【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 13

Column

松田聖子「赤いスイートピー」に描かれた、プラトニックな恋愛という普遍的“ポップ観”

松田聖子「赤いスイートピー」に描かれた、プラトニックな恋愛という普遍的“ポップ観”

松田聖子の代表曲といえばなんだろう? かなりの人が「赤いスイートピー」と答えるかもしれない。作詞は松本隆。作曲はユ−ミン。編曲は松任谷正隆であり、ユーミンが手がけた初の聖子ソングが本作だった。
この歌といえば、見事なほどのプラトニックぶり。ややもすると時代錯誤ギリギリ、とも思われた。なにしろ歌の中の彼は“半年過ぎても”“手も握らない”。しかし一方の彼女にしても、相手が“時計を”“見るたび”“泣きそうな気分”になるのだけど、でもそこは“泣きそうな気分になるの?”と自らに問いかけてる設定だ。そう。まだこの感情は、本人のなかでは無自覚に支配されている。女の子の側からの想いを綴った歌詞なので、そっちが積極的なようにも受け取れるけど、この歌、僕にはどっちもどっち、というようにも思える。

松本隆は、どんな意図からこの作品を書いたのだろう。実はこの時代、女子高生の初体験年齢もどんどん低下している、みたいなことが、マスコミを通じて報じられていたらしい。ちょっと調べたら、「日本性教育協会」というところがほぼ6年ごとに調査している資料があり、確かにこの歌の前年81年の発表においては、前回(74年)に較べ、そんな傾向が垣間見られる。
でも、アンケート結果としてはそうでも、それは全体としてみて本当のことなのだろうかと疑問視した彼が、「わざと純情な二人の話を書いた」(『松本隆 風街図鑑 1969-1999』ライナーノーツより)のがこの作品なのだという(ちなみに、“わざと純情”というのは原文のままだが、そういう調査を鵜呑みにして大々的に流布するマスコミへのアンチ、ということでもあったらしい)。
結果は松本の思ったとおり、というか、この歌のプラトニックな世界観は、時代を飾るポップ・ソングとして、一般大衆に大いに受け入れられた。どっちかというと女の子には嫌われている部分もあった(“ブリっ子”が漫才の春やすこ・けいこに攻撃された的な)松田聖子が、同性のファンを増やしたのもこの作品だ。かといって、男性ファンが減ったわけでもなかった。

先ほども触れたが、作曲はユーミン。編曲は松任谷正隆だ。まさに“春色の汽車”が動き出すかのような、たゆたうようなAメロ冒頭から、主人公の女の子の気持ちがより具体的に描かれていくにつれ、輪郭鮮やかに発展していくBメロ、しかしBメロの終わりの少しの躊躇いが“アイ・ウィル・フォロー・ユー”と二度繰り返されるサビで解放されると思いきや、心に誓いつつもまだ少し揺れてる胸のうちが情感豊かに伝わる。
『僕の音楽キャリア全部話します』(新潮社)のなかで、松任谷正隆はこんな話をしている。「赤いスイートピー」のアレンジを担当することになった時のこと。もちろん松田聖子は知っていたが、「音楽を作る対象として見たことはなかった」ので、その頃、彼女のファンだった従妹に、「ファンがどんな印象を持っているか」リサーチしたそうだ。そして、ユーミンでいえば「ダンデライオン〜遅咲きのタンポポ」や「夕涼み」あたりの世界観、そんな「引き出しでいこうと思ったんじゃなかったかな」と、当時を回想している。この歌が彼女の十代最後のシングルで、そのあとも松本隆とユーミンと松任谷正隆による楽曲制作は続いていく。

最後に。この歌に出てくる花・スイートピーの花言葉を調べると、“優しい思い出”“門出”“別離”とか、いろいろ出てくるが、いまいちイメージが絞り込めない。それより僕は、この草花が「つる性」であることを注目している。歌のなかでは、“線路の脇”に植わっているのだが、。支柱やフェンスなどあれば、そこに絡みつきつつ伸びていく。もしこの花が歌の主人公の“化身”であるなら、きっと彼女は、この彼氏を放さないのではと思う。歌のなかの彼氏もなんか好感持てるし、二人には幸せになってほしいと今更ながらではあるがそう願う。

文 / 小貫信昭

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