シミルボンの本棚  vol. 10

Review

どっちが本当の自分?ー『よるのばけもの』レビュー

どっちが本当の自分?ー『よるのばけもの』レビュー

近頃、本屋さんで「よるのばけもの」が猛プッシュされています。

著者の住野よるはデビュー作の「君の膵臓をたべたい」で一躍話題となり、「また、同じ夢を見ていた」もベストセラーになるなど今話題を集めている作家の一人です。私も気にはなっていたのですが、まだどちらの作品も読んでおらず、本書「よるのばけもの」が初めて読んだ著者の本になります。この本を購入したきっかけはネットで見た宣伝動画でした。

私はこの動画を見て、ばけものの男の子とクラスメイトの女の子のちょっと甘酸っぱい、けれどどこかダークなボーイ・ミーツ・ガール的な物語を想像していました。しかし、中身はそんなふわふわしたものではなく、もっと重く、ずしりと沈み込むような深さを持った作品でした。読み終わったあとには、正直、心が少しもやもやとしています。読んで良かったと思える作品ですが、心がきれいに晴れ渡りはしませんでした。


よるのばけもの

よるのばけもの

著者:住野よる
双葉社


物語の主人公は中学校に通うあっちーこと安達。彼はいつの頃からか、夜になると「ばけもの」の姿に変わるようになりました。

そのばけものは全身を黒い靄のようなものに覆われ、頭には八つの目玉がぎょろりと光り、六つの足が生えた獣のような姿をしていました。体の大きさは変幻自在で、町外れまでひとっ飛びで駆け抜ることもできます。あっちーはばけものの姿になっては夜な夜な家の外をうろついていました。特別何か悪さをするわけではありません。散歩をしたり海を眺めて過ごし、朝になると元の人間の姿に戻るのでした。

ある日の夜、あっちーは学校に宿題を忘れてきたことに気づき、ばけものの姿のまま誰もいるはずのない夜の学校に忍び込みます。ところが、なぜか教室にひとりでいた矢野さんと出くわして正体を見破られてしまいます。動揺しまくりのあっちーに対して、飄々としているのか単にとろいだけなのか、矢野さんはマイペースに会話を続け、また明日の夜に学校で会おうと言うのでした。

そして次の日の朝、学校で顔を合わせた矢野さんはにんまりとした笑顔で、「おはよ、うっ」とどこかアクセントのずれた挨拶を投げかけてきます。しかし、あっちーは挨拶を返しません。まるで矢野さんのことが見えていないかのように見向きもしません。矢野さんのことを無視しているのはあっちーだけではありませんでした。クラスの誰もが矢野さんのことを相手にしていないのです。

なぜなら、矢野さんはクラス全員からいじめを受けていたのでした。

俺が矢野を知ったのは二年生になってからだ。とろくて、空気が読めなくて、声が無駄に大きくて、喋り方が独特な矢野は、男子達や一部の女子から陰で鬱陶しがられてはいたけれど、それはいじめに直結するような理由にはならず、それなりの日々を過ごしていた。つまり、うちのクラスのメンバーはそれなりには良識を持った人間ばかりということだ。
その良識が、二年生の中頃、矢野が起こした一つの行動を境として大きな正しさに食われてしまった。(P.49)

とある事件をきっかけに矢野さんは皆からいじめられていました。彼女の変な話し方や理解できない行動が拍車をかけます。暴力行為には及ばないものの、徹底的な無視や持ち物への嫌がらせなど、かなり陰湿で悪質ないじめがクラス中に蔓延していました。

あっちーは率先していじめていたわけではありませんが、矢野さんと関われば自分がどうなるのかは理解していました。クラス内の正義に反することは、自分に矛先が向けられることを意味します。だから昼間の学校での会話は絶対に避けなければなりません。そして何よりも、あっちー自身が矢野さんがいじめられるのは自業自得であり、当然の結果だとも思っていたのです。

そんな状況にも関わらず、矢野さんは毎日にんまりと笑いながら学校へやってきます。ですが彼女にとって昼間の学校は心安まる場所ではありません。だから夜の学校にやってきて、昼休みならず「夜休み」を一人で過ごしているのだと彼女は言いました。そうすることで、彼女は心の平静を保っているのです。

この物語は昼と夜の場面を繰り返して進みます。昼間の学校では陰湿ないじめがクラスに蔓延し、あっちーはそれを見ていることしかできません。そして夜になるとばけものの姿となり、決して親しい態度ではないものの、夜休みをしている矢野さんとの時間を過ごすのです。しかし、昼と夜のギャップに混乱し、次第に彼女のことが理解できなくなってしまいます。そんな中、矢野さんに問われた一言が心に突き刺さりました。

「昼の姿と夜の姿、どっちが本、当?」(P.214)

「いじめ」というありふれた、しかしだからこそ重いテーマが本書「よるのばけもの」では描かれています。いじめの原因には様々なものがありますが、矢野さんの場合は相互不理解が根底にありました。

あいつが何を考えているのか分からない。
あいつは僕とは違う人間だ。
あいつにいじめられる原因がある。

だから俺たちは悪くはない、そのような間違った正義がクラスを支配しています。その中で揺れ動くあっちーの心を、ばけものの姿を通して表現していくのがこの作品の面白いところです。昼の姿と夜の姿、人の姿とばけものの姿という対比がいじめの本質を探り出していきます。

内容的にも気軽に読める小説とは言えないでしょう。でも、若い人、特に中学生から高校生くらいの人には是非読んで欲しい作品だと私は思いました。きっと読了後にはもやもやとした気持ちが残り、すっきりとはしないはずです。でも、そのもやもやとした気持ちが時には必要なのだと思います。

もやもやする理由のひとつに、物語の謎がいくつか謎のまま終わることがあげられます。それは答え合わせのないミステリーのようなものですが、想像することは十分にできるはずです。もやもやを抱えたまま、その答えを是非考えて欲しいのです。

いじめを無くすことはなかなかに難しいことです。他人の気持ちを理解するどころか、自分の気持ちを理解することすら容易ではありません。だからこそ、考えること、想像することをやめないで欲しい。私は今、人の姿をしているのだろうか、それともばけものの姿をしているのだろうか、どっちが本当の自分なのだろうか、その問いを忘れず胸にしまっておきたいと、私は思うのでした。

カズノハ

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