黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 2

Interview

起業するなら32歳。藤村哲哉氏がギャガ設立を志したきっかけとは?(中)

起業するなら32歳。藤村哲哉氏がギャガ設立を志したきっかけとは?(中)

ギャガ創業から15年目、ナスダック・ジャパン上場

ナスダック公開直後 会社案内の更新用の撮影中のスナップ

ナスダック公開直後 会社案内の更新用の撮影中のスナップ

このあとヒット作を配給して最終的にはナスダック上場まで行くわけですけど、やっぱりこの危機を乗り切って、ある程度資金調達もできたというのがひとつの大きなジャンプポイントだったんですか?

藤村 まあ、そうだねえ。

当時、僕はもうギャガにはいなかったので、第3者的視点になりますが、ナスダック市場への公開に向けてある種のこう……頂点を目指している感じを受けました。実際、どうだったんですか?

藤村 やっぱり会社をやるからには上場する、(株式を)公開するというのを実現したいと思って始めたからね。とにかく思わなければ夢は実現しないっていう、増田さんもよく言う言葉だけど、そう思って走り出したから。上場したい、上場しますと言って資金調達していたし。それで、15年で上場したわけだけど最後の5年はつらかったね。もうビデオ市場が伸びなくなっていたから。

そうでしたね。

藤村 だから、次の成長をするために映画配給事業に入っていったわけだけど、これがハンディだらけで。ここまで閉鎖的な業界なのかってくらい苦しんだから。5年近くかかって95年にようやくジム・キャリー主演の『マスク』がヒットしてくれて。それで翌年にはブラット・ピット主演の『セブン』で。

99年には、ジャッキー・チェン主演の『ラッシュアワー』がヒットしましたね。

マスク 主演の ジム・キャリー氏との記念写真

マスク 主演の ジム・キャリー氏との記念写真

藤村 そうだよね。それで2000年にはトム・ハンクス主演の『グリーンマイル』。

『グリーンマイル』で上場できたようなものだから。興行収入が65億もいったからね。で、2001年に『ハンニバル』で、この年に上場を果たすことができた。ただ、その後は、大きな赤字を計上し、業績不振の責任を取って2004年に社長を退任し、2006年にギャガを離れることになった。

このときはどんなお気持ちでしたか?

藤村 自分の経営者として至らないことがすべての原因と思い、社員や株主、取引先のことを考えると、とても辛く申し訳ない気持ちだった。

その窮地を救ってくださった依田(巽)会長、USENの宇野社長、そして途中で大きな出資を引き受けてくださったオンキヨーの大朏(おおつき)会長(当時)にも心から感謝しています。


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著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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