山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 9

Column

お前の火を絶やすな ! / ジョー・ストラマーからの伝言

お前の火を絶やすな ! / ジョー・ストラマーからの伝言

1970年代半ば、英国で巻き起こったパンクムーブメントは、九州に暮らす14歳の少年の人生を変えるのに充分だった。
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1977年のパンクムーブメント。僕は14歳で中学2年。何のために勉強を強いられるのか理由が分からず、成績は下降あるのみ。そして学校に居場所はなし。人生のレールを早くも踏み外して、落ちこぼれていくだけの僕を励ますのに、パンクロックのエネルギーは充分すぎた。

なによりもメッセージがシンプル、そして痛快。少年にも分かりやすい。そして僕にも、何故かできそうな予感があった(ここ大事)。

とにかく、とりあえず、反抗。長いものには巻かれるな。教師や大人の云うことには耳を貸すな。自分の道は自分で切り拓け。云いたいことを我慢するな。その代わり責任は自分で取れ。生まれて初めての感化。どうやればいいのか、良く分からないけれど、この道で行くぞ。直感を信じるぞ。パンクにしがみつくぞ。

まずは格好からだ。ペット屋で犬の首輪を、金物屋でチェーンと安全靴を。ズボンは黒いスリム、学ランは劇的に短く、眼光は鋭く。たまにはアウトサイダーが書いた本も読む。ギターはできるだけ低く、内股で構える。ストラップはとびきり細いやつ。そして、笑ってはいけない。僕はパンクとヤンキーの中間、決して群れない、パンキーという新しい種類の人間になったらしい。

 

ヒーローはシド・ヴィシャスではなく、ジョー・ストラマー。難しいことは分からないけど、やたらと筋が通ってそうだから。意志も身体も、まるで柔軟性に欠けてそうだから。何てったって、彼は落ちこぼれの味方で、僕らのためにギターをかきむしり、闘ってくれてるから。パンクとは態度だって、だから歯を磨くなって云ってるから(間違ってる!)。ジョーは世界中の落ちこぼれどものアニキ。いったいどれだけの若者を励ましたんだろうね?

photo by Adrian Boot

photo by Bob Gruen

ザ・クラッシュが世界の雑多な音楽を取り入れて、進化していくのをリアルタイムで追っかける。振り落とされないようにしがみつかなきゃ。必死だよ。世界と僕とを繋げてくれてるのはザ・クラッシュだけなんだから。だから、歯も磨かない(間違ってた!)。おかげで今や、治療していない歯は一本もないけどね (笑)。

1979年、16歳。3rdアルバム『ロンドン・コーリング』。闇を切り裂くEマイナーの響きから始まる。全身の血液が逆流するような衝撃。Eマイナーってフォークの人が自分の気持ちを吐露するための和音だと思ってたのに、そうじゃないんだ!

僕は「早朝ロンドン・コーリング」と云う業を発明した。毎朝、行きたくもない学校に行くのに、起きぬけに「ロンドン・コーリング」のEマイナーをかき鳴らして、自分を鼓舞する業。僕は一人だけど、もう独りじゃなかった。テムズ河の岸辺で白い息を吐きながら演奏されるあの曲。あんな風に生きるんだって、もう決めたんだよ。誰も僕を止められないんだよ。ある種、あのEマイナーは天啓に近かった。僕は授業中に教科書の端をちぎって「お前がベース、お前がドラム」と書いた。そうやってできたのが、今でも続くHEATWAVE。

話は15年くらいワープするけれど、彼がテレキャスターでかきむしるEマイナーを初めて生で聞いたとき、涙が止まらなかった。失礼を承知で書けば、そのとき既に、間違いなく僕の方がギターは上手かったと思うけど、こころを動かされるのは、そういう理由じゃない。音楽は断じてサーカスじゃないんだ。それを奏でる人のこころ、そして生き方、そのものなんだよ。彼のEマイナーは暗闇を照らすヘッドライト。今も昔も、僕にとっては。

彼が亡くなる年の夏。ついに同じステージに立つ日がやってきた。天にも昇るような気持ちだった。隣の楽屋には、迷える少年だった僕をミュージシャンへと導いてくれたジョーその人が。彼はロクに食事もできないくらい、たくさんの訪問者の応対に追われていたけど、嫌な顔ひとつせず、真摯に向き合っていた。なかなかできることじゃない。彼の新しいバンドはどこから見てもチンピラだらけで、それがまた良かった。何故って、あのチンピラは僕そのものだから。

