時代を映したポップスの匠たち  vol. 7

Column

はっぴいえんどの「春よ来い」はポップスの未来を予言していた

はっぴいえんどの「春よ来い」はポップスの未来を予言していた

2008年に発表されたNHK放送文化研究所の「日本人の好きなもの」というアンケート調査によれば、日本人に人気のある季節は、春、秋、夏、冬の順だという。数字はそれぞれ69、55、30、13パーセント。北国や若者では8月の人気が高いなど、地域や年齢層によるちがいもあるそうだが、いずれにせよ春が一番人気であることに変わりはない。

春には、枯れていた草木がよみがえり、種が芽吹き、動物が冬眠から目覚める。春はまた、卒業式、入学式、入社式などで、人々が新しい一歩を踏み出す季節でもある。高村光太郎の「冬が来た」のように、「冬よ来い」と叫ぶ詩もないわけではないが、ウィンター・スポーツに関わりのある人はともかく、冬より春を待ち望む人のほうがまちがいなく多いだろう。

音楽でも、童謡の「春よこい」をはじめ、春を待ち望む歌は多い。それに対して、冬の歌はいろいろあっても、冬を待つ歌は少ない。というか、不勉強なだけかもしれないが、冬を待ち望む歌はなかなか思い浮かばない。

ポップスではユーミンの「春よ、来い」が、90年代にNHKの連続テレビ小説で流れて以降、さまざまなCMで使われ、カバーもよくされている。2011年の東日本大震災後は、被災者支援でもうたわれ、春を待ち望む歌のスタンダードになっている。

知名度は「春よ、来い」ほどではないかもしれないが、1970年に発表されたはっぴいえんどのデビュー・アルバムに「春よ来い」という曲がある。そのアルバムは、「ゆでめん」という看板の出ている絵がジャケットに使われたため、通称『ゆでめん』だが、正確なタイトルは『はっぴいえんど』である。メンバーは大滝詠一、鈴木茂、細野晴臣、松本隆。いずれも日本のポップス史の重要人物だ。「春よ来い」はそのアルバムの冒頭に入っている。

歌の主人公は、家から出て一人暮らしをしている。それまではお正月になると、みんなでこたつを囲んで、お雑煮を食べるような暮らしだった。しかし何かのはずみで家から離れたので、今年は一人で除夜の鐘を聞いている。そこに後悔の気持ちがないわけではないが、いまはとにかくできることをやってみようと自分を励ましながら、春の到来を待っている歌だ。

『定本はっぴいえんど』を見ると、この歌詞は、大滝詠一の記憶によれば、松本隆が永島慎二のマンガを読んで作った、松本隆の記憶では、(家が近くの)雨の西麻布あたりの印象を布谷文夫の部屋に行って書いた、とある。

いずれにせよ、大滝詠一は岩手から東京に出てきて、はっぴいえんどに加入した。地域を特定する言葉はひとつも出てこないが、松本隆は、そんな大滝詠一のことも念頭に置いてこの歌詞を書いたのではないだろうか。

孤独をかこつ歌は世に数多いが、そのほとんどは、主人公の孤独な身の上をドラマチックに見立てる歌だ。しかしこの歌はきわめて散文的に作られている。内容もそうだし、五七調や八八調でもない。語尾の「です」も、それまでの歌謡曲の歌詞だったら削られるのが普通だった。漢字こそ古めかしいものを使ってやや構えを感じさせるが、こんな日常的な物語を口語体で歌にしようとは、それまで誰も考えなかった。

松本隆は、詩人の谷川俊太郎との対談の中で、はっぴいえんど時代を振り返って、次のように述べている。少し長くなるが引用する。

谷川俊太郎 (フォーク・シンガーの音楽に出会って) 日本語の普通の語りと歌との間のすき間がうずまったような印象を持ったんですね。フォークというのはそうやってわれわれ詩のほうの人間も自由にしてくれた。(以下略)

松本隆 ぼくにとってはそれと同じことを早川義夫さんのジャックスから知らされたんですね。「からっぽの世界」なんてすごく印象的でした。

(『松本隆対談集KAZEMACHI CAFE』)

ジャックスについては前回とりあげた。松本隆の発言は、ジャックスがそれまでの歌謡曲にはなかった歌と演奏の結びつき方の可能性を切り開いたことを指しているのだろう。ただし方法論はジャックスとはっぴいえんどでは大きく違っていた。

フリー・ジャズ的な指向性を持っていたジャックスの音楽が一筆書きとすれば、はっぴいえんどの音楽は透視図法を入れた日本画だった。ジャックスの音楽はライヴの記録に近く、はっぴいえんどの音楽はリズムから音質まで「構成する」ことを重視したものだった。つまりはっぴいえんどは、テープ・レコーダーのトラック数が増えて、スタジオでの録音作業がライヴの一発録りから多重録音へと複雑化していく時代に、その可能性をいちはやく追求したグループだった。

この時代の他のヒット曲とくらべてみれば一目瞭然だが、はっぴいえんどの歌と演奏の結びつきの密度は、ずば抜けて高く、有機的だ。それが日本のポップスの音楽制作の未来を予言するものだったことは、彼らをトリビュートするアルバムに参加したメンバーの顔ぶれの広さからもよくわかる。

『はっぴいえんど』について書きはじめると、いつまでたっても終わりそうにないので、とりあえず、そのことだけでも知っておいてほしい。型破りな歌詞にメロディをつけてうたった大滝詠一もえらかったが、かちっとしたリズムと演奏を歌につけたバンドもえらかった。

ところで「春よ来い」にかぎらず、『はっぴいえんど』には、「かくれんぼ」「十二月の雨の日」「しんしんしん」など、冬の歌が多い。そういうコンセプトだったのかと思って作詞者にたずねたら、春に録音することが決まったので、その前の冬にまとめて作詞したからとのことだった。最初にできたのは「春よ来い」と「十二月の雨の日」で、1969年11月30日に雨が降り、翌12月1日に完成したのだそうだ。

文 / 北中正和

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