Interview

HEATWAVEの新作が伝える自分の運命を貫く力について、体現してきた山口洋に訊く

HEATWAVEの新作が伝える自分の運命を貫く力について、体現してきた山口洋に訊く

2年半ぶりのオリジナル・アルバムのタイトルは『CARPE DIEM』。ラテン語で「今を生きる」という意味だ。まさに一日一日を全力で生きてきた “HEATWAVE”の実感を表わしている。バンドの中心人物である山口洋は「もっと先のこともちゃんと考えなきゃダメだよって、周りからは言われるけどね」と笑うが、その眼差しの奥には、これからもその日その日を全力で生きていくという強い決意が輝いていた。
「自由に空を飛びたい たとえ目が見えなくても」と歌う「Blind Pilot」からアルバムは始まり、デヴィッド・ボウイに捧げる「ジギーと星屑」、20年以上前に発表した作品を再レコーディングした「オリオンへの道」など、この世界に対する熱い想いと、自分の歩いてきた道への妥協なき検証に貫かれた、鮮やかな耳触りの音が詰め込まれている。
多様化する音楽シーンにあって、HEATWAVEの示す針路はいつも真北を指してきた。易きに流れず暮らしを重ねてきた山口の、現在の音楽観とアルバム制作の日々を振り返ってもらった。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 三浦麻旅子


一番大事なことは“同時代性”。リスナーと同じ時代に生きてるっていうことを、シンプルに出そうと思った

久々にアルバムを作ろうと思ったのは?

今までアルバムを作るってすごく大層なことだって捉えていたんだけど、最近、偉大な先達が次々と亡くなっていくなかで、一番大事なことは“同時代性”。リスナーと同じ時代に生きてるっていうことを、パッと形に変えることが今やるべきことなのかなと思い直したところがあって。そこから制作が始まった。例えばジミ・ヘンドリックスの音楽は、彼が死んでしまったからもうあれ以上は増えない。俺らは生きてるかぎり、増えていく。だからあまり深く考えずに、同じ時代に生きているということを、すごくシンプルに出そうと思ったんだよね。
なので、曲をたくさん作ることを心がけた。ツアーの合い間の空いた時間は、俺の自宅のスタジオで試行錯誤しながらいろいろやってた感じかな。

ひとりきりの作業だったの?

今回のアルバムはいっさいレコーディング・スタジオを使っていないんですよ。それはケチなんじゃなくて(笑)、うちのバンドはレコーディング・スタジオというアイソレート(分離)された空間では、いい演奏が録れない。だからなんの仕切りもない、でっかいひとつの部屋で、みんなが「せーの!」で演奏してベーシックを録っていった。誰ひとりヘッドホンをしていなかったし、クリックも使ってない。平たく言えばリハーサルの状態を、エンジニアに録ってもらった。ファーストタッチ(初演奏)の素晴らしさを収録したかったからね。

ロック・バンドの原点だね。

そうそう。で、バンドの仕事はそこで終わり。そこで録った瞬間的な良さが詰まった膨大なストックから、俺がセレクトして、エディットして、そこにパイを作るみたいに俺が音を重ねていった。だから熟考と瞬発性、デジタルとアナログの両方がコンパイルされてる。なので、曲によってはバンドの連中が忘れてて、「この曲なんだっけ?」みたいなのがアルバムにいっぱい入ってます(笑)。

とはいえ、今までちゃんと分離されたレコーディング・スタジオで録った経験があったから、今回の方法に行き着いたんだよね?

