【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 8

Column

デビュー時から計り知れなかった松田聖子の声の魅力

デビュー時から計り知れなかった松田聖子の声の魅力

松田聖子は1980年に18歳でデビューしている。山口百恵のデビューは14歳だったので、彼女と較べたら遅い。ただ、聖子と同じ年にデビューした河合奈保子や甲斐智枝美は17歳でのデビューなので、とりわけ遅い、というわけではなかった。

“少女から大人へ”というストーリーを、シングルに合わせ、段階的に描くなら、そりゃ14歳のほうが有利だ。聖子の場合、あれよあれよという間に成人式も近づく状況だ。でも逆に、そうしたテーマに縛られることなく、自由に作品作りが出来たとも言えた。

とはいえ、あくまでジャンル的には“アイドル歌謡”の範疇でのことだった。そんな中、“年長さん”であった聖子は時にそれらを“演じる”必要があったのだ。“演じる”聖子をある人達は“ブリっ子”と揶揄した。当時一世を風靡した春やすこ・けいこの漫才など、その典型である。

今想うに、デビューして脚光を浴びた頃の彼女を“ブリっ子”の呼んだのは間違いだった。華々しく登場し、でも1〜2年で消えていくアイドルは多かったが、聖子はその後も躍進し、出世した。なのでいきなりブリではなくて、“イナダっ子”くらいに呼んでおいた方が良かった。

 

デビュー当時の彼女の音楽制作に関わった人達が口々に証言するのは、松田聖子はモノが違ってた、ということだ。声そのものの魅力が計り知れなかったという。よく通る、大きな声。これ、歌手にとって最大の武器だろう。小さな声でも増幅すれば、物理的には大きくなる。でも、粗くなるし量感は望めない。大きな声を程良くすれば、もともとの量感が、さほど損なわれずに再生音からも伝わる。あの日、茶の間のテレビから聞えてきた声が、まさにそうだったのだ。♪エクボぉ のぉ〜〜…。資生堂『エクボ洗顔フォーム』のCM。画面に登場したのはモデルの山田由紀子で、その下の隅に、[歌・松田聖子]というクレジットが出ていた記憶がある。

伸びやかで、こちらに突き刺さってくるほどの声。しかも、ただ伸びやかなだけじゃなく、加工されてない“地声”感のある響き。もっと言うなら“すっぴん声”。“洗顔フォーム”という商品にもぴったりだった。我が家のテレビは中流家庭に普通にあるタイプで、特に音響的に優れたものではなかったけど、ハッキリ、クッキリ、他とは明らかに違うものとして届いた。歌が「裸足の季節」というタイトルであることは、後から知った。

 「もしも松田聖子にエクボがあったなら?」

今でもこれは語り草だろう。実は当時、資生堂は商品名『エクボ洗顔フォーム』にひっかけて、“エクボ”のキャンペ−ン・ガールを募り、CMに出演してもらおうとしていた。松田聖子はその候補になったが、条件は“エクボ”が可愛い女の子であること…。事務所としては、まさに絶好のチャンスとばかり、プッシュしたかった。しかし何度彼女に「さぁ笑って!」と促しても、ほっぺのどこにも“エクボ”は出現しなかったのだ。しかし諦め切れなかったスタッフは、キャッペーン・ソングだけでも担当させて欲しいという希望を出し、それが実現したわけである。

もし彼女がキャンペーン・ガールとして採用され、CMの映像に出ていたら、いったいどうなっていただろう? もちろんタレントとして、即座に“顔”も売れたし、仕事の幅も拡がったことだろう。しかし今となって思うに、[歌・松田聖子]というテロップだけだったこと、図らずも“歌声”だけを売ったことが、ボーカリストとしての彼女にとっては、むしろ幸運だったのではなかろうか。

「裸足の季節」を改めて聞いてみると、高いサウンド・クオリティであることが分かる。僕にはフィリー・ソウル的情緒も感じる仕上がりに思えるが、精緻なギター・カッティング、燃え上がるストリングスに深みを加える管楽器(主に木管)、さらにモノ・シンセも加わり松田聖子の歌に可憐なオブリガートを加え、めくるめく音世界が展開される。正直。バックの演奏はアイデア豊富にかなり動き回る。しかし彼女の歌は、いっさい動ぜず、堂々としている。

育ての親であるプロデューサーの若松宗雄がのちに回想しているところによると、全体のレコーディングと同じ日に、彼女をスタジオに呼んだのだそうだ。そして「オケを録りながら別室で歌わせた」という。一回聴かせると、もう聖子は曲を覚え、歌えたそうだ。天性の、という、この言葉を持ち出したくなる話だ(その際、別室で彼女が歌った時、ヘッドフォン越しに聴いたオケというのが、どのような段階の編曲のものだったのかにも興味が湧いた)。

改めて聴いてみよう。その後の彼女はさらにテクニカルな歌唱でも魅力を発揮するが、このデビュー曲に関しては、腹から声を出してる爽快感が勝っている。でも、ディテイルもサスガだ。頬をそめて走り出すという、そのあたりの歌詞の次の“♪わぁ~ たぁ~ しぃ~”のとことか、それぞれに均等のビブラートが綺麗にかかっていて実に魅力的なのだ。これ、そういうレッスンしたのだろうか。当時、作曲者の小田裕一郎の歌唱指導もあったそうだけど…。でも、クドいようだけど、まさに天性の、という気がするのだが、どうなのだろうか…。

「裸足の季節」で“もぎたて”の松田聖子を体験した我々は、すぐさま“青い風”を切り、“あの島”へとダッシュする彼女の後を追うこととなる。待ち遠しい。すぐにでもあの歌の、あの声を浴びたいけど、次回へ…。

文 / 小貫信昭


参考文献
■『松田聖子のバランスシート』(相澤秀禎 光文社)
■mora 「匠の記憶」 [1/15]松田聖子を発掘した名プロデューサー、若松宗雄氏にインタビュー! レコーディング秘話を語る!
■『月刊カドカワ』 1995年7月号 総力特集 松田聖子

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