【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 10

Column

「風は秋色」から「チェリーブラッサム」へ。季節を追う松田聖子の歌唱の充実

「風は秋色」から「チェリーブラッサム」へ。季節を追う松田聖子の歌唱の充実

ここ最近の気候変動により、春や秋の存在感が、めっきり薄れつつもあるけれど、それでも日本には四季があり、80年代のアイドルの作品に、大きな影響を与えた。なぜかというと、彼女たちは通常、年に4回、新作を出していたので、上手に季節を追うことが出来れば、即ちそれが、作品の充実へとつながったのだ。

松田聖子がデビューしたのは4月。まさに“裸足の季節”が待ち遠しい時期だ。セカンド・シングル「青い珊瑚礁」は7月。夏本番へと向かっていった。そして10月。彼女は「風は秋色」をリリ−スし、シングル・チャート初登場1位を獲得。結果だけでなく、本人が、「とても好きな曲」だと公言しているのがこの作品である。


風は秋色
松田聖子

Sony Music Records
2014年04月01日配信
全2曲

特に詩が素晴らしかったのね。レコーディングの時なんて、
「泣き虫なのはあなたのせいよ」のところで、涙が出てきちゃいました。

『もう一度あなた』という本のなかで、彼女はそう書いている。さらに、一生忘れられない曲として「私の胸の中に鮮明に残る」とまで言っているのだ。なぜここまで思い入れを持ったのか。その違いはなんなのだろう。

春や夏に較べ、秋はモノを想う季節である。歌詞にしても曲調にしても、当然、そんなテイストへと向った。歌う側には、“押し”だけではない“引き”の表現力も求められる。本人がこの歌のキラー・フレーズとした「泣き虫なのはあなたのせいよ」は、まさにその部分だったかもしれない。

「裸足の季節」や「青い珊瑚礁」は、持って産まれた彼女の声のポテンシャルというか、そんな力量が引き出されたものだった。それに較べ、ここでは歌を演じる要素も出てくる。“演じる”ということの醍醐味を、彼女はこの作品で知ったのではなかろうか(アルバム収録曲も含めすべてを発売順に見渡せば、また違った見解もあるだろうけど、シングルA面、という意味では…)。

改めて聴いてみよう。アレンジはデビュー曲同様、信田かずおで、バンド(オーケストラ)のサウンドは「裸足の季節」の延長線上にある。そしてやはり、彼女が言うとおり、“泣き虫なのは”のところでグッとくるのだ。 下瞼のあたりの感覚が鈍くなり遂に感涙…、の、5秒前であるかのような“半べそ”な声が、素晴らしく表現されているのだ。作詞は三浦徳子、作曲は小田裕一郎。このコンビが、松田聖子の運命を決定づけたと言える、デビュ−からの3曲を担当した。

そして2年目。1981年は、“桜ソング”とともに始まる。タイトルは「チェリーブラッサム」。彼女のセカンド・シーズンにぴったりの、聴いてるだけで全身の細胞が生まれ変わっていくかのような、つい、どこかへ走り出したくなるような、そんな曲であった。詞は引き続き三浦徳子、作曲は、チューリップの財津和夫である。


チェリーブラッサム
松田聖子

Sony Music Records
2014年04月01日配信
全2曲


松田聖子は財津からの楽曲提供を、どう受け止めたのだろうか。『夢で逢えたら』という本のなかに、「チェリーブラッサム」歌入れの時のエピソードが綴られている。その日、彼女は声の調子が思わしくなく、なかなか上手く歌えなかったそうだ。その時、財津は「力を抜いて歌えば大丈夫」と、そんなアドバイスをくれたという。ただ、先述の『もう一度あなた』のほうでは、スタッフからこの作品を渡された時の感想として、「いい曲だけど、好きになれない」と、そんな心情も吐露している。

小田裕一郎の作品が、彼女の身体に合わせてあつらえたオーダーメイドと呼べるなものだったとしたら、それに較べて財津和夫の作品は、松田聖子が歌うということが念頭にありつつも、彼女という存在に触発され、さらなる可能性を探しつつ書かれたものだっただろうし、歌う当人は、新たな着こなしが必要だったということだろう。 

アレンジは「青い珊瑚礁」も担当した大村雅朗であり、この先も、松田聖子の名曲の数々は、彼の力により、高水準を保っていく。その非凡さは、「チェリーブラッサム」だけでも十二分に伝わってくる。

ドラムから始まり、よく歌うエレキ・ギタ−を全編に配したロック色の強いサウンドだが、ストリングスがとても巧みであり、特に後半〜終盤など、基調となるロック・サウンドの、ひとつ先にストリングスが飛翔し、歌の物語を先導していくかのような聴き心地がたまらない。また、“つばめが飛ぶ”のところなど、まさにそれまでにはない浮力がアレンジにより生じており、歌詞との同期も最高だ。

「チェリーブラッサム」がリリ−スされたのは、まだ吐く息が白い季節であった。我々は、この曲とともに、春の訪れを待ちわびた。

文 / 小貫信昭

参考文献:
『もう一度あなた』(松田聖子 ワニ・ブックス)
『夢で逢えたら』(松田聖子 ワニ・ブックス)

vol.9
vol.10
vol.11