LIVE SHUTTLE  vol. 125

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フレンチ・ポップの代名詞、クレモンティーヌが魅せたエレガントな空間

フレンチ・ポップの代名詞、クレモンティーヌが魅せたエレガントな空間

クレモンティーヌに長い音符はない。いや、もちろん、譜面上のメロディに長い音符は存在するのだが、声として聞こえているのはその最初のわずかな時間。あとはシュワッと泡のように、声は息のホワイトノイズのなかに溶けてしまう。陽だまりのように温かく、月の光のようにやわらかいその声自体が、唯一無二の美しい楽器。その響きをライブで味わいたくて、3月26日、ブルーノート東京に向かった。折しもデビュー30周年記念のベスト・アルバム『All Time Best』がリリースされたばかり。会場には、その昔、パリジェンヌの小粋なスタイルに憧れたであろう女性客がたくさんつめかけていた。

最初に登場したのは、クレモンティーヌのライブではお馴染みのピアノの名手ロホン・ドゥ・オリヴェイラをはじめとした腕利のミュージシャン。ピアノ、コントラバス、ドラム、そしてサックスによるジャズ・コンボといった趣きで、滑らかな演奏が始まった。その音に乗ってクレモンティーヌが歩いてくると、会場はパッと花が咲いたように明るくなる。セミロングのスタイリッシュな盛り髪にサングラスを乗せ、シャツドレスをふわりとまとった姿は、ちょっとレトロなブリジット・バルドー風。90年代に異国の地・日本でも一世を風靡したマドモアゼルは、いまや歌で人生を語るマダムといった風情だ。女性客にとっては、この姿もまた憧れの的だろう。

大ブレークのきっかけとなった1992年の『アン・プリヴェ〜東京の休暇』は、当時渋谷系と言われた気鋭のミュージシャンが大集合したアルバムだった。ライブの序盤、その作品から、田島貴男が作、編曲を手がけた軽やかな「サントロペで」をやってくれたのはうれしかった。「元気? サヴァ・ヴィアン?」と、会場に微笑みを投げかけて続いたのは、同じく前出のアルバムで小沢健二が編曲を手がけていた「ピロー・トーク」。静けさのなかに漂うメランコリックな歌声を、フルートが優しく包み込む。本当に素敵なサウンド。まいりました。
おもむろにステージの後ろに下がると、ちょっと照れつついたずらっ子のように大きな紙を掲げたクレモンティーヌ。そこには日本人スタッフが書いたであろう「ニュー・アルバム『All Time Best』より」の文字が。思わずみんなクスッとして、「TANOSHII JIKAN WO OSUGOSHI KUDASAI」というクレモンティーヌのMCに「うん、うん」とうなずく。

一連のナンバーのなかでも異色だったのが、昨年夏に上映されたアニメ『傷物語<ll 熱血篇>』のエンディングテーマ「エトワール・エ・トワ」。悲劇性を帯びた壮大さとクレモンティーヌのはかなげな声とのミスマッチが、なんともいえず美しい楽曲だ。原曲はオーケストレーションが縦横に入ったドラマチックなサウンドなのだが、今回の小編成でもそのイメージが損なわれることはなかった。いや、小編成だからこその表現が、歌の深い味わいをさらに引き出していたような気がする。途中マイクを置き、マレットでカウベルを叩いてそのサウンドの一部を担ったクレモンティーヌ。楽曲を慈しむミュージシャンとしての姿を感じた瞬間でもあった。 ここでサポート陣に、「何か知ってる日本語言って」と無茶ブリするクレモンティーヌ。出てきた言葉は「梅酒」とか「もう一回」。これには客席からドッと笑いが起こった。その隙に、またもやステージの後ろに下がって何やら取り出したと思ったら、今度はつば広の夏帽子。なんとそれをピアニストのロホン・ドゥ・オリヴェイラにかぶせてもらうと、ミッシャル・ルグランのあの素敵なナンバー「双子姉妹の歌」が始まった。そうか、映画『ロシュフォールの恋人たち』でこの歌を歌うとき、カトリーヌ・ドヌーブもこんなつば広の帽子をかぶっていたっけと楽しく思い出した。知る人ぞ知る心憎い演出だ。高速ジャズからラテン・ビートになる賑やかなアレンジでたたみかける心踊る歌に、終わるや思わず「イエーッ!」と声が出てしまった。やんやの拍手を浴びながら、かぶっていた帽子をオリヴェイラにかぶせて「KAWAII!」というクレモンティーヌ。その仕草こそがとっても可愛かったのだった。

さて、ここからはゲスト・コーナー。この日は、『All Time Best』に収録された「男と女」で共演したル ヴェルヴェッツのメンバー宮原浩暢が登場して、オクターブ・ユニゾンとハーモニーをあしらい、艶やかな「男と女」を聴かせてくれた。ちょっと脱線するようだが、「男と女」といえばピエール・バルーを思い出さずにはいられない。クレモンティーヌが『アン・プリヴェ〜東京の休暇』で大ブレークしたちょうど10年前、ピエール・バルーを慕って高橋幸宏、坂本龍一、加藤和彦、鈴木慶一など日本の錚々たるミュージシャンが大集合したアルバム『ル・ポレン』がリリースされた。つまり、私にとってフレンチ・ポップスといえば、まずはピエール・バルーなのだ。大変残念なことに、彼は昨年末永眠。その代表曲を、クレモンティーヌが30周年の記念アルバムに収録したのは、何か不思議な巡り合わせだなと感じたりもする。素晴らしい音楽は、それを愛する人々によって脈々と語り継がれていく。そんなことを思い、ジンとした「男と女」だった。

