Interview

杉野希妃監督と山口まゆに訊く、映画『雪女』に込められた想い

杉野希妃監督と山口まゆに訊く、映画『雪女』に込められた想い

いまや日本のインディーズ映画界にとどまらず、世界の舞台で熱い注目を集める監督・女優・プロデューサーの杉野希妃。その『マンガ肉と僕』『欲動』に続く、長編監督作品が現在、東京・ヒューマントラストシネマ有楽町と横浜シネマ・ジャック&ベティにて公開中の『雪女』だ。
小泉八雲の同名怪談をベースに、独自の解釈を盛り込み、幽玄美あふれる映像とともに国籍も時代も超えてゆく普遍的な愛の物語として描き出した本作。
「雪女」という古典寓話から杉野監督が発見したもの、そこから浮かび上がってくる現代的メッセージとは?
今回、自ら雪女とユキのニ役に挑んだ杉野監督と、その娘ウメを演じた山口まゆさんに話を聞いた。

取材・文 / 井口啓子 撮影 / 荻原大志


『雪女』を映画化し、届けようとした想いとは…

まず、杉野監督はなぜいま『雪女』をモチーフに映画を撮ろうと思われたのでしょう?

杉野希妃 4年前に、ある小泉八雲のエッセイ・フィルムを撮られている方に「小泉八雲は今こそ触れるべきだ」って薦められて、改めて『雪女』の原作を読む機会があったんです。『雪女』って畏怖の対象として捉えられるけれど、目に見えないものに思いを馳せて、共存していくことの大切さも描かれていて。それこそが現代に生きている私たちが大切にしなきゃいけない感覚じゃないかなって。
雪女は人間ではない、物の怪とか「人ならざるもの」なんですが、私はすごく人間らしいというか、人間に寄り添おうとする温かなまなざしを感じて。そこを大切に映画化していけば、現代に届けたい、私なりの新しいものが作れるんじゃないかと思ったんです。

原作との違いといえば、本作では山口まゆさんが演じる、雪女と巳乃吉の子供であるウメの存在が大きくフューチャーされていますよね。

杉野 そうそう。原作には子供の存在については「10人産んだ」ということしか書いてなくて。彼らがどのような存在で、どのようなことを考えていたかはまったく書かれてないので、読んだ人が自由に想像するしかないんですが、私は『雪女』を「雪女と人間が交わる話」という観点で見ると、むしろ子供の存在がいちばん大事なんじゃないかと思ったんですよ。
いまヨーロッパで移民の問題が持ち上がっていたり、アメリカでも某大統領がメキシコとの間に壁を作るとか言ってるけど、そういうふうに異なるものを断絶してゆくのではなく、いろんな異なるもの同士が交流して交わっていくって、これからの時代ますます大事になっていくことだと思うので、今回の『雪女』ではその象徴となるウメというキャラクターを新たに作って、まゆちゃんに演じてもらいました。

杉野希妃

まさに作品のキーを握る、重要な役どころですね。

杉野 それは撮影に入る前から言ってたよね。これはいちばん重要な役だからって。

山口まゆ そうですね。プレッシャーをかけられて(笑)。

山口さんは本作の話が来たとき、率直にどう思われました?

山口 そうですね。まず台本をいただいて読んだときに、あれ? 監督と主演の女優さんが同じ名前なんだけど…と思って、マネージャーさんに尋ねたら、両方やられるんですよって言われて、えーっ!ってびっくりしました。

杉野 え、そこ!?(笑)

山口 いや、だって今までそんな現場はなかったので。すごく新鮮でしたし、雪女と人間の混血の子って、正直どんなものかまったくわからなかったので、演じるのに不安もありましたね。雪女らしさを出した方がいいのか、人間ぽくいた方がいいのか、お母さんが雪女であることも知っているのか知らないのか…。これまでも思春期の女の子とか、複雑な役を演じることはあったはあったんですが、これはもう次元が違う感じで、考えれば考えるほどわからなくて、とりあえず現場に行って、お母さんと監督に付いていこうって(笑)。

