【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 14

Column

松田聖子「渚のバルコニー」以降の実験。成人した彼女の歌のなかでの変化

松田聖子「渚のバルコニー」以降の実験。成人した彼女の歌のなかでの変化

この時期、松本隆が松田聖子への楽曲提供において試みたのは、アイドル史上初となる「実験」であった。それまでの彼女たちは十代半ばにデビューし、清純というフィルターを通し青春を歌う存在であり、しかし後から登場してくるフレッシュな新人達の淘汰圧力に屈し、やがて消えていく運命でもあった。

しかし松本は(毎度同じところからの引用で恐縮だが)「たとえアイドルであっても、本人もファンも歌もリンクしながら歳を取っていければ永遠だ」(『風街図鑑1969−1999』ライナーノーツ)と考え、歌の主人公と聖子本人がリンクすることで、年相応の世界観を展開していけるようにした。

彼女自身も年相応ということは、意識していたようだ。「『風は秋色』は18歳の私でした。『白いパラソル』は19歳の私です。20歳になったら、20歳の私にしかできない歌を歌いたい」と言っていた(自著『もう一度あなた』より引用)。それでは「赤いスイートピー」以降のシングルについて、具体的に見ていこう。

同じ制作陣による「渚のバルコニー」は82年4月のリリースである。二十歳になって最初のシングルだ。この時、彼女は20歳と1か月。まず、この歌の登場人物達は、「赤いスイートピー」の時より経済的に豊かそうである。舞台は避暑地。曲タイトルの“渚のバルコニー”は、二人の密会場所である。歌詞の“ラベンダー”は夜明けの海の色を形容しているが、この歌の男女は、“お泊まり”を前提としている。そうでないと見られない海の色なのである。歌詞に出てくる“右手に缶コーラ”“左手には…”というのは、“右手にジャーナル、左手にマガジン”という70年代全共闘的言い回しの80年代的流用だろうか。歌のエンディングは強烈である。“独りで来てね”“指切りしてね”。かつて松本が詞を書き大瀧詠一が歌った「指切り」では、“約束なんてなにもない”指切りだったが、こちらはワケありな気配である。

「小麦色のマーメード」は82年の7月、20歳と4か月でのリリ−スだ。成人した彼女は歌のなかでも堂々と「林檎酒」を嗜んでいる。「渚のバルコニー」では水着持参じゃなかったけど、ここではすっかり全身小麦色であり、プール・サイドの二人のコミュニケーション・ツールとして“水しぶき”が効果的に登場するあたりの夏の素肌感覚がリアルだ。“嫌い”“大好きなの”“嘘よ”“本気よ”と、彼女の気持ちはクルクル回転し、も水太陽が織り成すプリズムのごとく変化する。夏ならではの皮膚感覚がリアルに伝わる。

続く「野ばらのエチュード」は、開放的な夏が過ぎ、秋も深まる82年の10月、20歳と7か月でのリリースだ。季節もあってのことだけど、全体に落ち着いた雰囲気。でも歌詞の冒頭の“トゥルリラー”が印象的である。僕はこのオノマトペ。秋になって、真実を知る(トゥルーをリアライズ…)という意味だと勝手に解釈しているが、みなさんはどうだろうか(余計なことだけど「越冬つばめ」の“ヒュルリ ヒュルリララ”よりこちらのほうがリリースは早い)。

“20才なりに”という言葉が出てくることでもわかるが、成人してみての一年を、ちょっと早いけど現時点で総括するかのような歌でもある。夏が終わり失恋の秋、かと思いきや、この恋は絶賛続行中だ。秋=失恋、という、ステレオタイプに陥らないのが松本のいいところ。

さて次は83年2月、聖子20歳と11か月でのリリースとなった「秘密の花園」だが、このタイトル自体は映画化もされたバーネットの有名な小説と同じだ。インスパイアされた部分があるのかなと思って聴くとそんな気もする。なお、この歌は三日月の明かりのもとでの恋人同士のエピソードであり、曲調もどこか、幻想的である。昔から、月明かりは恋を成就させる効き目がある、などとも言われて来たし、また、ヒトの心のなかにある魔性を引き出す、とも言われて来た。

実際、この歌の主人公は“口説きたいなら…”と相手に進言し誘うかのような積極姿勢をみせている。ただ、目の前の男性は“ムードを知らない人”であり、この彼氏は「赤いスイートピー」と同一人物のその後(とはいえあれから1年ちょっとしか経過してないが…)とも受取れなくはない。

この曲でテレビ出演した時の彼女は白のマイクロミニの“宇宙ルック”(宇宙服のように上半身にメタリックなボタンをあしらったデザイン)でも評判となった(YouTubeで当時の姿が観られる)。さらにこの頃、絶大な権威と人気を誇った歌番組『ザ・ベストテン』において、それまでピンク・レディーが持っていた9曲連続1位の記録を破り、(「風は秋色」から「秘密の花園」まで)10曲連続第1位の大記録を打ち立てた。

さて次は作曲に細野晴臣を迎えた「天国のキッス」。松田聖子の歌は、さらに新たな展開を見せ始める。

文 / 小貫信昭

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