時代を映したポップスの匠たち  vol. 11

Column

桜ソングのルーツとしてのあがた森魚の「赤色エレジー」

桜ソングのルーツとしてのあがた森魚の「赤色エレジー」

毎年日本気象協会が桜の開花予想を発表する。3月中旬の予報によると、ソメイヨシノの開花は九州北部が3月22日。北海道東部が5月15日。2か月弱をかけて開花前線が次々に北・東上していく。南の沖縄諸島ではそれよりずっと早く、例年1月から2月にかけてが桜の開花時期だ。

NHKの2007年の調査によると、日本人に人気の花は、桜、チューリップ、バラ、コスモス、ひまわりの順。好きな木は、桜、梅、竹、松、ハナミズキとなっている。1983年の調査では、花の順番が、桜、バラ、菊、チューリップ、すずらん、木の順番が、桜、梅、松、白樺、さつきだった。2位以下はけっこう変化しているが、桜は不動の1位だ。おもしろいのはハナミズキで、1983年の調査では20 位以内にも入っていなかった。20余年間にこの木が急激に増えたとは思えないので、これはたぶん一青窈の「ハナミズキ」のヒットのおかげだろう。

話を桜に戻すと、「さくらさくら」や「花」など明治時代からの定番的な曲以外に、世紀の変わり目あたりから桜ソングと呼ばれる歌が増えてきた。それには2000年の福山雅治の「桜坂」、2002年の宇多田ヒカルの「SAKURAドロップス」、2003年の森山直太朗の「さくら(独唱)」といった曲のヒットの影響が大きかったと思われる。ちなみに当時の他のヒット曲の名前をいくつかあげておくと、

1994年 坂本冬美「夜桜お七」
1996年 川本真琴「桜」
2000年 福山雅治「桜坂」、aiko「桜の時」
2002年 宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」
2003年 森山直太朗「さくら(独唱)」、河口恭吾「桜」
2004年 フジファブリック「桜の季節」、モーニング娘。さくら組「さくら満開」
2005年 ケツメイシ「さくら」、中島美嘉「桜色舞うころ」、コブクロ「桜」2006年 いきものがかり「SAKURA」

この後もレミオロメン、Every Little Thing 、FUNKY MONKEY BABYS、AKB48、和楽器バンド、嵐、星野源ら、多くのアーティストが桜がらみの歌をうたっている。90年代に発表された坂本冬美の「夜桜お七」にしても、見直されて定番化したのは90年代の発表時ではなく、21世紀に入ってからのことだ。

これらのヒット曲しか知らない人は、日本のポップスでは毎年のように桜の新曲が作られてきたと思うかもしれない。しかし20世紀後半には、桜をめぐる歌は少ししか作られず、大ヒットした曲はひとつもなかった。これにはそれなりに訳があった。

太平洋戦争中、桜は軍国主義を賛美・象徴する花としてさかんに利用された。国のために「みごと散ります」とうたわれる「同期の桜」、日本人の男性を「桜の男子(おのこ)」と呼ぶ「紅い睡蓮」、国につくす女性を山桜にたとえた「愛国の花」、戦死した息子がまつられた九段の靖国神社の桜に礼を言う「父よ、あなたは強かった」などなど、例をあげるときりがない。20世紀後半には、その歴史の記憶が生々しく残っていた。桜に罪はないが、歌でふれることはタブーとまで言わなくとも、いわば「桜アレルギー」として忌避される傾向が強かったのだ。

たとえば戦後の歌謡曲を代表する歌手美空ひばりのレパートリーを見てみよう。CD35枚組の大全集の中に、10曲ほど桜あるいは桜を意味する花という言葉が出てくる歌があるが、いずれも彼女の代表作とは言いがたい。タイトルに桜が使われたのは1曲のみ、それも日本の桜ではなく、ワシントンの「ポトマックの桜」だった。格調高い曲だが、戦後ならではの桜の歌としては忘れられた感がある。

その空白を埋めたのは、歌謡曲ではなく、第二次世界大戦を体験していないシンガー・ソングライターやポップス系の人たちの作品だった。1970年代以降で「桜」という言葉が歌詞に登場した最初のヒット曲は、あがた森魚の「赤色エレジー」だ。林静一の同名の漫画を読んで歌にしたこの曲は、上條恒彦+六文銭の「出発の歌」、吉田拓郎の「結婚しようよ」と並んで、70年代フォーク・ブームのはじまりを告げた名曲のひとつだ。

歌のテーマは幸子と一郎の恋物語である。しかしあがた森魚のビブラートのかかった声の印象もあって、途中で出てくる「桜吹雪けば」という古めかしい言葉がとても新鮮に響いた。大正ろまんを思わせるこの曲の擬古的な世界は、軍国主義の時代を中抜きして、それ以前の日本の流行歌や詩歌の伝統とつながることで、桜アレルギーを回避することができた。

「赤色エレジー」のメジャー発売が1972年(その前からうたっていて、自主制作盤も出していた)、同じ年、ほんの少し遅れて井上陽水が「東へ西へ」という曲の中で「満開の花」という言葉を使った。こちらはクレイジーな喧騒の表現として、桜が現代的な文脈で使われた最初の例だ。「桜吹雪」という言葉は、それから十年以上経って、ロック調の「六本木心中」(1984年、アン・ルイス)に、登場人物の気持ちを仮託する小道具としても登場する。

桜 ソングの古典として、もう一曲忘れられないのは、ユーミンの「経る時」だ。1983年のアルバム『リインカネーション』の収録曲なので、ヒットこそしなかったが、真正面から桜を詠みこんだ現代的なポップスは、これがはじめてだった。

この歌の主人公は、いまはなきフェアモント・ホテルのカフェから皇居のお堀端の桜を眺めながら、別れた恋人と過ごした時間を思い浮かべている。ここでは桜は「毎年咲いてめぐり来る季節=変わらないもの」を表わすと同時に、「咲いてすぐに散るもの=恋のはかなさ」も象徴している。

それに加えて、舞い落ちる花びらを「空から降る時」と表現。最初に窓際の席の老夫婦の姿を描くことで、「降る=経る」の意味を重ね、この歌のヒロインはその老婦人の回想かもしれないとも思わせる。そんな幾重ものイメージからわれわれは、万葉集や古今和歌集、あるいは唐の時代の漢詩などの詩歌の伝統を思い浮かべる。見事と言うしかない作品だ。

文 / 北中正和

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関連曲情報
坂本冬美「夜桜お七」
福山雅治「桜坂」
aiko「桜の時」(「桜の木の下」より)
宇多田ヒカル(「SAKURAドロップス」(Utada Hikaru Single Collection Vol.1(2014 Remastered)」より)
森山直太朗「さくら(独唱)」
河口恭吾「桜」(「STARS FROM DECADE~輝ける星たち~」より)
フジファブリック「桜の季節」
モーニング娘。さくら組「さくら満開」
ケツメイシ「さくら」
中島美嘉「桜色舞うころ」
コブクロ「桜」(「ALL SINGLES BEST」より)
いきものがかり「SAKURA」
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