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知ってるようで知らない古典小説『雪女』。映画化であらためて考察する

知ってるようで知らない古典小説『雪女』。映画化であらためて考察する

初めまして!Reader Storeの裏方担当のミケランジェロ古谷と申します。‟じゅん文学”志向の私が、今回は古典小説をご紹介させていただきます。現在、映画公開中の小泉八雲『雪女』。昨年の東京国際映画祭のコンペティションに出品され、杉野希妃監督の新たな解釈が話題を集めた映画の‟原点”をご紹介したいと思います。

『雪女』というお話、日本に生まれた人なら誰しもが見聞きしたことがあるのではないでしょうか。そう、長い黒髪に色白の肌、白装束姿が特徴の女妖怪です。キャラクターとしては非常に有名な『雪女』ですが、今から100年以上も昔、小説として描かれたことをご存知の方は少ないのではないでしょうか。1904年に出版された小泉八雲『怪談(英:Kwaidan)』に収められた物語に改めて触れてみると、意外な面白さに溢れています。

『雪女』の起源はとても古く、室町時代には物語の原型が日本各地に伝承されていたそうです。呼び方は様々だったようですが‟「死」を表す白装束”‟冷たい息を吹きかけて男を凍死させる”という点は共通していて、「雪の妖怪」としてはるか昔から怖れられていました。

唐突な話なのですが、そもそも“妖怪”って一体なんなのでしょう。実際に妖怪を見た人なんて誰もいないのに(とボクは思いますが…)、私たちはたくさんの妖怪の姿を思い浮かべることができますよね。人によく似ていたり、半身が動物だったり、なかには大怪我を負っている…なんていうのもいたりと、世界中で様々な妖怪が描かれています。その多くは、人が抱く‟恐怖や不安”を現したものだとボクは思うのです。

一見、雪は綺麗に見えますが、ひとたび荒れ狂うと人を死に至らしめる事もある自然現象です。そんな雪に対する人々の“恐れ”を象徴した存在が『雪女』です。
自然は人々に豊かさを与えてくれますが、ときに恐ろしい災いをもたらします。昼は見晴らしがきくけれど、夜の世界は闇に包まれて真っ暗になる大昔――。今のようにネオンや電灯の灯りはありません。冬はただでさえ寒いのに、暖房器具もない。雪が降れば辺りはいつも以上に静まり返り、猛吹雪になってしまうと身動き一つとれない。1人で住んでいようものなら、まるで世界から取り残されているような孤独が襲い掛かる……。いやいや、孤独どころの話ではなく、朝を待たずに凍死してしまうかもしれなかったでしょう。
大昔の人たちにとっての自然は、現在とは比較にならないほどに畏怖すべき存在だったのだと思います。春夏秋冬、朝昼夜、死が常に身近にあり、自然の力に対してなすすべもない。だからこそ、昔の人々は自然に対する不安の気持ちを象徴した“妖怪”を思い描いたのだと思います。
しかし、この『雪女』を読んでみると、私は怪談らしい怖さよりも、現在は薄らいでしまった人間の生々しい感情に触れた気がしたのです。

『武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた。
この話のあった時分には、茂作は老人であった。そして、彼の年季奉公人であった巳之吉は、十八の少年であった。』
(引用)

毎日、この2人のきこりは村から約2里離れた森へ仕事に出かけます。道中、越さなければならない大きな河があり、河を渡るには渡し船を利用しなければなりません。ある寒い晩 の帰路、2人は大吹雪に遇い、渡し守の小屋に避難しました。吹雪の音におののきながら、2人は寒さに耐えて朝を待つことにします。時が経つにつれて寒さは耐え難いほどに厳しさを増し、体を震わせながらもいつしか意識はまどろんで……。ふと気づくと“夕立のように” 吹雪が顔にかかっています。その次の瞬間、巳之吉は恐ろしい光景を目撃するのです。

『小屋の戸は無理押しに開かれていた。そして雪明かりで、部屋のうちに女、――全く白装束の女、――を見た。その女は茂作の上に屈んで、彼に彼女の息をふきかけていた、――そして彼女の息はあかるい白い煙のようであった。』
(引用)

ここまでは、まさにスリリングな‟怪談”です。雪女に凍てつく息を吹きかけられた老人の茂作は、あっさりと死んでしまいました。しかし、物語はここで大きく変化します。

『白衣の女は、彼の上に段々低く屈んで、しまいに彼女の顔はほとんど彼にふれるようになった、そして彼は――彼女の眼は恐ろしかったが――彼女が大層綺麗である事を見た。』
(引用)

