山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 10

Column

鳥のように自由に/矢井田瞳

鳥のように自由に/矢井田瞳

HEATWAVE山口洋がこれまでに出会ったミュージシャン、R&Rの魔法について書き下ろす好評連載。
第10回は初の女性アーティスト、遥かな空を飛び続ける“同志”の羽ばたきについて。


たぶん、14年前。初めて会ったのはテレビ局のスタジオ。普通、人とそんな出会い方はしない。彼女が僕を番組に呼んでくれたのだ。2人はすぐにリハーサル・ルームへと通され、演出家のアイデアによって、向きあって演奏することになった。なんだかお見合いみたいだし、モニター・スピーカーは純白だし、恥ずかしかったな。

背後に東京タワーがCGで映しだされる、非日常の空間。けれど、僕らは確かに響きあった。性別や世代を超え、何かが特別に響きあった。それはきっと互いが感じたはずで、オンエアされた映像にも記録されていた。予定調和ではない、組みあわせの妙を超えた、確かな音楽の奇蹟。

彼女は近所に住んでいて、しかも飲むことが好きだった。僕らはともだちとして、通りの端の店からはしごを重ねた。一番好きだったのは、広島出身のおばさんが切り盛りする店。演歌と筑前煮が響きあうザッツ・昭和の居酒屋。そこでは人気絶頂の矢井田瞳が年相応のヤイコでいることができた。思えば、僕らは最初から不思議な間柄で、色恋の話なんかしたことないし、経験や、夢や、音楽や、現実や、中空に浮かんだ互いのヴィジョンについて、ひたすら話していたように思う。

そうやって、僕らはときどき一緒に音楽を創るようになった。

photo by Mariko Miura

僕らは音楽をスピーカーの間に浮かんだ絵、あるいは動画のように捉える。曲は短編映画のように。彼女は「その感じ」を理解してくれる希有なアーティストだった。2人の間に譜面はなく(あっても読めないけど)、「夕暮れの空に鳥が画面を横切って飛んでいく」ような会話をする。そして、マイクに向きあった彼女は鳥になって、ものの見事に画面の中を夕陽に向かって飛んでいく。これが僕らの好きな音楽の創り方で、マニュアルのない冒険はひどく愉しかった。時に相当な無茶振りもしたと思うけれど、彼女が拒んだことは一度もない。

彼女は特別な存在。適当な言葉が見つからない。同じ時代を生きて、逡巡して、似た目的に向かって歩き、損得勘定なんてまるでなく、互いに影響しあって、音楽を創り、奏で、世界や自分とコミットしようとする。強いて云うなら、同士ではなく、同志。志が向いている方向が近いのだと思う。

「娘が生まれたんです」。そう彼女が電話をくれたとき、僕はとあることで、精神的にドン底にいた。生きる意味を見いだすのが難しい時期だった。光と影。でも僕は、彼女がこの世界に新しい生を誕生させてくれたことにひどく励まされた。実際のところ、立ち直るきっかけとしては充分だった。あの日から、娘ちゃんの成長と、僕のLIFEのチャプター2は同じ時間軸で進んでいる。だから娘ちゃんに恥ずかしくない自分でいたいと、いつも思う。

photo by Hiroshi Y.

震災直後に復興プロジェクト、“MY LIFE IS MY MESSAGE”を立ち上げたとき、いちばん最初に声をかけたのは彼女だった。お互いそんな柄ではないと思う。ただ、何かせずにはいられなかっただけ。彼女はそのとき、静かに熱のこもった声でこう云った。「続けましょう」。たった7文字の言葉が、厳しい現実を突きつけられたとき、どれだけ僕を奮い立たせてくれたことだろう?そして、彼女はその言葉通りに、今もずっと支援を続けてくれている。すっかり大きくなったあの娘ちゃんとともに。深い感謝を込めて書いておきたい。それはなかなかできることじゃない。

閑話休題。

昨年、一番こころを動かされたアルバムはケイト・ブッシュの『Before the Dawn』。35年振りの公演を収録した圧倒的なライヴ盤だ。総合芸術として、パフォーミング・アーティストの作品として、これ以上の完成度を誇るものを聞いたことがない。何度も繰り返しこの作品を聞いているうちに、僕は矢井田瞳がこのステージで歌っている姿が見えるようになった。もちろん僕の勝手な思いすごしだけれど、彼女はその次元まで行くことができる、唯一のアーティストだと思うのだ。掛け値なく。

自身のことを歌にするだけではなく、ヴィジョンを、夢を、現実を、経験を、歓びを、悲しみを、総合的な芸術として観客に魅せる次元まで昇華する。唯一無二のあの声で、鳥のように自由に。いつだって彼女は鳥のように自由で、そして不自由だったからこそ。

photo by Mariko Miura

矢井田瞳:1978年生まれ、大阪府豊中市出身。ジョーン・オズボーン、アラニス・モリセットらに影響を受け、19歳でギターの弾き語りを始める。2000年5月に「Howling」で関西地区限定インディーズ・デビュー。同年7月に1stマキシ・シングル「B’coz I Love You」でメジャー・デビューを果たすと同時に、UKでもインディーレーベルと契約。同年発表の2ndシングル「my sweet darlin’」が大ヒット。シンガー・ソングライターとしての人気を確立する。2001年には全国ツアーに加え、YAIKO名義でUK LIVE TOURも行う。ピアニスト・塩谷哲をはじめ多くのミュージシャンらとも共演、2008年には小田和正との共作「恋バス」が話題を呼んだ。2011年6月より山口洋の呼びかけで福島県相馬市の復興支援プロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”に参加。2016年12月から今年3月にかけては〈矢井田瞳 弾き語りTOUR 16/17~ヤイダヒトリ~〉で全国16ヵ所を廻った。6月16日、17日には〈MLIMM2017@東京・南青山MANDARA〉に出演するほか、7月28日大阪、8月15日東京で〈夏の元気まつり2017〜STARTING OVER〜〉を開催。詳細はこちら

矢井田瞳の楽曲

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

photo by Mariko Miura

1963年福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。
1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表の『1995』には佐野元春プロデュースの2曲のほか、阪神・淡路大震災後に書かれた「満月の夕」(中川敬/ソウル・フラワー・ユニオンとの共作)を収録。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーをはじめ海外のミュージシャンとの親交も厚い。
2003年より渡辺圭一(Bass)、細海魚(Keyboard)、池畑潤二(Drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。東日本大震災後、福島県相馬市の仲間と共に現地を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”を立ち上げ、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと活動を続けている。
2016年4月の熊本地震を受け、9月からFMK エフエム熊本で「MY LIFE IS MY MESSAGE Radio」(毎月第4日曜日20時〜)でDJを務める。

HEATWAVE new album tour “CARPE DIEM”
5月3日(水)福岡 Be-1
5月4日(木)大阪 シャングリラ
5月11日(木)渋谷Duo Music Exchange
詳細はこちら

決定! MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE2017 @東京・南青山MANDALA
6月13日(火)古市コータロー(THE COLLECTORS)×山口洋
6月14日(水)池畑潤二 with 山口洋 Specialセッション
6月15日(木)仲井戸“CHABO”麗市×山口洋 with 細海魚
6月16日(金)矢井田瞳×山口洋 with 細海魚
6月17日(土)矢井田瞳 with 大宮エリー Specialセッション
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