LIVE SHUTTLE  vol. 133

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矢野顕子×上原ひろみのツアー「ラーメンな女たち」に時間を盗まれる

矢野顕子×上原ひろみのツアー「ラーメンな女たち」に時間を盗まれる

会場は上野駅のすぐ目の前「東京文化会館」大ホール。中に入ると壁や天井が意匠を凝らした設計で、巨大オブジェのようでもあり、まさに文化の息吹きを感じつつ、開演を待つことに。すると聞こえてきた影アナは、この日の主役、矢野顕子と上原ひろみの声。ユーモア溢れる矢野と真面目なアナウンス調の上原という、個性の違いが面白い。アコースティック楽器のライヴというと、とかく客席が畏まっちゃうが、そこは程良くほぐしてもらい、今度は万雷の拍手で、彼女たちを迎える番である。ステージには二台のグランドピアノが向き合い、鎮座している。

オープニングは「ラーメンたべたい」。聴きながら、ピアノとラーメンのことを考えた。どちらもそれさえあれば、とりあえずは「事足りる」、というのが共通点だろうか。
では、敢えてそれをふたつ持ち寄ると、何が起こるのか…。プログラムは「東京は夜の7時」へ。磁場を掘り起こすかのような矢野のピアノと、タイム感を細分化してくような上原のピアノが重なり合う。
そしてMC。観客としては何度も来たが、まさか自分がこのステージに立てるとは、と、感激もひとしおの矢野。夢が叶った今、「あとは余生」と客席を沸かす。上原もこの会場は初だそう。矢野は上原に、あなたも今後は「余生なの?」と問うと、上原はマイクで即座に否定して、再び客席が沸く。

次の「おちゃらかプリンツ」と「真つ赤なサンシャイン」は、既存曲ふたつの合わせ技。アレンジは上原だそう。京料理で取り合わせのいい食材を“出会いもん”と言うが、前者は童謡「おちゃらかほい」とウェイン・ショーターの代表曲「フットプリンツ」。上原が高速で短音を連打すると、負けじと矢野が対抗する、そんな両者のインタープレイに拍手が起こる。後者は美空ひばりのGS歌謡「真っ赤な太陽」とビル・ウィザースの出世作「エイント・ノー・サンシャイン」を素材とし、見事に炊き合わせたものだ。“♪エインノォ~”と切なく響く矢野のブルージィなボーカルが心に滲みる。
上原のオリジナル「ドリーマー」は、曲の展開で照明が微妙に変化していく様も見事だった。矢野のボーカル・パートは、上原が作品に込めた想いを代弁し、さらに後半に従い、二台のピアノが言葉を越え響き合う。続く矢野の近作「飛ばしていくよ」では、タイトルに偽りなしのビュンビュンぶりだ。テクノ・ポップ的手法をさらにハイパーに展開したオリジナル音源の“コンピューター技”を上原が“人間技”で再構築し、いったん訪れた絶頂感が、そこで終わらずそれを越え、もひとつ越えて迫り来る至福の時を味わった。場内の熱狂は、思わず演奏中に“イエィ!”と掛け声があるほどの興奮状態なのだった。

後半はそれぞれのソロ。まずは上原がガーシュインの「I Got Rhythm」を。鍵盤の上を戯れるかのような導入から右手と左手が別人格になったと思えば姉妹のように息を合わせ、さらに音符を高速で横断すると、次は指をすぼめて音を束ね、さらに愉快なラグタイム色を前面に出した場面も用意され、一粒で何度も美味しい演奏だ。

次は矢野が糸井重里作詞本人作曲の稀代の名曲「SUPER FOLK SONG」を。途中、歌詞がおぼつかなくなり、しかし直後、歌詞さえ無けりゃのアドリブ詞をとっさに挟みつつ、この日、この時刻、この会場に居合わせなきゃ体験出来ない“その場所”感満載のパフォーマンスとなる。音楽には「備え」も必要だが「機転」こそが大事であることを知る。

