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“あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?” 『コーヒーが冷めないうちに』

“あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?” 『コーヒーが冷めないうちに』

Reader Store編成部、甘いものに目がないサトウです。本を読んでは「あふれる愛がじわっと、あの店のどら焼きみたい!」とか「この存在感、まさにあの店のチョコレート!」とかそんな方向に転がりがち。そんなサトウが「この本、おすすめです!」とご紹介しつつ、本とのマリアージュを楽しんでもらいたい甘味のご紹介もしちゃいます。


コーヒーが冷めないうちに

川口俊和 (著)
サンマーク出版

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今回ご紹介したいのは、川口俊和さんの『コーヒーが冷めないうちに』。2017年の本屋大賞候補作にも選ばれているこの本。ちょっとくつろぎたくなる喫茶店の書影に、つつつ……と呼び寄せられて――。
小説「コーヒーが冷めないうちに」は演劇から生まれた作品です。著者の川口俊和さんは脚本家兼演出家。その川口さんの実際の舞台を編集者の方が観て感激し、今回の書籍化が実現した…というのが本作誕生の経緯。本作は川口俊和さんの小説家デビュー作でもあるのです。作品中のちょっとした“間”のリアルさ、コミカルな会話などは演劇らしい面白さもあり、小説としては独特で不思議な感触と魅力を醸しだしています。小説好きの方はもちろん、小説を読み慣れていない人にもおすすめしたい、そんな一冊です。

コーヒーを注いでから、 そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ、過去に戻れる。

舞台は、とある街の古びた喫茶店「フニクリフニクラ」。店の片隅のテーブル席に座ると、コーヒーが冷めるまでの間、望んだ過去のある時点に戻れるという不思議な喫茶店。ただし、座った席から動くことはできず、過去にどれほど干渉してもその後の現実を変えることはできない。それでも、現実を変えられないことを承知のうえで、4人の女性が過去へ戻りたいと願うのです。結婚を考えていた恋人と別れてしまったキャリアウーマン、若年性アルツハイマー型認知症を患う夫を持つ看護師、妹を実家に残して家を出た姉、喫茶店のマスターの妻……。タイムスリップといえばそうですが、いわゆるタイムスリップものとは異なります。とにかくめんどうなルールがたくさんあり、そのルールを守り、やっと「タイムスリップ」をしたとしても現実を変えることはできない。となると、一体なんのために? それでも女性たちは時間を移動し、奇跡を起こすのです。

過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない。そこで起きる、奇跡とは。

ここでいう“奇跡”というのは時間を移動することでも、現実を変えることでもありません。 過去も現実も変えることはできない。けれど、変えられるものがたった1つある。それがこの『コーヒーが冷めないうちに』のテーマともいえます。人はさまざまなことを見過ごし、大切なものを失いながら生きています。そして、気づいたときには、もう……。
「時間をこえたい」という彼女たちのひたむきさや懸命な思いが、たとえ現実を変えることができなかったとしても、‟たった1つ”変えられる大切なもの。そのことに気づかせ、彼女たちの思いを過去から現実、そして未来へ向け、そっと優しく背中を押してあげるのです。

喫茶店「フニクリフニクラ」には、チョコレート「たまゆら」を♪

もし、この不思議な喫茶店「フニクリフニクラ」でコーヒーを飲むなら、私はあの絶品チョコの「たまゆら」を添えたい。「フニクリフニクラ」には「たまゆら」がぴったりだし、「たまゆら」には「フニクリフニクラ」がぴったりだ。

「たまゆら」というのは、山形の老舗和菓子屋、乃し梅本舗佐藤屋さんのチョコレートです。寒天と白餡で固めたという生チョコレートのような柔らかな濃厚ショコラに、完熟梅に砂糖を加え、寒天で固めた銘菓「乃し梅」がちょんとのった独特スタイル。
「……チョ、チョコレートに乃し梅?」と、その発想に驚きますが、これが‟すんごいウマい”のである。いえ、大変美味なのでございます。しかもその濃厚ショコラ、バター不使用だからか、濃厚なのにくどくない! そこに乃し梅! 濃厚ショコラと完熟梅の甘酸っぱさが生み出す究極のハーモニー……。もう、たまりません!

そして「たまゆら」から伝わってくる佐藤屋さんの闘志、その挑戦。そして、その先に広がる期待。老舗和菓子というと“保守的なもの”を想像してしまいがちです。しかし、そもそも懸命に培ってきた歴史あっての現在であり、現在あっての未来です。「乃し梅」は佐藤屋さんの歴史ある代表銘菓。その美味しさの新たな側面を生み出したのがチョコレート「たまゆら」です。佐藤屋さんは「乃し梅」への愛ゆえ、その魅力にとことん向き合い、新たな可能性に挑戦し、寒天と白餡を加えた和風の濃厚ショコラを生み出し、奇跡の乃し梅チョコレート「たまゆら」を誕生させたのです(たぶん…)。歴史を受け継ぎ、現在を懸命に生きる佐藤屋さん。それは佐藤屋さんのお菓子への希望と期待を生み出すのです。小説の舞台である喫茶店「フニクリフニクラ」にこんなぴったりなもの、そう「たまゆら」以上の存在があろうか! しかも、すんごいウマい! いえ、すばらしく美味!

この小説の舞台、地下の古い喫茶店「フニクリフニクラ」には窓もなければ、エアコンもありません。 「え! この現代日本でエアコンなし? 真夏日も?」と思いますが、それには「……そ、それって」というちょっとしたワケがあります。うふふ……、これは読んでのお楽しみ! 「わがまま!」とさえ言いたくなるようなめんどうくさいルールにちょっとしたワケ。そんな魅力のつまった本作『コーヒーが冷めないうちに』を、コーヒー片手に佐藤屋さんの「たまゆら」とあわせて楽しんでみてはいかがでしょうか。

ええ、コーヒーが冷めないうち……、というほんのつかの間の時を実感していただきながら。 ちなみに「たまゆら」というのは古語で“ほんのしばらくの間、一瞬”という意味らしいですよ。 ……黄金コンビかもしれない。

参考:乃し梅本舗佐藤屋
http://satoya-matsubei.com/

コンシェルジュ・プロフィール
sato

サトウユウコ

物語と甘いおやつが大好物です。小説を読んでは「この読み応えは粒あんの瑞々しいタイプ」「この感触はふわふわシフォンケーキ」とかそんな方向に転がりがち。海外古典文学から、現代ミステリー、ロマンス小説までジャンルはいろいろ。本を読むって楽しいですね。