Interview

ポップン・ソウルの魅力を伝え続けるNONA REEVES、20年目の本気

ポップン・ソウルの魅力を伝え続けるNONA REEVES、20年目の本気

時流や音楽のモードに流されず、心弾ませるとびきりポップでソウルフルな音楽をつくり続けてきたNONA REEVESが、今年、メジャー・デビュー20周年を迎える。1997年のデビュー以来、不動の3人のメンバーで活動を続け、これまでに12枚のオリジナル・アルバムをリリース。80’s〜90’sのヒットチャートを賑わしたような軽快で、まばゆいポップ・テイストを盛り込んだ彼らの音楽は、玄人筋からも高く評価され、各メンバーは数多くの楽曲提供やプロデュース/アレンジを手がけるなど、そのポップ・ウィルスをシーンに拡散してきた。
この数年は、マイケル・ジャクソンやプリンスの著作やメディアへの登場で認知度が上昇した西寺郷太、レキシでも活躍中の奥田健介、佐野元春やオリジナルラブなどのドラマーとしても気を吐く小松シゲルの3人への注目度も高まっている。
3月8日にリリースされるベスト・アルバム『POP’N SOUL 20~The Very Best of NONA REEVES』は、彼らの20年間の珠玉のナンバーをレーベルの枠を超えて収録。今、あたためて、彼らのポップン・ソウルを検証するには絶好の頃合いとなった。

文 / 佐野郷子 写真 / 柴田和彦


NONAの音楽性を一言で表す言葉、「POP’N SOUL」

ベスト・アルバムも今回の『POP’N SOUL 20~The Very Best of NONA REEVES』で3シリーズ目になりますね。

西寺 ベストではないけど、橋本徹さん監修の「free soul」シリーズで、日本人バンドとしては初めての『free soul of NONA REEVES』もあったし、今回のベストは僕ら発信ではないんですが、誰もが楽しめるに内容になったんじゃないかと思います。

奥田 20年もやっていると、やっぱり、NONAの活動を凝縮したベリー・ベストと呼べる選曲にはなりますよね。

アルバムに収録した曲はメンバーで選んだんですか?

小松 一応、投票制で選びました。

西寺 投票制といっても視聴率みたいなもので、視聴率って少ない件数で計っているじゃないですか。それと同じようにメンバー3人とホントに身近なスタッフだけで投票したら、たまたまこんな曲になったんですよ。後々考えたら、「あの曲入れた方が良かった」と思う瞬間もあったんだけど、何気なく決めた選曲が実はいちばんすっきりしているんじゃないかと。

タイトルに入っている「POP’N SOUL」というキーワードはどこから?

西寺 僕らを20年来知っているレコード会社のスタッフと、「NONAの音楽性を一言で表すとしたら何だと思う?」という話になって、「POP’N SOULってどう?」と。そこから選曲を始めたから、今回はいわゆるバラード的な曲はなくて、そっち寄りの曲になったような気がしますね。

ソウルの要素が色濃いポップ=POP’N SOULと。

西寺 ホール&オーツが「ROCK’N SOUL」と呼ばれていたり、調べたら小さいアカウントでPOP’N SOULという言葉を使っている英語圏の人もいたから、世界で通じる言葉ではあるみたい。

20年を通してNONA REEVESの音楽性を的確に表している言葉ですね。そういう意味では、デビュー当初から現在までブレがない。

奥田 僕らにとっては今もライヴでやり続けている曲ばかりだから、懐かしいナンバーというわけでもないんですよ。どこかで大きく音楽性が変わったというバンドじゃないですから。

小松 DJでかけやすい曲の並びだと思うし、「NONAってどんな音楽?」という人がいたら、この中の曲をかけたらどんなバンドなのか分かってもらえるんじゃないかな。

メジャー・デビューを飾ったレコード会社への復帰

 

デビューした1997年には20年も続くと思いましたか?

