ビートルズの武道館公演を実現させた陰の立役者たち  vol. 40

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石坂範一郎から永島達司へと託された夢の実現

石坂範一郎から永島達司へと託された夢の実現

第4部・第39章

すでにビートルズはヨーロッパで地元のプロモーターを通さずにNEMSが手打ちで興業を行い、成功を収めていた。だから当初は日本でも自主公演を打つことを検討していたらしい。しかし外貨の支払い枠の問題などで、日本ではプロモーターが主導しないと興業を打つことが難しいとわかった。ちょうどそのタイミングでヴィック・ルイスがNEMSに重役として迎え入れられたので、GACのネットワークで信用のおける永島達司にコンサートの依頼が来たと考えれば、3月14日に電話が入ったことは当然の成り行きに思える。

だがそれでも何かが微妙に不自然だった。ヴィックが「会いに来てくれ」という一点張りだったのはなぜか。それは最初の電話がかかってきた時点で、すでにビートルズの側では日程から場所まで、概要が決まっていて下準備がすべて整ったので、最終的な実施を依頼してきたとしか考えられない。

翌日の朝に永島がさっそく東芝レコードに行って石坂範一郎に会ったのは、「とにかく会いに来てくれ」という言葉の背景に何があるのか、その事情を説明してもらうためだったと思われる。

作家の野地秩嘉が永島が語った言葉をまとめた自伝「ヤァ!ヤァ!ヤァ!ビートルズがやって来た 伝説の呼び屋・永島達司の生涯」によれば、範一郎と会って二人だけでじっくりと話し合う時間を持った上で、「日本公演には協力する」という了解を取りつけたとある。それは取りも直さず、秘密裏に進めていた東芝レコードの下交渉や下準備について、その経緯を範一郎から説明してもらったと考えていいだろう。

そのうえで一週間後にロンドンへ交渉に行くことになったのは、「先方の条件を聞いてきてほしい」と永島が頼まれたからに違いない。範一郎が準備してきたことを引き継いで、招聘の手続きから実施までを全面的に委任されたと解釈してもいいのではないか。そのほうが無理がなくて自然なのである。

ヴィックは電話で「絶対に損はさせない」とも口にしたらしい。それはもしも赤字が出たとしても、東芝レコードが負担するという前提があったからではないか。一瞬はそうだと考えたのだが、いや、そうではなかったかもしれないとあらためて思い直した。

範一郎の準備交渉の段階で、赤字にはならないプランがすでに出来上がっていた可能性が高い。正確なスケジュール調整のみを残すだけで、11月の段階でギャラも公演場所もほぼ決まっていたのだろう。だからブライアンはイギリスのメディアを通して、先に夏に来日するという情報を流し始めた。

というのは偶然の一致とは思えない動きを、日本の東芝レコードが同じ日に起こしていたからである。永島が午前中に範一郎との密談を行った3月15日の夜、ロンドンからEMI会長のジョセフ・ロックウッド卿が来日した。東芝レコードはそのために羽田空港で臨時の記者会見場を設けて、内外の記者を招いて公式の会見を開いたのだ。

ぼくにはこれが何とも不思議なものに見えた。というのはロックウッド卿の訪日の目的は、業務の打ち合わせとレコード工場の視察、さらに観光をかねたものだった。とりたてて記者会見を開いてまで話さなければならない内容は、事前には用意されていなかった。にもかかわらず会見場には久野元治会長以下、石坂専務、酒田常務とトップ3人が出席している。しかも国民的な人気歌手の坂本九までが同席していた。

これは多くのメディアにアピールするためとしか考えられない。外電から流れてきたビートルズの来日情報と、この記者会見はタイミングもふくめて、単なる偶然では片付けられない儀式のように見えてきた。果たせるかなその席上でロックウッド卿は、「世界大戦でも始まらない限りビートルズ日本公演は確実である」と、東芝レコードの関係者としては初めて、ビートルズ来日を公式の場で肯定したのである。

この時点で来日は噂などではなく、イギリスのEMIならびに日本の東芝レコードが公式に認めた事実となった。これは複数のスポーツ紙だけでなく、電機産業および電気事業に関わる業界新聞の電波新聞で、翌日の朝に最も詳細に報じられた。

ぼくはこの記者会見こそはビートルズ来日公演という周到な招聘計画において、久野会長と石坂による正式発表の場にしたいという、東芝レコードなりの思惑があったのだと考えている。様々な困難を乗り越えて実現した最終的な公式発表で、今まで表に出なかった東芝レコードのひそかな勝利宣言を、EMI会長のロックウッド卿を通じて内外に発表したのである。

以下はロックウッド卿のコメントだ。

前回来日した時以来とくに日本のレコード業界の発展に興味を持っているが、提携先である東芝音工が日本のレコード業界発展のためにめだって努力されていることを脅威の目で見守っており、日本での西洋音楽の愛好者が増加していることに注目している。
ビートルズの来日については四か月前にビートルズの面々に逢ったとき、八月に来日する予定であるといっていた。スケジュール等の詳細はまだ正式に決定していないので知らないが、他の仕事が入って日本公演が中止される事はないと思う。もしも中止されるならば世界大戦争でも始まった時以外にはないと思う。
ビートルズのレコード売り上げについて言うと、現在までの販売総数はシングルに換算し一億九千万枚に達している。日本の売り上げは世界で七位~八位にある。レコード売り上げ全体の金額ではアメリカが世界一であるが総人口の比率から一人あたりの売り上げでは△一位オーストラリア二位ニュージーランド三位アメリカという変わった現象を呈している。
(「電波新聞」1966年3月16日)

世間的には長らく口をつぐんできた久野会長と範一郎の二人は、交渉が内定した時期まで前年の11月だったと明らかにして、「日本公演が中止される事はないと思う」と語るロックウッド卿の言葉に、十分な達成感があったのではないかと想像した。

久野会長と範一郎が秘密裏に進めてきたビートルズの来日公演は、ここから東芝レコードの手を完全に離れて、実施の責任者となる永島達司へと引き継がれていく。

→次回は3月13日更新予定

文 / 佐藤剛
最上部の写真:提供 / 毎日新聞社

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『歌えば何かが変わる:歌謡の昭和史』(篠木雅博との共著・徳間書店)。

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