【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 7

Column

小室哲哉と松本隆が28歳の明菜に提供したふたつの楽曲。彼女はマリリン・モンローだったのだろうか?

小室哲哉と松本隆が28歳の明菜に提供したふたつの楽曲。彼女はマリリン・モンローだったのだろうか?

中森明菜にインタビューしたい! 30分でもいい。いやなんなら、15分でも……。それはたっての願いだったけど、なかなか果たされなかった。80年代後半、友人の編集者が頑張ってくれて、何度かアプローチした。

90年代に入り、チャンスは訪れる。このコラムは80年代にスポットをあてたものであり、90年代は圏外かもしれないが、今回は流れ上、お許し願いたい。彼女は1993年9月22日に『UNBALANCE+BALANCE』という作品集をリリ−スした。実に4年ぶりのアルバムだった。その際、取材の許可が下りたのだ。

ただ、大物アーティストの場合、事前に様々な噂が伝わってくるのが常である。それは取材者側にとって、ネガなものである場合が多い。要するに、「あのヒトは気難しく、インタビューしづらい……」、といった話である。洋楽だが、ジェフ・ベックというギタリストにインタビューした時のこと。「質問が悪いと、途中で帰っちゃうくらいマスコミ嫌いなんだって…」。事前に伝わったのは、そんな話。でも会ってみたら、ベックは実に気さくなヒトだった。

と、いうような経験があったし、まぁ大丈夫だろうとは思ったが、しかしこればっかりは会ってみないことには分からない。その時、僕にインタビューを依頼してくれたのは『WHAT’s IN?(ワッツイン)』という雑誌である。日本で最も読まれていた音楽雑誌だった。僕は「やっと会える」という喜びと一抹の不安とを胸に抱え、そして指折り数え、当日を待ちわびた。

取材場所は都内の撮影スタジオだった。確か撮影の前に取材した記憶がある。始まる前、「こういう媒体なのですが…」と、雑誌(の前号)を相手に手渡す、というのが慣例としてあったが、その日もそうして手渡された。
すると彼女は、表紙に並ぶアーティストに反応し始め、「わたしはこのヒト、デビューした時からスターになると思ってたんですよ」とか、ある女性アーティストの写真を見ては、ファッション・センスに言及し始める。その時の言動は、まさに“評論家”的スタンスのものであり、どんどん様々なアーティストについて感想を述べていく。「このヒトはエンターテインメントが本当に好きなんだなぁ」と、瞬間的に思った。

しばしそれを続けたあと、我に返ったかのように、こう言った。「あ、いけない。私のアルバムのこと、話さないといけなかったんですよね(笑)」。

『UNBALANCE+BALANCE』というアルバムでは、新たな試みがいくつかなされていたが、まず、歌唱法に関して彼女は、様々な試みをしたことを語ってくれていた。その部分、『WHAT’s IN?(ワッツイン)』1993年10月号の記事から引用させていただく。

たとえば、裏声でも地声でもない、その中間の微妙なバランスのところで敢えて歌ってみたりもしました。(中略)今回は声をかなりコントロールしてますね。そこが難しかったです。一曲たりとも、同じ声の出し方では歌ってないんですよ。

以前なら男性的とも思える押しの強い歌い方を選んでいたアップテンポの曲を、敢えて“引き”の感覚で歌ったりという工夫を、様々に試みたと、彼女は語ってくれた。なお、彼女が言う“裏声でも地声でもない”というのは、昨今、ボイス・トレーニングの先生などが使う“ミックス・ボイス”ということだろう。
また、楽曲提供の面で注目されたのが、小室哲哉からの提供作品だ。「愛撫」と「NORMA JEAN」の2曲で、作詞は松本隆という豪華な布陣である。インタビューでも、もちろんそのことを訊ねた。再び記事より引用したい。

曲は作曲家の産んだ子供だとすると、小室さんの場合、生まれてくる子供がキチンとその色を受け継いでる。その子供たちはど こに遊びに行っても“あ、小室さんところの子供だ”ってわかるくらいの特徴がある。 歩き方とか、ちょっとした癖がそっくり(笑)。そんな子供が私のところに遊びにきたわけ です。でも私色に染めないといけない。小室さんの色をショッキング・ピンクだとすると、私の色はグレー・ピンク。でも何回私が色を塗り替えようと、下からショッキング・ピンクが出てくる。最後はもう格闘ですね。

楽曲を子供に例えるというのは珍しいことではないけど、彼女は小室作品をそう例えつつ、“歩き方とか、ちょっとした癖”という表現を使った。そして“最後はもう格闘”というあたりも、スタジオ風景が浮かんでくる。完成した「愛撫」は、いまも中森明菜のレパートリーのなかで完成度の高い人気曲のひとつとしてファンに記憶されている。

もう一曲、「NORMA JEAN」に関しては、松本隆の詞の世界観について、こんな発言をしている。ちなみにノーマ・ジーンは、伝説の女優・マリリン・モンローの本名である。

私、デビューした頃から田原のトシちゃんに言われてた。「お前はマリリン・モンローに似てるよ」って。もちろん外見とかじゃないですよ。で、最初はどういう意味だかわからなかった。そのうち23くらいになって、他の人からも言われだした。だからこの詞が来た時には、なんか不思議な縁を感じましたよね。

松本隆は、なぜ彼女にこの歌を書いたのだろうか。もしや中森明菜のなかに、“ノーマ・ジーン”を感じ取っていたのだろうか。ちなみにこのアルバムがリリ−スされたのは、彼女が28歳の時だった。

文 / 小貫信昭
*写真:ワッツイン1993年10月号(株式会社ソニー・マガジンズ)

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