勇気を出して、ジョーに話しかけた。あなたが田舎の少年を救ってくれて、こうやってミュージシャンになり、今日あなたと同じステージに立てること。そのことに深い感謝の気持ちがあること。

おそらく、こんな告白を何度も聞いてきたに違いないジョーは、僕の目をまっすぐに見て、こう云った。「お前のことは知ってる(知らないと思う)。今日ステージを見るのを楽しみにしてる(ライヴ中、何度もステージ脇を見たけれど、ジョーは居なかった)。ひとつだけ伝えておきたいことがある。いいか、どんなことがあっても、お前の火を絶やすんじゃない!」。

photo by Hiroshi.Y

でっかくて優しい人だった。権威や権力に唾を吐き、落ちこぼれを励まし続けたパンクロッカーの始祖鳥は、世界には思いやりが必要だってことを知っていた。

その年の12月。ジョーは突然この世から居なくなった。もう頼れるアニキは居ない。でも、あの言葉を忘れないように、僕は「STILL BURNING」と云う歌を書いた。生きている限り、僕の火が消えることはない。消せるわけないじゃん。いや、消えるわけないじゃん。だって、ジョーの伝言なんだぜ。

Seize the day / 感謝を込めて、今を生きる。

photo by Guido Harari

ジョー・ストラマー:本名:ジョン・グレアム・メラー。1952年、トルコのアンカラに生まれ、ロンドン近郊で学生時代を送る。ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ウッディ・ガスリーらに影響を受け、ウッディ・メラーの通名でバンド活動を始める。1975年にジョー・ストラマーに名前を改め、1976年、ミック・ジョーンズ(guitar,vocal)、ポール・シムノン(bass)、キース・レヴィン(guitar)、テリー・チャイムズ(drums)とザ・クラッシュを結成。1977年にアルバム『白い暴動』でデビュー。1979年、3rdアルバム『ロンドン・コーリング』で英国音楽シーンを席巻し、セックス・ピストルズと並んでパンクムーブメントの一翼を担うバンドとなる。1985年バンド解散。映画『シド・アンド・ナンシー』への楽曲提供をはじめ、『ストレート・トゥ・ヘル』(1979)、『ミステリー・トレイン』(1989)等に俳優としても出演。1999年にあらたなバンド、ザ・メスカレロスを結成、ツアーも行う。2002年11月、ロンドンでチャリティーライヴに出演した際、解散後初めてミック・ジョーンズとステージ上で再会し、クラッシュ時代の曲を演奏した。同年12月、心臓疾患により死去。享年50歳。生涯にわたって愛用したのは1966年製のフェンダー・テレキャスターだった。

ザ・クラッシュの楽曲
ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロスの楽曲

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

photo by Mariko Miura

1963年福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。
1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表の『1995』には佐野元春プロデュースの2曲のほか、阪神・淡路大震災後に書かれた「満月の夕」(中川敬/ソウル・フラワー・ユニオンとの共作)を収録。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーをはじめ海外のミュージシャンとの親交も厚い。
2003年より渡辺圭一(Bass)、細海魚(Keyboard)、池畑潤二(Drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。東日本大震災後、福島県相馬市の仲間と共に現地を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”を立ち上げ、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと活動している。2016年4月の熊本地震を受け、9月からFMK エフエム熊本で「MY LIFE IS MY MESSAGE Radio」(毎月第4日曜日20時〜)でDJを務める。

HEATWAVE new album tour “CARPE DIEM”
5月3日(水)福岡 Be-1
5月4日(木)大阪 シャングリラ
5月11日(木)渋谷Duo Music Exchange
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決定! MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE2017 @東京・南青山MANDALA
6月13日(火)古市コータロー(THE COLLECTORS)×山口洋
6月14日(水)池畑潤二 with 山口洋 Specialセッション
6月15日(木)仲井戸“CHABO”麗市×山口洋 with 細海魚
6月16日(金)矢井田瞳×山口洋 with 細海魚
6月17日(土)矢井田瞳 with 大宮エリー Specialセッション
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