつめる少女のたたずまいが凝縮されたような歌である。
小さな家や集合住宅が増えた今では、縁側や垣根のある家は少なくなってきた。「少女」や山口百恵・さだまさしの「秋桜」は、縁側という言葉によって、20世紀の日本人の生活の記録をとどめる歌としても記憶に残っていくのではないだろうか。

文 / 北中正和

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