山口まゆ

杉野 でも不思議なことに、私がまゆちゃんに「こういう表情して」と言っていないシーンで二人の表情や佇まいがシンクロしてることがけっこうあって。お互いに同じ空気やエネルギーを感じとっていたのかなーって思いましたね。素顔のまゆちゃんは本当にあどけなくて純粋無垢で、私もこういう子供を産みたい!って思っちゃうような女の子なんですけど、ふとした瞬間にすごく大人っぽい表情を見せることがあって。そういう今の彼女自身がもつ無防備でアンバランスな色気みたいなものが、雪女と人間の間の子であるウメのミステリアスな存在感を際立たせていて…。本当に撮らせてくれてありがとう!って感じでした。

『雪女』に持った“愛の物語”という印象

杉野さん演じる雪女もまさに浮き世離れした妖艶さでしたが、今回雪女を自ら演じられたのは個人的に共鳴する部分が大きかったということでしょうか?

杉野 そうですね。いわゆる日本古来の伝承的な怪談のなかでも『雪女』って、私にとっては「愛の物語」という印象が強くて。雪女の世界の掟を破ってまで人間と交わって、子供を産んで、最後の夫を殺さなきゃいけないというシーンでも、彼女は結局、夫を殺せず自らが消え去る…。それはたぶん人間を愛して、一緒に暮らすなかで彼女自身、人間化していってたんじゃないかと。今回はそういう雪女が自我を形成していく物語にもしたかったんです。
私自身、役者としてなにかを演じる際には、常に「自分がいままで見たことがない新しいものを見せてくれるキャラクターと出会いたい」という気持ちがあるんですが、雪女はまさにそういう複雑な魅力をもったキャラクターでした。

なるほど、原作の『雪女』が巳乃吉から見た「男性目線」の物語なのに対して、今回の『雪女』は雪女の「女性目線」になってるなと感じたのですが、本作を「女の自我と変容をめぐる物語」と捉えると、異色作どころか見事なまでの杉野希妃ワールドですよね。

杉野 そうですね。あえて女性目線とは決めてはなかったんですけど、もともと私が興味があるのが「女性性」だったり、女性ならではの感覚とか役割みたいなものなので、結果そういうものが自分が演じた雪女でも出せたような気がしますし、まゆちゃん演じるウメにも託せたかなって。

青木崇高さん演じる巳乃吉も素晴らしかったです。すごくワイルドで本当に猟師にしか見えないリアリティがあるんですけど、決してマッチョではない素朴なやさしさやナイーブさを感じさせる…。雪女でなくても惚れちゃいます(笑)。

杉野 そうですよね。青木さんは一見「動」の人に見えるんだけど、実はすごく「静」の部分を持ってらっしゃる方で。佇まいはすごく堂々とされているんだけど心は繊細で、ささいな目線の動きや心の揺らぎまで実に丁寧に演じてらっしゃる。今回の巳乃吉にもそういう繊細なお芝居がちゃんと生きていて、青木さんにやっていただけてよかったなあと思いましたね。

今回は映像も素晴らしいですよね。雪に閉ざされた山里の風景や川での儀式のシーンなど、日本の原風景のようで何処でもない。写実的でありながらも幽玄の趣きを感じさせる映像美は、溝口健二などの古典を彷彿させながらも不思議な新しさを感じさせます。

杉野 私自身がすごく寓話に関心があって、ああいう物語が現在まで脈々と受け継がれているということは、そこに人間の本質が描かれていると思うんです。だからファンタジックでありながらもリアルな…。文学でもガルシア・マルケスのようなマジックリアリズム的な世界観が好きなので、リアリズムとファンタジーの狭間のようなものを目指しました。私たちが生きてる現実も実はそういう揺らぎがあると思いますし、私にとっては現実とファンタジーの狭間にあるものがむしろリアルなんです。

