【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 11

Column

松田聖子と松本隆の以心伝心。「白いパラソル」が産まれた理由

松田聖子と松本隆の以心伝心。「白いパラソル」が産まれた理由

松田聖子が「白いパラソル」をリリ−スしたのは81年7月。世の中的には、ダイアナさんがチャールズ王子と結婚し、大フィーバーとなったのがこの頃である。ところでこの曲というと、歌詞のなかに“ディンギー”という言葉が出てくる。しかし大半の人間は、それが何なのか知らずに聴いていた。
この歌の主人公は憧れのヒトに対して、それでもって私をさらってもいいのよと、そこまで強い意志を示すのだが、友との会話中、「ちょっと調べてよ」「ええと、それはね…」なんて、携帯で検索することなど不可能な時代だったし、別に知らなくても不自由なく聴いていた。ヨットの別称であることは、だいぶ後になって知ったのだった。この歌詞を書いたのは松本隆だ。まずは彼のこんな発言を。

「裸足の季節」がCMソングとして、テレビから流れてきたのを聴いて、「この人の詞は、ぼくが書くべきだ」と直感したんだ(笑)。彼女の声の質感と自分の言葉がすごく合うような気がして。

『松本隆 風街図鑑1969-1999』のライナーノーツ(取材・構成:川勝正幸)からの引用だが、まさに作詞を職業とする人だからこその研ぎ澄まされた直感、だったのだろう。で、ここでは「書くべきだ」と語調は強いけれど、実際、どんなアプローチがなされ、松本隆は松田聖子に楽曲提供するようになったのだろうか。でも松本は、「オレに書かせろよ!」と、声高に直訴するタイプには思えない(何度かインタビューでお目にかかったことあるけど、むしろ印象としては真逆な感じがした)。

以心伝心だったようだ。彼がそんなことを想っていたら、CBS・ソニーで松田聖子を担当していた若松宗雄から、依頼があったのである。まずはアルバムのなかの一曲を、ということで、サード・アルバム『SILHOUETTE〜シルエット〜』に、「白い貝のブローチ」という作品を提供することになる。

あくまでアルバムの中の一曲だが、歌詞のなかの“シルエット”という言葉が印象的であり、おそらくこれは、アルバム・タイトルに影響を与えたと想像出来るのだが、歌詞とアルバム・タイトル、さて順番は、どっちが先だったのだろうか…。

一方、松田聖子は松本隆という作詞家を、認識していたのだろうか。実は彼女、原田真二のファンだったから、原田の「てぃーんず ぶるーす」や「キャンディ」の作詞者である松本の名前は、中学生の頃から知っていた。でも、自分が歌うとなると話は別だが、松本から渡された作品は女の子の気持ちがとてもよく分かった上で書かれていたので、違和感なく入っていくことが出来たそうだ。

白、ということに、こだわりがあったのか、それが彼女をイメージさせる色だったのか、「白い貝のブローチ」のあと、松本が松田聖子のシングル用に書いた最初の作品は、冒頭ですでに紹介した「白いパラソル」だった。

実は当時、映画『野菊の墓』の撮影なども重なり、多忙を極めていた彼女は、喉の調子が芳しくなかったらしく、結果、それまでの「チェリーブラッサム」や「夏の扉」のような、エネルギッシュな歌唱、とは別のアプローチが模索されたそうだ。そのため、テンポも落ち着いたものになった。

改めて「白いパラソル」を聴いてみる。作曲は「チェリーブラッサム」から3作連続の財津和夫で、編曲は大村雅朗だ。イントロの♪チャチャンチャンチャというリズムの感じは、80年前後のミディアムもののポップスに、よく用いられたアイデアである(「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」由来、とでもいうか…)。

でも、例えば歌詞のなかの“少し影ある瞳”といった表現は、このテンポだから、聴き手もその瞳の奥のほうまで(疑似体験として)覗き込むことが可能なのだろう。

松田聖子は自分の色を出す、というより、噛みしめるように、慎重、とも感じられる雰囲気で歌っている。もちろんそれがあって、サビの伸びやかさが強調される。

時代背景的なことでは、あることに気づいた。それは、“答は風の中ね”というフレーズが、さり気なく織り込まれていることである。もし10年ほど前であったら、“ボブ・ディランな香り”が、強烈に際立ったことだろう。そう。「風に吹かれて」だ。しかし、両思いかもしれない相手に対し、熱い想いはあるけど未だプラトニックな状況であるこの歌で、恋の行方を占う言葉としてこの表現がさり気なくハマったのは、まさに80年代だったからなのだろう。

ここで、この時期のジャケットを並べてみることにする。それまでは、当時のアイドルの常套的なデザインだった。つまり顔のアップ(確か、シングル・ジャケットにおいて顔の占める面積が何10パーセントであるのがヒットの条件、みたいなことも、当時は真剣に囁かれていた記憶が…)。しかし「白いパラソル」は、彼女のシングル・ジャケット史上、初となる、堂々たる“引きの写真”なのである。

これは何を意味するのだろう。多分、デビュー以来、全速力で駆け抜けてきたけど、ちょっと「松田聖子像」というものを、客観的に眺めてみようよ、という、そんなことからのデザインだったのではないだろうか。 そしてその次のシングル「風立ちぬ」は、当時の彼女のここまでの流れ、ということで言うなら、意外とも思える作曲者によるものだった。

文 / 小貫信昭

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