【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 9

Column

松田聖子「青い珊瑚礁」。なぜ、聖子カットは不滅なのだろう?

松田聖子「青い珊瑚礁」。なぜ、聖子カットは不滅なのだろう?

デビュー曲「裸足の季節」は大ヒットとはいかなかったが、いわゆる“スマッシュ・ヒット”となり、人々の注目を集めた。
この言葉、最近はあまり使われないけど、近い将来の大ブレイクを予感させる“小~中ヒット”のことをこう呼んだのだ。

当然、事務所とレコード会社は手応えを感じ、次作をさらにプッシュ。セカンド・シングル「青い珊瑚礁」は、大ヒットとなった。
力強く伸びやかな彼女の声の特性が、十二分に活かされた作品だ。サビから始まり、曲の構成上、いきなり彼女は声を張るのだが、実に堂々としたものだった。聴いてた我々は、いきなり耳を掴まれた。冒頭から、いきなりパノラマの景色が広がっていき、降りそそぐ光、心地良い風に包まれた。

歌詞は、心象風景と実景が入り交じったような描写が続くスタイルであって、主人公が目指すのは、「あの島」だった。それは地図上のディスティネーションであり、それと同時に愛しいあのヒトのことを指す換喩と受け取れた。

実に巧みな構成だなぁと思うのは、歌詞の「あなたが好き」のところである。サビへとつながる、通常“ブリッジ”と呼ばれる部分にこの言葉が当て嵌められている。全体としてはアウトドアばりばりの雰囲気だし、伸び伸び歌っている印象のこの作品のなかで、この部分のみ、“秘めたる心の呟き”のように聞え、とても印象に残る。松田聖子を仮想のガールフレンドと思っていた男子は、ここで胸がドッキュンドッキュンしたことだろう。

松田聖子のブレイクは、音楽にとどまらず、若者のカルチャーに多大な影響を及ぼした。その典型が、当時「聖子カット」と呼ばれた髪型である(ただ最近は、「聖子ちゃんカット」という呼び方が一般的)。しかしこれ、いまだ健在なようで、少し前にきゃりーぱみゅぱみゅがネット上で披露し、カワイイという賛辞の声が寄せられた。他にも記憶に新しいのは、ご存知『あまちゃん』で有村架純が演じた若き日の「天野春子」である。

なぜ「聖子カット」は不滅なのだろう。まぁ、もちろん髪型というのは、似合う人もいるし似合わない人がいる。でも、このように顕在ということは、日本人の女の子を可愛くみせる、普遍的な力があるのは確かだろう。

元祖である松田聖子は、どのようにしてこの髪型に辿り着いたのだろう。ひとつの想像として、当時彼女を担当していたヘアメイクさんの助言、というのも考えた。しかし事務所はメイクなどに関してはノータッチで、彼女の自主性に任せていたという。
そこで手掛かりとなるのが、当時、彼女が足繁く通っていた「ヘアーディメンション」という美容室の存在だ。その店のオーナーが彼女のヘア・スタイルに関しては相談に乗っていて、実際、助言もしたという。ただ、ただ、松田聖子は髪をカットしてもらうにしてもミリ単位で自分の意見を伝えていたそうなので、助言をそのまま受け入れた、というより、この髪型は両者の“共作”だったのだろうと僕は考える。

特徴的なのは、眉毛が隠れるくらいの前髪であり、全体は肩下10センチ程度のレイヤード。そのセンターを分け、サイドの毛先を後ろにカールさせたスタイル、それが「聖子カット」である。眉毛が隠れるくらいの前髪である理由としては、当時、この年代の女の子は、眉毛をいじって形を変える、ということは、いくらアイドルと呼ばれる芸能人でも、してなかったからだろう。眉毛の形で主張するより、隠すことで主張する方法論を採ったということだ。

Wikipediaにはオリビア・ニュートン・ジョンの髪型を真似したものが「聖子カット」だと解説されているが、どうだろうか。むしろ考えられるのは、1980年前後に日本の女の子達の間で流行った、“サーファー・カット”だ。この髪型に影響を与えたのは、ファラ・フォーセット・メジャース。彼女の出演した『チャーリーズ・エンジェル』は、1977年から日本でも放送され、大ヒットする。彼女のサイドは、舞い降りたオーロラのごとく流れるようにブローされ、まるでライオンのようでもあった。その髪型が「ファラ・カット」と呼ばれ一世を風靡したのだった。

しかし、乾いた気候のロサンゼルスならまだしも、高温多湿の日本であの髪型を真似ても、ベタッとして悲惨なことになる。いくらサイドを流れるようにブローしても、サラサラ状態が保たれることはなかった。「聖子カット」はだから、それを考慮し、“サーファー・カット”をさらに日本の気候に合わせてまとまりやすくコンパクトにしたもの、という考え方もできるだろう。
ファッション全体を見た場合、デビュー当時の松田聖子が好んでいたのは、ファッション雑誌『JJ』の影響下に生まれた“ハマトラ”だった。『JJ』は、女子大生をストリートの主役にしたが、考えてみたら聖子は、18歳でデビューし、まさに女子大生と同じ年齢だったのである。

結局、彼女がこの髪型だったのは2年間だけである。「聖子カット」自体は82年にデビューした松本伊代など、他のアイドルにも受け継がれたが、ご本家はばっさり髪をショートにし、次なるステップへと向かう。それはシングル・ジャケットを追うかぎり「渚のバルコニー」からなのだ(「赤いスイートピー」も聖子カットといえない髪型だけど、後ろをアップにした感じ)。でもそれまでの間に、もちろん彼女は数多の名曲を送り出している。

珊瑚礁の海に吹く風は、やがて秋色にかわり、すこしづつ春を待つ季節となって、そしてそして、桜の花(チェリー・ブラッサム)が目の前に。というわけで、次回へ。

文 / 小貫信昭


参考文献:
地球音楽ライブラリー『松田聖子』(TOKYO FM出版)
『夢で逢えたら』(ワニブックス)
『ストリート・ファッション1945-1995』(PARCO出版)

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