もっと目に見えないものに目を向けるべきだなと痛感

渡し船のシーンの、スクリーンをスーッと横切る船を長まわしのカメラで捉えた映像なんかは、まさに虚実の狭間をたゆとう感じで。見事に持っていかれました。

杉野 あのシーンは、あっちの世界からこっちの世界にやってくるというのを川を狭間に描きたかったんです。あえて時代設定も曖昧に、スーツも着物も同居させて、どこでもない世界を生み出すことで、この物語が時代も超えていくという感じを出したかった。

現代ってお金とか地位とか、目にみえてわかりやすいもので世界が動いちゃってて、逆に見えなくなっているものが多い。もっと感覚的なものに目を向けてゆくべきだという意識は杉野さんの中であります? 

杉野 そうですね。ちょうど雪女の企画をあたためている時期に入院したことがあって、身体が動かせなくなって、改めて自分はものすごく肉体に捕われていたんだなと思ったんです。肉体に捕われた自分のどす暗い感情をいかに解放していくか…と考えたときに、やっぱりもっと目に見えないものに目を向けるべきだなと痛感して。
今回まゆちゃんが演じたウメは、そういう目に見えない世界と交信している役でもあったので、それを見つめる彼女の眼差しがちゃんと撮れればいいなと思ったんですが、まゆちゃんはラストシーンで私の想像を遥かに超える素晴らしい表情をしてくれたので、素晴らしい!って。編集しながらウルウルしちゃいました(笑)。

山口 よかった(笑)。最後のシーンは、雪が降ってきたのを眺めながらお母さんを思い出して。もうちょっとしたらそっちに行くよっていうのと、母の意志を受け継いでいくよっていうのと…いろんな感情が入り混じりつつも無心になろうと思って、ああいう表情になった気がします。

自然や目に見えないものと共存する、プリミティヴな人間の姿を描くことで、最初におっしゃったような現代の諸問題も自ずと照射されている。変に舞台を現代に置き換えたりせず、あくまでクラシカルでありながらも「今」に着地してるバランスも絶妙です。

杉野 確かに、もっと大胆に現代風にアレンジすることもできたんじゃない?って言われる方もいたんですけど、やっぱり『雪女』の原作を読んだときに受けた感覚を、映像で残さないともったいないなと思ったんです。原作のクラシックな雰囲気を生かしつつ、いかに新しい要素を入れて現代に思いを馳せるかというのが自分らしさかなとも思うので。

山口さんはそんな杉野希妃ワールドを体験されてみて、なにか驚きや発見はありましたか?

山口 おもしろかったです。杉野さんはすごいお芝居をした直後に、雪女のままの表情で「カット!」って自分で言って、そのまま走ってモニタを見に行って…。しかも、顔だけ雪女のメイクをして、映ってない下はズボンなんですよ。すごく不思議な気持ちでしたし、自分がこれまで出てきた映画の現場とは違うなって、すごく衝撃を受けましたね。

それは強烈ですね(笑)。杉野さんはそうやって演じられている時も、常に監督という客観的視線もキープされているんでしょうか?

杉野 そうですね。私はもともと憑依型とかではない、すごく客観性をもって演じる方がやりやすいタイプなんですけど、監督もやるときは、より俯瞰で見ながら演じてる感じですね。自分でもやってておもしろかったです。

本当に『雪女』というタイトルから想像するものをいい意味で裏切る、革新的な作品だと思います。

杉野 すごく普遍的な愛の物語でもあるんだけど、でも実は尖ったところがある映画になったかなと思います。

山口 私はまだ愛とかは正直わからないんですけど(笑)、見ていて不思議な世界観に引き込まれるし、そこからいろいろ考えたりできるのがおもしろいなって。

杉野 人によっていろんな見方ができる映画だと思うので、刺激を求めてる方にぜひ見ていただきたいですね。

衣装提供(杉野希妃):アニエスベー
衣装提供(山口まゆ):トゥービー バイ アニエスベー

映画『雪女』

2017年3月4日(土) よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマ・ジャック&ベティ
4月1日(土)よりシネ・リーブル梅田、大阪シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、神戸元町映画館ほか全国順次公開

