山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 11

Column

アメリカ、そしてグレイトフル・デッドという生き方【前編】

アメリカ、そしてグレイトフル・デッドという生き方【前編】

HEATWAVE山口洋がこれまでに出会ったミュージシャン、R&Rの魔法について書き下ろす好評連載。
今回はコロラドの雪山で体感した“自由の国”アメリカの光と影、そしてそこから生まれた伝説のバンドについて。


アメリカからの帰りの飛行機の中で書いている。

近所にマリファナ工場がある(コロラド州では合法なのだ)標高3000メートルの村でひとつき過ごした。そこは玄関に鍵さえかける必要のないピースフルな村で、帰りのタクシーにはマリファナの匂いが漂い、車内にはジェリー・ガルシア・バンドが流れていた。春のひかりで溶けていく山々の雪、流れゆく美しい水を眺めながら、ドライバーと大好きなガルシアさんの話をするのは悪くなかった。

とはいえ、ここはアメリカ。労働者の多くはメキシコからの移民。彼らはトランプに怯えていたし、一方で一人暮らしの女性は全米ライフル協会に入会していて、その証であるステッカーが車に貼られていたりもする。闇は深い。もうひとつ付け加えるなら、WBCはアメリカではまったく盛り上がっていなかった。日本のメディアが書きたてる「世界一決定戦」みたいな筋書きは、日本国内限定のようで、危うさを感じた。いつだってスポーツに罪はないのに。

アメリカ。

僕は雪山でスノーボードをしていた。多くのインスピレーションを与えてくれる美しい国立公園。ピースフルな人たちが自然の恩恵のもとで生きている。僕も真剣に移住を考えてみたりする。

でもある日、村のヴァイブスが急変する。とつぜん、身体やこころにハンディーを負った人たちが増え始める。雪山にたくさんの星条旗が組織的にひるがえる。なんだかとても威圧的だ。そして、負ったハンディーが普通ではない。その傷が病によるものだとは思えないのだ。聞けば、戦争や紛争、あるいは従軍時の事故や自傷行為によってハンディキャップを負った元兵士たちが、軍事予算でスキーをするイベントだった。

photo by Hiroshi.Y

僕はパパ・ブッシュが湾岸戦争時に行った「砂漠の嵐作戦」によって、PTSDを負ったまま、普通の暮らしに2度と戻れない元兵士の話を聞いた。彼が受けたこころの傷は想像を絶した。何の罪もない人間を殺せという国の命令。マトモな人間なら、おかしくならない方がおかしい。

日本に暮らしていたら、傷ついた兵士を見ることなんてない。でも、彼らに接してみると、リアリティーが強力な違和感とともに迫ってくる。圧倒的に現実なのだ。

何のために、人は傷つけあわなければならないのか。その根本に立ち返るしかなくなる。敵味方に関係なく、傷つき、傷つけられ、命を落とし、精神的にダメージを受けた人々が膨大な数存在することを想像してみる。憎しみが更なる憎しみを増幅させる。そして、帰国した元兵士たちが愛国者になる確率は低いのだと。そりゃ、そうだろう。いつだって戦地に行かされるのは、まずは貧乏人だ。

雪山でのビッグ・イベントはX-GAMES。有力なスポンサーのひとつは海軍。大量にCMがテレビから流れ、低所得の若者の入隊を促す。入隊すればいろんな特典がある。

photo by Hiroshi Y.

