【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 6

Column

アイドル歌謡とは別次元になった中森明菜の名唱「難破船」

アイドル歌謡とは別次元になった中森明菜の名唱「難破船」

80年代の中森明菜のシングルのなかで、大きなテーマとなったのが、旅先でのエピソードを描いた作品だろう。旅情シリーズ、などという言い方もするそうだ。というわけで、“Love Is The Mystery”という言葉とともに「北ウイング」から出国した後、彼女の“恋のパスポート”には、いったいどんな出入国のスタンプが押されていったのかを見てみることにしよう。

次のシングルは「サザン・ウインド」。ある避暑地に旅した主人公が、現地の男達の誘惑に対して、ちょっとその気になりかけてないわけじゃないけどぉー、くらいの状況である様を描いたものである。南風(=「サザン・ウインド」)が吹く場所、というだけでは特定できないが、ヨットの美少年が手を振るので、思わず手を振ったりしているところをみると、舞台はマイアミあたりだろうか。作詞は来生えつ子、作曲は玉置浩二だ。

次はみっつ先のシングルの「ミ・アモーレ[Meu amor e…]」だ。この曲がリリースされた時の感激は、よく覚えている。作曲者が、あの松岡直也だったからである。日本のラテン・フュージョン界の第一人者である彼は、「松岡直也&ウィシング」などで活躍し、彼のもとから多数の実力派ミュージシャンが巣立っている。曲調は、舞台がリオのカーニバルであるし、もちろんサンバを基調としつつ、サルサっぽいフレーヴァーも感じられる。
人々の喧噪に巻き込まれていく主人公、といった冒頭の歌詞は、マルセル・カミュの『黒いオルフェ』を彷彿とさせなくもないが、この歌の最大の特徴は、“カーニバル”という言葉が頻繁に登場することだろう。すべての要因はそこにあるかのような描き方をしていることだろう。でも、考えてみたらリオのカーニバルは、巨大な“エクスタシー装置”でもあり、思わず納得してしまうのだった。作詞は康珍化。

ただ、ここで気づかないだろうか。主人公は、ひょいと地球の裏側にも旅している。ここで、時代背景をみてみよう。『地球の歩き方』というガイド本が創刊されたのは1979年。以後、日本人の個人旅行は一般化し、さらに渡航先も広がっていく。そんな中、中森明菜の歌の主人公は、それでも当時としては“なかなかすぐには行けない”場所に赴き、聴いてる我々に夢を与えてくれた。

地球の裏側、リオの次はどこだろう? サハラ砂漠、「SAND BEIGE -砂漠へ-」だ。この歌は、恋人に自分からサヨナラを告げた主人公の、傷心の旅を描いている。歌詞にアラビア語も登場する凝った作りだが、一番印象に残るのは、恋人の写真を破いて捨てるシーン。それが風に飛ばされ砂漠の砂のなかに消えていく、というあたりだと思うのだが…。

その後も「ジプシー・クイーン」のように、旅先ではないものの、エキゾチックな雰囲気のある作品などが続くが、やはり今回、この流れとはちょっと違うけど、ぜひ書いておきたいのが「難破船」である。

加藤登紀子が自らのレパートリーであった自作曲を、ぜひ中森明菜に、ということで、歌うことになったのだそうだ。愛と死のイメージが隣接する「難破船」の聴き心地は、フランスのシャンソンの一部にもみられる傾向だろう。そもそも加藤が歌手になるきっかけは、家族が家で聴いていたダミアの「暗い日曜日」やイベット・ジローの「ミラボー橋」など、シャンソンの名作に触れ、自然と口ずさみ、馴染んでいったことでもあって(「ひとり歩きの歌」という彼女のエッセイより)、自作曲の端々にも、その影響は見られるのだ。

ただ、悲恋を描き、海・船が比喩として登場するあたり、この曲の場合はポルトガルのファドの雰囲気も感じさせる(曲調などにおいて直接の関係はないのだが、ファドの女王・アマリア・ロドリゲスの歌に、「難船」というタイトルのものもある)。

このあたりを踏まえて「難破船」を聴くのも一興だろう。あなたを海に沈めたいんだなんていうワン・フレーズだけを取り出すと、何ともエキセントリックな感じもするが、そういう比喩が似合う世界観の歌、ということである。沈めたい、は、もちろん貴方の心を取り戻したい、といった意味合いなのである。

ボーカリストには、その時、どんな作品をレパートリーにするかの“適齢”があると思う。で、1982年にデビューした彼女は、1987年に、この作品を歌った。当時、まだ22か23歳である。でも、歌いこなせると思ったからこそ、加藤登紀子は申し出たのだろうし、実際、すばらしい名唱が残されたのだった。デビュー曲「スローモーション」を聴いた時、同じ女の子が数年後に、「難破船」のような作品を歌いこなしているということを、誰が想像しただろうか。

よく話題になるのが、ウィスパー・ボイスのAメロのところである。当時、テレビで観てて、この歌い出しは高度なテクニックが必要じゃないかな、と、思ったりもした。ちょっとでも急いて出てしまったり、または逆だったりすると、そのあとの展開へ上手に繋がっていかない感じがしたからだ(いつもと違う腹筋の使い方が必要、みたいなことだったかもしれない)。

そしてこの「難破船」は、もはやアイドル歌謡などというジャンルとは別次元のものになっていた。その証拠、ではないけれど、これは紛れもなく「作品である」と認識したのは、彼女の歌が終わった後のアウトロの部分である。編曲は若草恵なのだけど、さあこれで店じまい、とはならず、終わり際に燃え上がるようなストリングスのフレーズで、“もうひとつのエピソード”が加えられるのだ。歌の後日談のようにも響くけど、どう受け止めるかは、聴く人それぞれだろう。

文 / 小貫信昭

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