—恐怖と神秘と、そして雪の結晶のように繊細ではかなく美しい愛の物語—
ある時代、ある山の奥深く、吹雪の夜。猟師の巳之吉は、山小屋で、雪女が仲間の茂作の命を奪う姿を目撃してしまう。雪女は「この事を口外したら、お前の命を奪う」と言い残して消え去る。翌年、茂作の一周忌法要の帰り道に、巳之吉は美しい女ユキと出会う。やがて二人は結婚し、娘ウメが生まれる。14年後。美しく聡明な少女に成長したウメは、茂作の遠戚にあたる病弱な幹生の良き話し相手だった。しかしある日、茂作の死んだ山小屋で幹生が亡くなってしまう。幹生の遺体には、茂作と同じような凍傷の跡があった。ユキの血を引く娘のせいだと、巳之吉を激しく問いつめる幹生の祖父。巳之吉の脳裏に14年前の出来事が蘇り、以前から自分の中にあったユキに対する疑心と葛藤する。自分があの夜の山小屋で見たものは何だったのか、そしてユキは誰なのか…。

【出演】
杉野希妃、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎
水野久美、宮崎美子、山本剛史、松岡広大、梅野渚 ほか

【監督】杉野希妃
【エグゼクティブプロデューサー】坂本敏明、田中弘樹、梶浦隆章、小野光輔、門田大地、市村友一
【プロデューサー】小野光輔、門田大地
【コプロデューサー】福島珠理、山口幸彦
【配給】和エンタテインメント
2016年/日本/日本語(英語字幕付)/96分/カラー&モノクロ/シネマスコープ/Stereo/
©Snow Woman Film Partners
オフィシャルサイトhttp://snowwomanfilm.com/

杉野希妃(Kiki Sugino)

1984年生まれ、広島県出身。慶應義塾大学経済学部在学中にソウルに留学。2005年、韓国映画『まぶしい一日』で映画デビューし、続けて『絶対の愛』(06/キム・ギドク監督)に出演。出演兼プロデュース作は、『歓待』(10/深田晃司監督)、『マジック&ロス』(10/リム・カーワイ監督)、『大阪のうさぎたち』(11/イム・テヒョン監督)、『おだやかな日常』(12/内田伸輝監督)、『ほとりの朔子』(13/深田晃司監督)、『3泊4日、5時の鐘』(14/三澤拓哉監督)他多数。11年に東京国際映画祭、13年に台北映画祭で特集が組まれ、14年のロッテルダム国際映画祭では日本初の審査員に選ばれる。14年、監督第1作『マンガ肉と僕』が東京国際映画祭、エディンバラ国際映画祭、上海国際映画祭等で上映。第2作『欲動』は釜山国際映画祭「Asia Star Awards」の最優秀新人監督賞を受賞。出演作『海の底からモナムール』(ロナン・ジル監督)、『ユキとの写真(仮)』(ラチェザー・アブラモフ監督)が公開待機中。

山口まゆ(Mayu Yamaguchi)

2000年生まれ、東京都出身。2014年、「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」でドラマデビューを果たす。「アイホーム」(15)、「ナポレオンの村」(15)等に出演。2015年、ドラマ「コウノドリ」では中学2年生の妊婦役を演じて注目を集めた。2017年公開『相棒-劇場版Ⅳ-』ではシリーズ最年少ヒロインを務めた。


『雪女』

小泉八雲 (著)
オリオンブックス

雪女とは美しい雪の妖怪。
茂作老人と18歳の巳之吉は大吹雪に逢い茂作は雪女に殺されてしまう。
巳之吉は助かるが「誰にも言ってはいけない」と約束してしまう。
破れば殺されるのだが……小泉八雲の名作。

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