奥田 「続けよう!」とすごく強く思って続いたわけじゃないけど、続いたね。97年当時で20年続いているバンドはサザンオールスターズくらいだったから、若かったこともあるけど、自分たちをそこに重ねて考えることは出来なかった。

西寺 「続かない」とも思わなかったんですよ、不思議なことに。長い間には上手くいかない時もあったけど、なんとなく運の良いウェイヴに乗ってここまでやって来れた気がする。新曲をつくって、レコーディングをして、CDになる、というのは楽しいなと思いながら暮らしていたら20年経っていたという。

これまでに12枚のオリジナル・アルバムをリリース。ライヴ盤やカヴァー・アルバムなどを含めると、相当の数に及びますね。

西寺 この20年間、まったく動いていないという時期はなかったし、1年くらいのスパンで何か新しいものは出し続けていたと思うんです。今となったらそれは大きかったかもしれない。今年はメジャー・デビュー20周年ではあるけど、小松と出会ってからは25年、NONAを結成して22年になりますからね。

デビューがほぼ同時期のバンドといえば、TRICERATOPS、キリンジ、クラムボンなどがいます。

小松 ああ。みんな続いてますねー。

奥田 もうここまで来たら、解散という選択肢はなくなるのかもしれないね。

西寺 キリンジはKIRINJIとしてリニューアルして、現KIRINJIの千ヶ崎学は初期の頃からNONAで弾いていたし、20年の年月は予想もつかないようなことも起こるんだなとは思いますが。そして、NONAはメジャー・デビューを飾ったレコード会社に16年ぶりに戻ると。

96年にインディーズでアルバムを出して、97年にメジャー・デビューしたわけですが、その頃の心情は?

西寺 当時は、レコード会社と契約してプロになることが目標のひとつだったし、世界の三大メジャーの一角を担い、プリンスを筆頭に僕の好きなアーティストがたくさんいるレーベルと契約できたことは一音楽ファンとしてもすごく嬉しかった。

奥田 メジャーか、インディーかというのは、今よりありましたね。より多くのリスナーに聴いてもらうには、やはりメジャーの方が、という指向が強かったと思う。

西寺 最近でこそ、チャンス・ザ・ラッパーのようにメジャーと契約せずにグラミー賞を獲得するような人も出てきたけど、僕のように洋楽のレガシー好きには、レーベルへの拘りみたいなのは、今もぶっちゃけありますね。

今度のベストには、ズバリ「WARNER MUSIC」という曲も収録されていますね。

西寺 1stの『ANIMATION』の曲が1曲もなかったので、ギリギリで入った曲なんですが、当時の僕らのMVにはレコード会社の若手のスタッフがよく出ていたし、それまではインディーズのイメージが強かったので、ちょっとインパクトのあるタイトルにしてみようと……

小松 奇を衒ってみた(笑)。

西寺 むしろ、レコード会社の人の方が照れてた(笑)。

内省的なロック全盛期にも貫いたブレないポップイズム

 

筒美京平さんプロデュースによる「LOVE TOGETHER」は、今もヒットしてもおかしくないNONAを代表するナンバーですね。

奥田 僕らの曲でいちばん知名度のある曲といえば、これですから。

西寺 このベストの曲順は投票の順位に近いんですよ。

小松 聴いていて良いなと感じるベストって、メンバーの思い入れとか関係なく、有名な曲からズラッーと並んでいる方が嬉しくないですか? ベストも初めてじゃないんで、あえてある意味ベタなベストで素直に喜んでもらいたかった。

奥田 ベストなのに「あのヒット曲が入ってない」とかガッカリするもんね。

西寺 最近、NONAを知ったという人の意見も反映されていて、ラジオや僕の書いた本から遡って、80’s、90’sの音楽を聴くようになった人や、今の視点で聴いてくれている20代の若いスタッフの意見がけっこう響いているんですよ。

アルバムで言えば、『DESTINY』(2000年)から3曲が入りましたが、この時点ですでに「POP’N SOUL」を極めたような完成度がありましたね。

西寺 そうですね。低い頂点ではありますが(笑)、NONAの代表作ではあると思う。

奥田 あの頃、「POP’N SOUL」って言ってたら、もっと売れたかな?

小松 2000年頃は、80’sリヴァイバルにはまだ早すぎたんでしょうね。

西寺 とはいえ、「LOVE TOGETHER」で京平さんと出会えたことはやはり大きくて、京平さんと交わした会話や受けた薫陶はその後もよく思い出すし、僕らがプロデュースをする時にもそのノウハウは生かされていると思うんですよ。それは、これからも伝えていきたいですね。

POP’N SOUL派にとっては、その後は必ずしも追い風が吹くような状況ではなかったと思うのですが?