真紅のドレスに着替えたクレモンティーヌが、後半の最初に選んだのはピアノだけで歌う「マイ・ウェイ」だった。彼女自身の人生をもしのばせたシャンソンといった味わいが胸を打つ。パリの文化に非常に影響されたと自ら語っているユーミンの「卒業写真」は、クレモンティーヌにドンピシャだ。続く「ジェレミー」は、90年代、ジョディ・フォスターが出演した「カフェラッテ」のCMで盛んにかかっていた人気曲。クールなリズムに乗り、サポート陣と目を合わせながらシェイカーを振るクレモンティーヌの佇まいが、とてもエレガントだった。「Have you been to Champs-Elysees?」と会場に問いかけてからの「シャンゼリゼ」は、原曲とは違うフュージョン風のカッコいいアレンジ。クレモンティーヌは観客に手拍子を求めると、「みなさん一緒に」と、あの安井かずみが手がけた「いつも何か 素敵なことが あなたを待つよ シャンゼリゼ」という訳詞で、笑顔いっぱいに歌いかけた。大きな声でとはいかなかったが、私もしばし声を合わせて、晴れたパリの街角に心を飛ばした。
エレガントで、お茶目で、人間味あふれるクレモンティーヌ。シュワッと心に溶けこんだその歌声で、ホッと一息ついた夜でした。

取材・文 / 藤井美保

CLÉMENTINE with special guest Hironobu Miyahara from LE VELVETS (3.26 sun. 1st)セットリスト

01. A St Tropez サントロペで
02. Pillow Talk ピロー・トーク
03. La Mer ラ・メール
04. étoile et toi エトワール・エ・トワ
05. Chanson des jumelles 双子姉妹の歌
06. Ramu’s Lovesong ラムのラブソング
07. Un homme et une femmewith Hironobu Miyahara
  男と女 with 宮原浩暢
08. Misty – solo Hironobu Mihayara
09. Days of Wine and Roses
– solo Hironobu Miyahara
10. Comme d’habitude マイ・ウェイ
11. Photo de classe 卒業写真
12. Jérémie ジェレミー
13. Les Champs-Elysées シャンゼリゼ
14. Bakabon Medley バカボン・メドレー
15. Fly Me to the Moon with Hironobu Miyahara
フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンwith宮原浩暢

クレモンティーヌ

パリ生まれ。レコードコレクターの父親の影響でジャズに囲まれながら育つ。88 年SONY FRANCE よりデビュー。 以来、ジャズ、ポップス、ボサノヴァなど様々なジャンルで数々の作品を発表。音楽だけではなく、オン、オフを自然体なスロー・ライフで実践するライフスタイルも注目を浴び続けている。日本で最も愛されるフランス人歌手。 今までのレコードセールスはトータル250 万枚以上。CM ソングも多数。日本での実績をシラク前大統領より賞賛され、クレモンティーヌの活動はフランスの2 大新聞「ル・モンド」と「フィガロ」の一面に掲載される事になる。それを機にヨーロッパでは主にジャズシンガーとして活躍していた彼女の存在は一気にヨーロッパ全土で注目されることになる。
現在は韓国、台湾などアジア全土でもその人気を不動のものとしている。2009 年より「京都市名誉親善大使」に任命され、同年よりFM 京都αステーションにて「エスプリ・ドゥ・パリ」コーナーを担当。2010 年7 月、「天才バカボン」フランス語カヴァーなどを収録したアルバム「アニメンティーヌ」を発表。アマゾン音楽総合ランキング1 位獲得などの話題作となり、1 年以上に渡りロングセールスを記録、累計販売数は15 万枚以上となる。2013 年2 月には童謡や唱歌などエバーグリーンなナンバーを集めた「ボンシャンテ」を、11 月には映画のスタンダード曲を歌った「ドリーム・シネマ ~リラクシング・スタンダード・コレクション~」を発表。
2014 年11 月にはディズニー・オフィシャル・アルバム「クレモンティーヌ・シングス・ディズニー」をリリースし、ディズニー マリー(おしゃれキャット)のために書き下ろされた「パリのお散歩 ~ディズニー マリー」のPV はYouTube で160 万回以上再生されている。最新アルバムは、和楽器だけで構成されたAUN J クラシック・オーケストラと共演した2015年10月発売の「クレモンティーヌ meets AUN J クラシック・オーケストラ : JAPON」。2017 年3 月、現在ダントツの人気を誇る男声グループLE VELVETS との共演の「男と女」や話題のアニメ「傷物語」のエンディングテーマを収録した最強のベスト盤「All Time Best」をリリース。
オフィシャルサイトhttp://www.possion-h.com/cle/

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