もちろん! 両方の良さを、わかってるからこそ、かな。結局、俺たちが求めてるのは、音の良さというよりは、人間にしかできない瞬間を録るってことだから。そういう意味では、このやり方が合ってるんじゃないかな。CDが売れない時代だから、アルバムを作れないとは言いたくない。お金をかけられないんだったらかけられないなりに、作ってやるという気骨はある。俺たちに先を見通す力はないけど、意地がある。
今はいろんな意味で過渡期だけど、さんざん好き勝手に生きてきた人間としては、次のジェネレーションのために、やらなければいけないことがあると思う。俺たちの場合は、アナログからデジタルに移行するすべての経験をしてる稀有な世代だから、いいところと悪いところの両方を知ってる。それはやっぱり次に伝えないとね。音楽的にはそういう気持ちがすごくあったかな。
でも以前と違うのは、バンドの運営にまつわる音楽以外のことも自分たちでやるようになったことかな。ツアーの手配から何から何まで。たくさんの応援者の力を借りて。どこかの事務所に所属するという選択肢は、俺にはなかった。それって前と同じ轍だからね。でも好きなことをやるために、避けては通れない面倒くさい道があるっていうだけのことだし。この時代、マルチに仕事をこなせないと、ミュージシャンは生き残れない。昔は嫌だったけどね(笑)。そのぶん、面倒なことがたくさんあったけど、音楽に没頭できる時間がとっても嬉しかったですね。

それはメンバー4人の共通認識なんですか?

そういう部分もある……俺たち、いい意味で仲良くないから(笑)。仲良くないから、バンドが続いてるとも言えるし。こういう状況になったということは、すべてに意味があると思っていて。俺たちとしては、壮大な“人体実験”をしてるっていう感じ。どこまでいけるのかって思いながらやってるほうが楽しいよね。

人体実験かあ(笑)。

平山さんの本(『弱虫のロック論Ⅱ』)が枕元においてあって、何かあると読む。平山さんと俺の共通認識として、もちろん“CDバブル”の恩恵も受けたけど、戒めもある。ホントにこれで良かったのか。間違えてたことを、もう二度と繰り返したくないという気持ちがすごくあった。

たくさんCDが売れて良かったことと、ダメになったところがあるよね。お金をかけてクオリティの高いPVが作れるようになった代わりに、音楽がリスナーに届く過程に目が届かなくなってしまった。そんな状況のなかで、配信という“リスナーにとって便利な手段”が生まれた。でも便利になったけど、権利や音質にいろいろ問題が起こった。そういうことを、アーティスト自身も知っておく必要があると思う。そのためにも、レコーディングの方法やツアーの組み立ても、「面倒くせーな」とか言いながら山口くんはやりきれてるから、すごいよ!(笑)

「この世界は、生きるに値する場所かもしれないよ」ぐらいのことは伝えたい。俺たちが人体実験した結果として

俺は好きに生きてきたから、ファンに対してメッセージとして伝えたいのは、「人生一回しかないんだから、好きに生きよう」っていうことだけ。俺はいい意味で身寄りもないから、好き放題に生きられる。年にひと月アメリカにいて、スノーボードしたりするわけだけど、俺が実験するから、次の世代は俺らの悪い轍は踏むなと(笑)。

僕は若い世代に対して、間違いはそれはそれでオススメもするけどね(笑)。その中で言うと、山口くんにとって、音楽は自分の中の何パーセントぐらいなの? 世界のいろんな景色を見に行ったり、スノーボードしてるのを全部含めて、音楽は何パーセントぐらいなんだろう?

震災以降、やらずにいられなくて、ありとあらゆることをやってみたわけですよ。俺だって人の役に立ちたいと思って。で、結局のところ、あんなに苦労していろんなことやったのに、自分に一番パワーがあったのは、やっぱり音楽でしかなかったというね。最初から気づいとけば良かった話なんだけど(笑)。でもやってみて気づいた。ああ、やっぱり音楽は俺に向いてるんだって。

あはは、今頃ですか?