隣で寝ていた茂作があっという間に凍死させられてしまい、その実行犯人である雪女が近づいてきて、今まさに自分も同じ目に……。そんな危機的状況で、加害者となる相手を「ああ綺麗だなあ」と思う巳之吉は随分とおおらかだと思いませんか? それほどに美人だったのかもしれませんし、若さゆえ…ということなのかもしれませんけど。
そんななか、雪女が初めて口を開きます。

『私は今ひとりの人のように、あなたをしようかと思った。しかし、あなたを気の毒だと思わずにはいられない、――あなたは若いのだから。……あなたは美少年ね、巳之吉さん、もう私はあなたを害しはしません。』
(引用)

えっ? 『あなたは美少年ね』、だから『あなたを害しはしません』だって? 登場して早々に、雪女のキャラが崩壊しちゃっていませんか? 往々にして昔話には教訓が散りばめられているものですが、これでは“若くてイケメンだったら何でも許される”みたいじゃないですか(笑)。
吹雪という人の命を脅かすほどの自然災害、人の生き死を審判する畏怖の象徴として現れた雪女は、巳之吉に一目惚れしてしまいます。恐怖の中に生々しい感情があっけらかんと現れる、なんだか愉快な話になってきましたね。結局、雪女は美少年の巳之吉を殺すことなくその場を立ち去ります。見事に凍らさられた茂作じいさんを思うと胸が痛みます。
しかし、物語はここで終わりではありません。思わぬ2人の再会が……。

『翌年の冬のある晩、家に帰る途中、偶然同じ途を旅している一人の若い女に追いついた。
彼女は背の高い、ほっそりした少女で、大層綺麗であった。そして巳之吉の挨拶に答えた彼女の声は歌う鳥の声のように、彼の耳に愉快であった。それから、彼は彼女と並んで歩いた、そして話をし出した。
 少女は名は「お雪」であると云った。』
(引用)

「お雪」って、ストレートすぎるネーミングですよね(笑)。思わずボクは‟ちょっと待ってくれ~い!”と叫びたくなりました。前を歩いていた女子のA面がキレイだと思って、次の瞬間には「ねえ今ちょっといい? 君かわいーねー!!」と挨拶する巳之吉、「なぁにやだぁ!」と答える女子……。そして、一緒に歩き出す2人。これじゃ、まるでナンパじゃないですか! しかも、女性の対応も軽いし、あっさり上手くいっちゃってるし……。その後、2人はあっという間に結婚して、あれよあれよという間に男女10人の子供まで生まれてしまうのです。もはや “怪談”の様相は消えて、テーマは“健康”! 奥田民生の『さすらい』の‟ジャーン♪”が聞こえてきそうな‟ビッグダディ”な物語に変貌してしまうのです。昔の人って健康だなぁ~、まぶしいくらいに健康的だなぁ~(笑)。

さて、この後の顛末ですが、異類婚姻譚にありがちな“言ってはいけないタブー”を巳之吉が口にしてしまい……という展開になります。結末までの詳細を完璧にネタバレしてしまうのも恐縮なので、続きはぜひご自身でお楽しみください。

本作はとても古典的な作品ではありますが、上述のように現在の感覚で読んでみると不思議な魅力とツッコミどころに溢れているのです。生き死を裁く妖怪が人に恋をするなんて……、生き死を裁く妖怪が男女10人も子供を産むって……! いやぁ、昔の人の想像力は本当に豊かですね。この『雪女』はとても短い作品なので、通勤・通学の合間の時間に読み切ることもできます。

最近、妖怪を「人外」とか「亜人」と表現している作品を見かけることが多くなりましたね。人外キャラを扱ったコミックやアニメが大人気ですが、古典的な“人外物語”「雪女」もぜひ読んでみてください。


『雪女』

小泉八雲 (著)
オリオンブックス

雪女とは美しい雪の妖怪。
茂作老人と18歳の巳之吉は大吹雪に逢い茂作は雪女に殺されてしまう。
巳之吉は助かるが「誰にも言ってはいけない」と約束してしまう。
破れば殺されるのだが……小泉八雲の名作。

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コンシェルジュ・プロフィール

ミケランジェロ古谷

みうらじゅんを敬愛する、Reader Storeのプロモーション&‟じゅん文学”担当。異名は、嘆きのポエマー。‟愛にこんがらがって”、気づけば2人の娘のパパに……。たまには、すべてを忘れて旅に出て、‟優しい人にめぐりあって、甘えてみたいんだ”と思う今日この頃。

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