西寺 2000年代に入ってしばらくは、世の中的に自分たちのやっている音楽が順風ではないなというのは感じていましたね。僕らが好きな音楽があんまり世間から求められていない状況は10年近く続いたような……。レディオヘッドのような内省的なロックが全盛だった頃に、NONAのようにアッパーで、楽観的な音楽はいまひとつ響かなかったというか。オプティミズムの固まりのような人間にとって、苦悩するロックが主流の時期は厳しいといえば厳しかったけど、ポップな音楽が再び注目されるようになった7、8年前からは俄然楽しくなってきて、その波は今も続いている。

奥田 時代とリンクするかどうかでいえば、今がいちばんしているかもしれない。

小松 そうだね。ここ数年は、新譜を買うのがまたすごく楽しくなってきている。自分が好きなタイプの音楽が増えてきたという実感がありますね。

西寺 例えば、甲本ヒロトさんとマーシー(真島昌利)さんは、THE BLUE HEARTSから今に至るまで、ストレートなロックンロールをベースに、その時々で変化はしても軸は変わらないじゃないですか? 僕らもこういうちょっとファンキーなポップを軸にやってきて、それに飽きるということがないタイプなんですよ。それはラッキーでしたね。

外の刺激で確認できたバンドマンであるという意識

 

飽きずに、深めていける音楽に出会えたから継続することが出来た、と。

西寺 バンドにとって最大の敵は、「飽きる」ことだと思うんですよ。確かに同じことを繰り返していたら飽きるのは当然で、NONAの場合はメンバーそれぞれの個人仕事もあって、それが風通しを良くしたり、刺激になったりして上手く回ったところもあると思う。

奥田 外の刺激も楽しいけれど、勝手知ったるという意味ではバンドは夫婦に似ているのかもしれない。 

小松 仕事で違う視点や考え方を知ると、NONAに戻ったときに新鮮なんですよ。長年一緒にやってきても新鮮でいられるっていうのは有り難いことですよ。

奥田 僕は、似たようなアプローチでもNONAだとこうするなとか、自分たちのクセや発想が客観的に見えるようになりましたね。

西寺 僕は2009年以降年間1冊ペースで本を出してきたので、部屋にこもって必死に書いている時なんかに、奥田がレキシのライヴで盛り上がっている写真を見たりすると、「楽しそうで、羨ましいな」と思うことはあるけど(笑)、2人の活躍がNONAに良い影響を与えているのも事実で、ここ10年は奥田もどんどん曲をつくるようになってきたこともNONAの絶妙なバランスに繋がったと思う。

郷太さんはSMAPやV6、奥田さんも土岐麻子、南波志帆など、楽曲提供やプロデュースも数多く手がけていますしね。

西寺 それもあって、NONAの曲を全部自分がつくるのも何か面白みに欠けるなと感じた時に奥田が良い曲をつくってきてくれたんで、新鮮な気持ちを持続できたというのはある。

奥田 今は共作も楽しいし、そのバランスが阿吽の呼吸になってきている。

他の人に曲を提供していても、どこかにNONAファーストというのはあるものですか。

西寺 今はNONAファーストですね(笑)。色んな人に曲は頼まれているんですが、今年は20周年だし、ここはNONAでしっかり良い曲をつくらないと、というモードになってますね。

お二人はこの数年の郷太さんのメディアでの大活躍は予想できましたか?

奥田 ある日突然、そうなったのではなくて、元々書くことや言葉に関しては才能がある人だったので、意外というわけではないけど、マイケル・ジャクソンが亡くなったのは想定外でしたね。

西寺 TBSラジオの『キラ☆キラ』に出演するようになった頃から、「音楽を伝える」という役割が加わり、本を書いたのもその一環ではあるんです。その後も僕が本を書いたプリンス、ジョージ・マイケルが奇しくも亡くなりましたが、僕もマーヴィン・ゲイやジョン・レノンは亡くなった後からファンになったし、文章を書いたり、喋ったりして伝えることは自分にとっても良いインプットになっているし、音楽づくりにもかなり直結しているんですよ。一昨年に『プリンス論』を書いた時も、プレッシャーが半端なくて「こんなにプリンスのことを考えているヤツは世界で俺しかいない!」と感じるほどでしたけど、タイミングを考えればそれも何かに導かれたとしか思えない。

郷太さんの著作から、NONAにフィードバックすることもあるでしょうしね。

西寺 でも、何をするにしても、自分としては、NONA REEVESの西寺郷太として生きていきたいんですよ。

小松 僕も色んな人のライヴやレコーディングに参加していますが、NONAがあるから根なし草じゃないという思いはありますね。

奥田 うん。僕も自分が何者か問われたら、バンドマンと言いたいという気持ちは強い。

20周年を迎えて、40代で目指す究極のポップ・アルバム

唯一の新曲である「O-V-E-R-H-E-A-T」には、〈この街はポピュリズムまみれ〉など、歌詞に2017年の世相も表れていますが?