やるだけのことは俺もやったんだよ。やった挙句が、自分のパワーのなさに呆れたっていう(笑)。それこそ無力じゃないけど、俺ってホントにダメだなって。これだけ労力を使ってこれだけのことしかできないんであれば、自分はやっぱり音楽をやったほうが力があるなとは思ったのね。役立てるかどうかは別問題として、原発のことにしても世の中がこんなふうだから、こんなことになってるわけだからね。じゃあ、もっといいヴァイブレーションを伝えたいと思ったとき、自分が音楽を作ることは、一番可能性が高いというふうに思っていて。「少なくともこの世界は、生きるに値する場所かもしれないよ」ぐらいのことは伝えたい。俺たちが人体実験した結果として。

盲目のスキーヤーが心の目で見て滑ってるのを見て、自分たちの運命を貫くしかないと教えられた

気になった曲の話をいくつか聞きたいんだけど。まず1曲目の「Blind Pilot」は?

アメリカに行ったときに、盲目の黒人女性スキーヤーを見たんですよ。その人が素晴らしい表情で滑ってた。もちろん前にインストラクターがいて、斜面の状況を言葉で伝えて、彼女は足から入ってきた情報と言葉の情報を混ぜて、頭でクリエイトして滑っていた。俺たちは吹雪の日は周りが見えないから、怖くて滑れないわけじゃないですか。だけど彼女は“心眼”っていうの? 心の目で見て滑ってた。そのときに、俺は「見えてるってことは、何も見てないんだ」っていうことを彼女に教えてもらった。それがいろんな意味で衝撃だったから、その日俺はスノーボードをやめて、そのまま家に帰って、気がついたら曲が出来てた。
彼女は何も言ってなかったけど、あれだけ人生をエンジョイしてるのを見て、「楽しい〜」って表情に感激したんですね。そのとき、俺たちが今生きてるってことは、盲目のまま飛行機を操縦してるみたいなもんだなという感じがすごくあって。明日どうなるかわかんないし、そういう時代だし。だけど、自分たちの運命を貫くしかないということを彼女は教えてくれた。スキー場からバスで家に帰ったんだけど、バスの中で「早く帰りたい。ギターを握らせろ」って感じだったかな。帰って、ジャーンってやって、すぐ終わりだった気がする。

「ジギ―と星屑」はデヴィッド・ボウイについて歌っている。山口くんにとって、彼の死はどんな出来事だったの?

俺にとって今までの人生で、一番死なれて堪えたのがルー・リードのはずだったんだけど。デヴィッド・ボウイは生前、そんなに好きでもないと思っていたのに、ルー・リード以上に死んでから堪えた初めての人だったんですよね、彼の“不在”が。自分では気づいていなかったけど、深層心理で深く影響を受けていたんだと思う。
ルー・リードは、彼の音楽は好きだけど、性格は全然好きじゃなかった。でもボウイはすごく思いやりがある人で、ルー・リードも、イギー・ポップも、モット・ザ・フープルも、ボウイがプロデュースしてみんなを再生させたわけでしょ。彼がいなければ、僕は高校時代にルー・リードの「Walk On The Wild Side」を聴いてミュージシャンになろうと思わなかったわけで。だから直接的、間接的にすごく影響を受けていたのに、あの人があまりにカッコよすぎるから受け入れてなかったわけ、死ぬまで(笑)。それで、申し訳ない気持ちがすごくあって。どうしてもっと素直に受け入れなかったのかなって。ボウイの“ベルリン三部作”をあんなに好きなくせに。
ボウイは絶対に死なないと思ってた、勝手に(笑)。だから彼の死を知って、「あ、こうやって時代は変わるんだ」って。それと同時に、自分に残されてる時間は意外と切迫してるんだなっていうことを、先達であるボウイやプリンスが教えてくれた。もうひとつ、デヴィッド・ボウイで感激したのは、自分が死ぬということが作品になっていたっていうことだった。

ラスト・アルバムの『★(Blackstar)』を出した2日後に亡くなったね。

彼はそれも考えてたんじゃないのかな。そういうところも含めて、彼のアーティストとしての生き方に非常に感銘を受けたし、複雑な気持ちだった。

ボウイの死を世界中の人が知ることになって、山口くんがそれに対してどう感じたかって歌うことが、今の時代に自分がコミットすることなんだね。

たぶん。

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