【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 15

Column

松田聖子が「天国のキッス」で見せた、“振り付け”と“仕草”の見事な融合

松田聖子が「天国のキッス」で見せた、“振り付け”と“仕草”の見事な融合

松本隆いわく、「天使のなかに小悪魔がいるような」女の子像を描いたのが「天国のキッス」だ。作・編曲を手がけたのは細野晴臣で、このコンビには既にイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」のヒットがあった。あれがテクノ歌謡だとすると、こちらは“テクノ・アイドル歌謡”といった風合がドラムの打ち込みサウンドに見られた。さらに全体から感じるのは、地球の胎動のように突き上げぎみのシンドラや、竹で作った打楽器のような雰囲気の音が、上空をそよぐ風を思わせたりといった独自の“天空サウンド”的妙味であり、イントロから歌が始まるまでのコードの流れも、そのつどソッポを向きながら先を目指すかのような新鮮なものだった。

歌詞にも天空の多幸感というか(英語でいうところの)クラウド・ナインな感覚が溢れてる。それはつまり“抱きしめられて”“気が遠く”なった主人公の心理状態でもあるわけだ。もちろん松本が意図した“天使のなかに小悪魔”な感覚も散りばめられていて、なにより抱きしめられた原因がそれなのだ。“泳げない振り”をして相手を“からかう”ような行動をしたら、相手がマジで心配した。お茶の間で流れる歌なので“泳げない振り”と婉曲に表現しているけど、これは多分、“溺れる振り”くらいのことだったかもしれない。

テレビの歌番組で振り付け交えてパフォーマンスした彼女は、小悪魔ぶりは胸の奥に隠し、天使そのものだった。今も当時の姿がネットで見られる。途中のスキーのストックを捌くような振り付けが印象的だ。振り付けといえば、初期は土居甫が振り付けてたけど、その後は主に本人考案だそうだ。彼女が得意としたのは“振り付け”た体の動きに細かな手の“仕草”を上手にブレンドしたものであって、それが適度に効果を発揮し、歌詞を追説明、部分強調したりする。「天国のキッス」など、まさにその完成形だろう。

僕も久しぶりにYouTubeで見てみた。イントロで俯く仕草。普通、俯くと笑顔は減速するハズだけど、その間もそれが輝きを増し、やがて顔をあげる。アイドルとは“笑顔の職業”のことだ。笑顔はみんなを和ませる。彼女のこと、もうブリっ子なんて言わせない。彼女の中に虚と実…。そんなの、ない。当時の彼女は、こうしたパフォーマンスで大きく社会貢献してたのだ。

次のシングル「ガラスの林檎」も松本・細野のコンビである。ただ編曲は細野と大村雅朗の連名になっていて、そんな音になっている。リンゴという言葉が出てくる。となるとアダムとイヴ、だけど、日本の歌謡界においては例えば「林檎殺人事件」なんて歌があるように、ちょっと大らかに扱われる。さらにこの歌がリリースされる直前には大ヒット・ドラマ「ふぞろいの林檎たち」も放送をスタートしてた。リンゴを若者の象徴(これから熟す若い状態)の比喩として持ち出すことも多かった。

それと較べてこの歌のリンゴはどうなのだろう。かなりニュアンスが濃厚。同じ果実だとしても芯の付近に蜜が入ったそれ、だった。この歌が扱っている恋は、のっぴきらないない雰囲気だ。彼女の心は“こわれそう”であり、そんな状況の中、主人公の実感として“何もかも透き通っていく”と表現される。この感覚は体の質量は遠のくが魂は燃えさかるような絶頂感だろう。

そして主人公は、相手に対して“愛しているのよ”と呟く。相手の反応はない。そこで主人公がとった行動とは? “あなたの指”を噛んだのである! 噛まれる歌は以前に聞いたことがあった。子供ながらに聞いて、なんだからよく分からなかった伊東ゆかりの「小指の想い出」(1967年)。「ガラスの林檎」の主人公が噛んだのは小指とは特定されていないし、噛まれた相手の外傷、脈拍の変化等々までは描かれない。主人公のその後の様子のみだ。歌詞をやたら引用しまくって恐縮だが、その時、主人公の切なさが“紅を注してゆく”と、そうこの歌は締めくくられている。

なんともアダルティな世界観。松田聖子、まだ若干21歳…。“♪リンゴたち~”じゃなくて“♪(ル)リンゴたち~”と聞こえる歌いっぷりも実に粋な、そんな歌謡史に残る名唱のひとつだと感じたけれど、このシングル、名唱という言葉はB面のためにもあった。そう。「SWEET MEMORIES」(松本隆作詞/大村雅朗作曲)。あれよあれよという間に、彼女は見事なバラード・シンガ−にもなっていたわけだ。

文 / 小貫信昭

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