西寺 〈ポピュリズム〉はトランプ政権以降という感じがするでしょ(笑)。自分の中では「ポップ」と「リズム」をかけ合わせた意味もあるんだけど、政治とポップ・ミュージックは本来人を喜ばせるという意味では共通していると思うんですよ。

〈「憂鬱な者」だけが己を知るわけじゃない〉には、さきほどのレディオヘッド全盛期への違和感が滲み出ているような気もしますね。

西寺 そう! 憂鬱な顔をしている方がなんだか賢くみえてしまう世の中にドロップキック!って感じです(笑)。物事を深く考えていたり、辛いことがあっても笑顔でいられる人だっているじゃないですか? 本当のファインプレイは、楽にボールを獲ってるように見える外野手であって、派手なプレイでユニフォームを汚すヤツは、元の守備位置が悪いからやん、というのが僕の持論ですから。

〈憂いも日々精進ね〉とか、深い所を突いてくる歌詞ですね。

西寺 そこは、お寺の息子なのが関係してるんでしょうか(笑)。今までレコード会社を何度か移籍して、今回またデビューしたレーベルに戻って来て、輪廻転生じゃないけど、何か運命の巡り合わせのようなものを感じたりするんですよ。

新ミックスの「NEW SOUL-2017 MIX-」と、新録の「ENJOYEE! (YOUR LIFETIME)」にも、今のNONAと変らぬ姿勢が出ていますね。

西寺 そうですね。今思えば、良い意味で力みすぎていた2曲で、その熱さはキープしつつ、今やっているライヴのバンドで聴いてもらいたいと。

今、20年目にして思うことはありますか?

小松 古巣に戻ったこともあって、気持ちも新たに頑張りたいですね。

西寺 新曲がすでに12曲くらい出来ているし、年内にニューアルバムをリリースする予定なんです。

奥田 その前にデビュー20周年記念に赤坂BLITZで「赤坂ノーナ最高祭!!! 」2デイズがあるしね。

西寺 第一夜が、堂島孝平くんとサニーデイ・サービス、第二夜がKIRINJIと、尊敬する先輩や仲間たちとステージに出られるのは嬉しいことだし、サニーデイと現KIRINJIは初の対バンなんで僕も楽しみにしているんですよ。彼らが今もいてくれるから、僕らも頑張れるところがあるし。

奥田 みんな働き盛りの40代ばかりだね。

西寺 今の40代は、80年代の30代に近いと思うんですよね。だから、僕らも大滝詠一さんが30代で『A LONG VACATION』をつくったように究極のポップ・アルバム作りを目指していきたいですね。

ベスト盤ダイジェスト映像『POP’N SOUL 20~The Very Best of NONA REEVES』

ライブ情報

「デビュー20周年記念 赤坂ノーナ最高祭!!! 第一夜」

3月26日(日) 赤坂BLITZ
開場 16:45/開演17:30
出演: NONA REEVES / 堂島孝平 / サニーデイ・サービス

「デビュー20周年記念 赤坂ノーナ最高祭!!! 第二夜」

5月28日(日) 赤坂BLITZ
開場 16:45/開演17:30
出演: NONA REEVES / KIRINJI

NONA REEVES

1995年、西寺郷太が自らのソロユニットに「NONA REEVES」と名づけ、早稲田大学の音楽サークルで出会った小松シゲル、奥田健介らとバンド編成へ。インディーズで2枚のアルバムを制作の後、1997年に「GOLF ep.」でメジャー・デビュー。2000年には筒美京平プロデュースによるシングル「LOVE TOGETHER」「DJ! DJ! ~とどかぬ想い~ feat. YOU THE ROCK★」が評判となり、ソウル/ポップ/ダンスを巧みに構築したアルバム『DESTINY』を発表。2000年以降は、コンスタントにアルバムをリリースする傍ら、メンバーそれぞれが楽曲提供/プロデュース/セッション・ミュージシャンとしても活躍。2011年からは80’sヒットを中心にしたカヴァー・アルバム 『Choice』シリーズも好評を博した。西寺郷太は『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』『プリンス論』などの執筆、TV/ラジオのコメンテイター、舞台音楽や脚本家としても注目を集め、奥田健介はレキシや楽曲提供、小松シゲルは佐野元春、YUKI、オリジナルラブに参加するなど活動の幅を拡げている。

オフィシャルサイトhttp://www.nonareeves.com/