Column

井上陽水が若き日に曲作りの作法を学んだのは、ボブ・ディランだった

井上陽水が若き日に曲作りの作法を学んだのは、ボブ・ディランだった

井上陽水の「夢の中へ」が、2月15日にリマスター盤として再リリースされる。まさに“不滅の名曲”であるこの作品は、リリースされた1973年に映画『放課後』(栗田ひろみ主演)の主題歌となり、その後もカバーされ、様々なCM等でも採用され、いま現在は日本テレビ系ドラマ「視覚探偵 日暮旅人」のオープニング・テーマとしてお馴染みだろう。なおカップリングには、NHKの人気番組「ブラタモリ」のオープニング・テーマ「女神」と、エンディング・テーマ「瞬き」が収録される。この2曲も音源化が待ち望まれていたものである。

「夢の中へ」はどのように生まれたのだろうか。以前、本人から聞いたところによると、父の葬儀で故郷へ帰り、それも終わり、“すぐにこれを作ったような気がする”とのことだ。結果、初のヒット曲となり、井上陽水はアーティストとしての地歩を固める。見方によれば、父という大きな存在を失った直後、否が応でも己に芽生えた自立心が、この作品を産み落としたともいえるのだう。実に心に滲みるエピソードだと思う。ただ、この話を大筋で肯定しつつも、取材時に彼は、こう付け加えることを忘れなかった。「まぁこんな風に喋るとね、話が出来すぎといえば出来過ぎなんだけど…」。

「夢の中へ」は、冒頭から“探しもの”に関して訊ねてくる歌である、以後、疑問形がしばらく続く。心にグッと刺さってくるのは、“捜しもの”というのは探すのをやめた時に見つかるものなのだと、そう語りかける後半部分だ。確かにその通りなのである。

先ほど疑問形と書いたけど、この歌は送り手が聴き手を正解へと導く歌じゃなく、答は聴いた人に委ねているところが新鮮だった。でも、こうして委ねる歌は他にもあるのだろうかと探してみると、パッと浮かぶのがボブ・ディランだ。例えばディランの超名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」。「夢の中へ」とこの曲が総じて似ている、というわけじゃないが、委ねている点では似ているだろう。

ふと気づけば「夢の中へ」を介して、井上陽水とボブ・ディランへが繋がったわけだが、そもそも井上陽水は、彼のことをどう思っているのだろう。僕が知ってる限り、かなり好きなハズなのだ。以下、そのことについて触れていく。

ボブ・ディランと井上陽水

ボブ・ディランが日本で初めてコンサートを開いたのは1978年の2月で、場所は日本武道館だった。チケット料金はS席で4,500円。この時の模様は、のちにライブ盤としてリリースされる。会場には各界の著名人が詰めかけ、そのなかの一人に、井上陽水もいた。

ボブ・ディランの来日公演を見て感激。音楽への意欲を新たにする。彼を家へ招いてマーボー豆腐をご馳走する計画は果せず

唐突に引用したこの文章は、井上陽水の事務所からの依頼で僕がお手伝いさせていただいた、彼のオフィシャルな年表[1978年]の一部分だ。「音楽への意欲を新たにする」というのは、大いに結構なことである。しかし問題はその先だ。“なぜ、よりによって“マーボー豆腐”なんだ?”。みなさん、そんな疑問をもたれたと思う。でも、とりあえずこの時点では、この不可解さも井上陽水のなかの“ディラン的な部分”であると解釈し、先へ進むことにしたい。 ディランに影響されたミュージシャンは数限りなく存在し、今現在も、日本のソングライターに影響を与え続けている。歌を創る人間がふと行き詰まった時、“ディラン詣で”をするというのは今もあることだ。そして若き日の井上陽水も、歌創りの大きなヒントを、ディランから得ている。

井上陽水は1969年に、地元・福岡での評判を追い風に、東京へと進出し、その際、アンドレ・カンドレなる“ひとりユニット”を名乗り、「カンドレ・マンドレ」という、アーティスト名と混同されることを敢えて狙ったかのような曲名の作品でメジャー・デビューを果たしている。その際、アレンジを担当したのが小室等だった。PPMフォロワーズや六文銭の中心的メンバーとして活躍し、現在はソロや様々なユニット、さらに『小室等の新音楽夜話』(TOKYO MX)でパーソナリティを務める小室は、デビュー当時の恩人であり、陽水はよく、小室の家に遊びにいっていたという。

小室さんのところでディランのレコードをね、小室さん出掛ける時とか、「レコード、適当に聴いてていいよ」みたいなことで、そこでボブ・ディラン 聴いて。(中略)それで、その時ただ聴いてただけじゃなくて、歌詞カード見ながら聴いてたんですけ ど、それで「詞を書く」ってことを、ちょっと影響されたのかもしれないんですね。

陽水のロング・インタビューから構成された『媚びうる作家』(角川書店)という本からの引用なのだが、実はこの話、彼にインタビューしていて、具体的な自作曲について語ってくた時、ふと出てきたものだった。その自作曲とは、「東へ西へ」である。

具体的に言うと、常識的な言葉じゃなくてもいいんだってことです。[今日、私は学校へ行きました]って常識的なスタイルじゃなく、[今日、私はとても学校に混ざりました]とか、[今日、私は台所のある学校でこわれました]とか(以下略)

この話を受け、再び『陽水Ⅱ センチメンタル』収録の「東へ西へ」を聴き直して見ると、なるほど確かに、とも思うわけである。「ちょっとシニカルだったりアブストラクトだったり、そういうのは、この曲が幕開けだったのかもしれない」。当時を振り返り、井上陽水はそう語るのだった。
彼がもっとも影響受けたのはビートルズであり、あの名曲「少年時代」や、奥田民生との「井上陽水奥田民生」のなかにも息づいているわけだけど、若き日に曲作りの作法(特に作詞法)を学んだのは、ボブ・ディランなのである。

文 / 小貫信昭

リリース情報

ボブ・ディラン
トリプリケート
Bob Dylan/Triplicate

2017年3月31日発売予定
(3CD)SICP-5302~5304 ¥4,000+税
デジパック仕様 解説・歌詞・対訳付


【収録曲】
Disc-1:“ティル・ザ・サン・ゴーズ・ダウン”
01. アイ・ゲス・アイル・ハフ・トゥ・チェンジ・マイ・プレース
02. わが人生の九月
03. アイ・クッド・ハブ・トールド・ユー
04. ワンス・アポン・ア・タイム
05. 荒れ模様
06. ディス・ニアリー・ウォズ・マイン
07. ザット・オールド・フィーリング
08. イット・ゲッツ・ロンリー・アーリー
09. ただひとつの恋
10. トレード・ウィンド

Disc-2:“デヴィル・ドールズ”
01. ブラッギン
02. 時の過ぎゆくままに
03. イマジネーション
04. 愛は海より深く
05. P・S・アイ・ラヴ・ユー
06. ザ・ベスト・イズ・イエット・トゥ・カム
07. バット・ビューティフル
08. あの雨の日が
09. ホェアー・イズ・ザ・ワン
10. ゼアーズ・ア・フロー・イン・マイ・フルー

Disc-3:“カミン・ホーム・レイト”
01. デイ・イン、デイ・アウト
02. 恋に眠れぬ夜
03. センチメンタル・ジャーニー
04. サムウェア・アロング・ザ・ウェイ
05. 青春の思い出
06. 思い出のたね
07. 忘れられぬ君
08. スターダスト
09. イッツ・ファニー・トゥ・エヴリワン・バット・ミー
10. ホワイ・ワズ・アイ・ボーン