シミルボンの本棚  vol. 13

Review

人を語るときに見え隠れする己の愚かさー『愚行録』レビュー

人を語るときに見え隠れする己の愚かさー『愚行録』レビュー

貫井徳郎のミステリー『愚行録』(創元推理文庫)を、読んだ。
深夜、忍び込んだ何者かに、一家四人が惨殺された。

早稲田卒、大手ディベロッパーに勤め高収入を得ている夫、田向浩樹。聖心から慶応に進み、美人でお嬢さん育ちの妻、友季恵。優しく礼儀正しい小学一年の息子。明るく活発な幼稚園に通う娘。
ごく普通の生活をしていた、というより人並み以上の生活を手に入れ順風満帆の人生を歩んでいたはずの家族は、なぜ殺されたのか。

小説は、被害者夫婦を知る人たちへのインタビュー形式で描かれている。

近所に住んでいる女性。友季恵のママ友。浩樹の同僚。友季恵の大学時代の同級生。浩樹の昔の恋人。友季恵の大学時代の恋人。6人が、それぞれ自分の目から見た被害者像を語っていく。ある人は興味津々で。ある人は戸惑いながら。ある人は楽しむように。ある人は好意的に。ある人は敵意を隠さず。
浩樹と友季恵の赤裸々なエピソードが語られていくのだった。以下、本文から。

「佐藤さんの一件を根に持っているのか」
ようやくおれは、田向がどうしてそんなことをしたのか思い当たりました。それ以外、田向と柏原の間で摩擦が起きる原因なんてありそうになかったからです。でも、まさかと思いましたよ。たかが合コンでの女の取り合いじゃないですか。それで、人事部まで動かして子会社に追いやりますかね。ちょっと信じられない思いでした。
「あいつはおれのことを舐めすぎた。言っちゃいけないことを言ったんだよ」
田向はそのときばかりは薄笑いを引っ込め、低い声で言いました。

 

ふたたび、以下、本文から。

夏原さん(友季恵)の取り巻きができるまで、そんなに時間はかからなかったんじゃないかな。それこそ、二カ月すると夏原女王様とそのお付きの人たち、という図式ができあがっていたような記憶があります。私なんかは嫌いなんですけど、いかにも女の子の世界って感じなんですよ。女子校だと、ごく普通にあることみたいなんでね。まだ子供だから、高校時代のそういう図式をそのまま持ち込んで、変な関係を作っていたんでしょう。
といっても、夏原さんは偉そうにしていたわけではないんです。上から見下ろして「気さくに振る舞ってあげてる」という感じじゃなく、なんというか、取り巻きがいる状況に慣れているみたいで、ごく自然に人と接してたんですよ。

 

タイトルの「愚行」は、愚かなふるまいをしていた被害者たちにかかる言葉のように見えて、じつは彼らのことを語る6人すべてにかかっている。人を語るとき、人は自分の視点からしか語ることができない。その言葉の端々に見え隠れする愚かさに、鏡に映った自分を見ているような恐ろしさを覚えた。

映画『愚行録』が公開。犯人知ってても、おもしろそう。

※このレビューは『はりねずみが眠るとき』に掲載したものです。

水月さえ

原作本 『愚行録』

著者:貫井徳郎
東京創元社

ええ、はい。あの事件のことでしょ? えっ? どうしてわかるのかって? そりゃあ、わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。――幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。『慟哭』の作者が放つ、新たなる傑作!


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