ビートルズの武道館公演を実現させた陰の立役者たち  vol. 46

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少年少女たちには確かに届いていたビートルズの音楽

少年少女たちには確かに届いていたビートルズの音楽

第5部・第45章

武道館公演は初日から三日間連続で、予定通りに合計5回行われた。

初日の武道館で関係者用のゲスト席に座っていた著名人は大仏次郎、三島由紀夫、加山雄三、二谷英明、中村八大、大島渚、司葉子、安倍寧、加賀まりこ、田宮二郎、川内康範などの作家や俳優、映画監督などだった。

終演後に新聞や雑誌に出た著名人のコメントをいくつか紹介したい。

北杜夫(作家)
「ビートルズが現れるや、悲鳴に似た絶叫が館内を満たした。それは鼓膜をつんざくばかりの鋭い騒音で、私はいかなる精神病院の中でも、このような声を聞いたことがない 」
(「東京中日スポーツ」)
安倍寧(音楽評論家)
「ビートルズの公演には、“音楽”はひとかけらもなかった。かすかに聞こえるエレキと歌は拡声装置がひどすぎたとはいえそれはもう、音楽でもなんでもなかった」
(「サンケイスポーツ」)
三島由紀夫(作家)
「私にはビートルズのよさもわるさも何もわからない。しかも歌いだすやいなや、キャーキャーというさわぎで、歌もろくすっぽきこえない。どうにかきこえたのは、イエスタデーがどうしたとかこうしたとかいう一曲だけ」
(「女性自身」)

騒ぎ過ぎる観客の声が大きくてビートルズの演奏が聴こえなかったという記事は、当時の新聞や雑誌でさかんに書かれていた。

ところがその後、しっかり音楽が聴こえていたという反論を、観客だった少年少女たちが後に証言し始める。当時は15歳の中学生だった松村雄策は著書に、「僕は武道館でビートルズを聴いた」という章を設けて、このように記している。

ビートルズの演奏は、聴こえなかったのか。いや、聴こえた。はっきり、聴こえた。〈イフ・アイ・ニーデッド・サムワン〉がハモらなかったのまで、はっきりと聴こえた。その現場にいた僕が言う、ビートルズの演奏はちゃんと聴こえたのである。

松村雄策著
「ビートルズは眠らない」

小学館文庫

フォーク・デュオの古井戸を経てRCサクセションのメンバーとなる仲井戸麗市は、北西スタンド側の上の方の席にいた。リンゴ・スターが「アイ・フィール・ファイン」のバスドラをどう踏んだのかを鮮明に覚えているという。

2013年のポール・マッカートニー来日公演に際して受けた日刊スポーツの取材でも、下記のように話している。

「懐かしい~。『家出少年を2人保護』って記事、オレかな?(笑い)。学校サボって、女の子ファンと宿泊先のヒルトンホテルの前に毎日立ってたから。車の中からポールが手を振った。利き手の左手。ひげそり後の青いほおまで見えて、うわーってなったよ」
(「日刊スポーツ」2013年11月23日)

記事を読み進めると、さらに記憶は鮮明になる。同時に当時抱いた違和感もよみがえった。

「『歓声で演奏が聞こえなかった』とあるけど、それは違う。俺たちビートルズ少年少女は、全曲知ってたから冒頭でジャーンとギターを弾かれれば一緒に歌えた。北西3階の上からでも、ちゃんと聞こえてた。1つの社会現象として見に来た大人たちは、聞こえなかったんじゃなく、聞こうとしなかったんだ。」
(同上)

ファンにはビートルズの演奏がはっきりと聴こえて、ファン以外の人間には聞こえなかったというこれらの意見には信ぴょう性がある。確かに当時の機材などは、現在の音響システムに比べたら未熟で、十分に大きな音は出ていなかっただろう。そして、叫び声や声援がうるさかったのも事実だろう。だが懸命になって音楽を聴こうとしていた少年少女たちには、はっきりと伝わっていたということなのだ。

ビートルズ来日公演が近づくに連れて、マスメディアにおける騒ぎが加熱したのは、エレキブームの非行化問題ともつながっていたからだ。コンサートに行くことの是非が日本中の学校で論じられ、各地の教育委員会新聞から「生徒をビートルズのコンサートに行かせてはならない」という通達が出された。新聞や雑誌などでも「ビートルズなんか殺しちゃえ、ビートルズ・ゴー・ホーム」といった、ネガティブ・キャンペーンもどきの記事が次々に展開されていた。

週刊誌が「ファンはお濠を泳いで“敵前上陸”するつもりだ」と書けば、田安門わきのお濠に警察のボートが浮かべられた。右翼が火炎瓶でコンサートを襲うという噂も、しきりに流れていたらしい。こうした警察による過剰な警備と、野次馬的な騒ぎが続くなかで来日公演は連日行われていたのだった。

「ビートルズレポート―東京を狂乱させた5日間」という単行本は、歴史的には貴重なドキュメンタリーとなっている。これを数人のジャーナリストの中心となって企画してまとめたルポライター、竹中労は「ビートルズを見た少女たちに出会った」として、6月30日の武道館公演を次のようにレポートしている。これは偏見のない大人の書いた貴重な記録である。

彼らは、広い武道館を一つのシェーカーにしてしまう。
一万人の少年少女たちは、ツキモノがしたように、腕を前に投げ出し、ハネあがり、声をかぎり彼らの名前を呼ぶ。興奮して泣き出すもの、頭をかかえてうずくまってしまうもの、のどをかきむしり身体を前後にゆすり、こぶしでひざをたたいて号泣する。
ふと見ると、戸塚文子女史が耳をおさえて席を立った。あきらかに、嫌悪と侮ベツの表情をうかべて……。
〈略〉
ファンの狂態は、コンサートの聴衆の“限度”をこえたものだという。
だが、ぼくは思う。音楽はほんらい、ハラーズ(叫び)ではなかったのか?感情の高まりがリミットをこえたとき、胸の底からほとばしる言葉にならぬうめきのようなもの、悲鳴のようなものが、歌の原型ではなかったのか?
文明は、……とりわけ資本主義は、人間に感情をコントロールすることを教えた。パッション(情熱)はセンチメント(感傷)に変容し、人間が持っているいちばん激しく美しい”狂気“という感情を、しだいに消去した。
青春とは、人生の原始であろう。そこには文明のこざかしい約束にしばられまいとする、魂の自由がある。ビートルズの”音楽“は、少年少女の欲求不満を解放し、叫びが歌であった生命の原点に回帰させる。彼らは、鑑賞などしない。演奏に参加する。感動していることを、肉体で示そうとする。それが叫びであり涙なのだ。ビートルズの公演を聞いてぼくはむしろ、ファンはもっと熱狂すべきだ、とすら思ったのである。

「ビートルズ・レポート―東京を狂乱させた5日間(話の特集 完全復刻版)」
WAVE出版


竹中労の「ファンはもっと熱狂すべきだ、とすら思った」という指摘には、まことに鋭いものがある。ビートルズの音楽の本質にある人間らしい感情をゆさぶる力、それを受けとめる若さだけが持つエネルギーの脆さや儚さを、このジャーナリストはよくわかっていたのだ。

→次回は4月6日更新予定

文 / 佐藤剛
最上部の写真:撮影 / 長谷部宏 提供 / シンコーミュージック・エンターテイメント

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『歌えば何かが変わる:歌謡の昭和史』(篠木雅博との共著・徳間書店)。

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