アメリカ。

前置きが長くなった。僕は違和感を拭うことができなかった。そして国家としてのアメリカがまったく好きになれない一方で、この国が産んだ文化に多大な影響を受けてきた。たとえばグレイトフル・デッドに象徴されるものは、この国の最良の部分だと思っている。

彼らの音楽は「人を信じること」が礎になっている。それは前述のアメリカとは対極にある。仲間を信じ、自由を求め、独立して生きる。瞬間にときめきを感じ、即興性を大切にし、他者を思いやり、冒険の旅を続けること。エトセトラ、エトセトラ。

世界にひかりを見いだすにはどうしたらいいんだろう? 彼らが遺してくれたグレイトフル・デッドと云う生き方を、僕なりに伝えられたら、と思う。(続く)

グレイトフル・デッド:ジェリー・ガルシアを中心に1965年、サンフランシスコ・ベイエリア(カリフォルニア洲パロアルト)で結成。ヒッピー文化、サイケデリック文化のみならずアメリカを代表するロック・バンド。メンバーは5人から7人と流動的で、カントリー、フォーク、ブルーグラス、ブルース、レゲエ、ロック、ジャズなどさまざまな音楽スタイルを融合しながら、自由と愛と平和に溢れたメッセージを送り続けた。ヒッピー・ムーブメントの中、彼らに共感する熱心なファン(デッド・ヘッズ)は増大。1967年、モンタレー・ポップ・フェスティバル、1969年、ウッドストック・フェスティバル等、当時のカウンター・カルチャーを象徴する歴史的ロック・イベントへの出演をはじめ、毎年のようにスタジアム・コンサートを行った(1998年には“最も多くコンサート行ったロック・バンド”としてギネス世界記録<2318回>)。コンサートでは録音も自由、そのテープを交換するのもOKというスタイルも独特で、多くのライブ音源を残した。1995年、ジェリー・ガルシアの他界により活動を休止するが、2015年には結成50周年を記念した大規模なツアー〈FARE THEE WELL〉を行い、世界中のデッド・ヘッズが会場のサンタクララやシカゴに集った。
2015年7月3日〜5日、3日間で20万人を動員したシカゴ、ソルジャー・フィールドでの最終公演は、CD、DVD、Blu-Ray等さまざまな形態で発売中。詳細はこちら また、今年3月には1967年3月に発売されたデビュー・アルバム『グレイトフル・デッド・ファースト』が最新デジタル・リマスター盤 “50thアニバーサリー・スペシャル・エディション”として発売された。

『グレイトフル・デッド・ファースト』

2017年03月29日発売
WPCR-17677 ¥2,900(税別)

詳細はこちら

グレイトフル・デッドの楽曲

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

photo by Mariko Miura

1963年福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。
1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーをはじめ海外のミュージシャンとの親交も厚い。
2003年より渡辺圭一(Bass)、細海魚(Keyboard)、池畑潤二(Drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。5月17日には待望のニュー・アルバム『CARPE DIEM』をリリース。アルバム発売に先立つツアー〈HEATWAVE new album tour “CARPE DIEM”〉も開催。
また、東日本大震災後立ち上げた福島県相馬市を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”のライブを6月に南青山MANDARAで開催する。
2016年4月に熊本を襲った地震を受け、FMK エフエム熊本で毎月第4日曜日(20時〜)『“MY LIFE IS MY MESSAGE RADIO』をオンエア中。


ALBUM『CARPE DIEM』

2017年5月17日発売
01.Blind Pilot
02.ジギーと星屑
03.Street Wise
04.Hotel Existence
05.それだけでいい
06.瞳の中の少年
07.陽光
08.ティンプクトゥ
09.オリオンへの道
10.世界がミューズである限り

HEATWAVE new album tour “CARPE DIEM”
5月3日(水)福岡 Be-1
5月4日(木)大阪 シャングリラ
5月11日(木)渋谷Duo Music Exchange
詳細はこちら

決定! MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE2017 @東京・南青山MANDALA
6月13日(火)古市コータロー(THE COLLECTORS)×山口洋
6月14日(水)池畑潤二 with 山口洋 Specialセッション
6月15日(木)仲井戸“CHABO”麗市×山口洋 with 細海魚
6月16日(金)矢井田瞳×山口洋 with 細海魚
6月17日(土)矢井田瞳 with 大宮エリー Specialセッション
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