このあと、トートを肩に上原再登場。そのままグッズ紹介(でもこの日は開演前に総て売り切れ。通販の予定あり、だそうです)。そして矢野のオリジナル「Children in the Summer」から上原の作詞・作曲の「こいのうた」へ。スタンド・マイクを運ばれ、矢野が客席と正対し、心を込めて歌う。伝えたいことの芯の部分のみ残し、雑味を削いだ、そんな歌声。まさに名唱。
そして合わせ技を再び。今度は「東京ブギウギ」と「ニューヨーク・ニューヨーク」をひとつにした「ホームタウン・ブギウギ」だ。今回のライヴで演奏時間は最長である。「おちゃらかプリンツ」が“おちゃらか”をジャズでいうテーマ部分に“プリンツ”へと壮大に拡げていった構成なら、こちらは両者の楽曲をメドレーで披露する感覚も残されていた(“東京”から“ニューヨーク”へ以降したとこで歩幅が変わる)。そういやふと、画家のモンドリアンに「ブロードウェイ・ブギウギ」という作品があることを思いだした。

本編最後は、再び「ラーメンたべたい」を。しかしオープニングで演奏したもの(初期ヴァージョン)とは別の、新たなアレンジのものだった。このふたつを比較するなら、最初のはラーメン屋の店主が比較的クールな人物であり、こっちはより情熱的で、ねじりハチマキ姿だ。でもどちらもスープは極上。矢野もMCで、このライヴでやるのはどの曲も通奏低音のようにお出汁が効いている…、といったことを話してたっけ。

アンコールは、私たちの最大のヒット曲という矢野の紹介とともに「そこのアイロンに告ぐ」。矢野のアルバム『はじめてのやのあきこ』(2006年)で両者が共演を果たした想い出の作品だ。さらに上原が矢野の声を思い浮かべつつ作ったという「Green Tea Farm」を、再び矢野がセンターのスタンド・マイクで歌う。“あなたがいるから頑張れる”。そんな歌詞が強く届く。目の前に広がるのは緑の景色。途中、熱狂渦巻く場面もあったこの夜のライブに、丁寧で誠実な句読点を与えるかのように、矢野が歌い切る。余韻を疎かにせず、余韻こそを大切に。会場はスタンディング・オベーション。前が立ったからじゃあ私も…、じゃない、全員自発のオベーション。 18時開演だったが、終われば“東京は夜の9時”に近かった。音楽の俊英ふたりに、まんまと時間を“盗まれた”気分だった。

取材・文 / 小貫信昭 撮影 / 広瀬誠

「矢野顕子×上原ひろみ TOUR 2017 ラーメンな女たち」セットリスト

4月19日(水) 東京文化会館 大ホール
01.ラーメンたべたい(初期ヴァージョン)
02.東京は夜の7時
03.おちゃらかプリンツ
04.真っ赤なサンシャイン
05.ドリーマー
06.飛ばしていくよ
~休憩~
07.I Got Rhythm(上原ひろみソロ)
08.SUPER FOLK SONG(矢野顕子ソロ)
09.Children in the Summer
10.こいのうた
11.ホームタウンブギウギ
12.ラーメンたべたい
En1.そこのアイロンに告ぐ
En2.Green Tea Farm

矢野顕子

中学卒業後、青森より単身上京。高校の時からジャズバーで演奏を始め、その類稀な才能が認められ、数々のレコーディングに参加。76年にはソロデビュー。YMOでの活動など、世界を飛び回り、90年から音楽の拠点をNYへ。独特な歌声と天才的な演奏は唯一無二の個性として、オリジナル・アルバムを含め数々の作品を世に放ち、ソロワークは勿論のこと、今もなお多岐に渡るセッションと世界中のミュージシャンから愛される稀有な存在として活躍。
そして2016年、ソロデビュー40周年の記念の年を迎え、11月30日にはオール・タイム・ベストアルバム『矢野山脈』発売、恒例のTIN PAN(細野晴臣/林立夫/鈴木茂)との「さとがえるコンサート」で12月に全国5都市をツアーするなど精力的に活動をおこなっている。
オフィシャルサイトhttp://www.akikoyano.com/

上原ひろみ

1979年静岡県浜松市生まれ。
6歳よりピアノを始め、同時にヤマハ音楽教室で作曲を学ぶ。
17歳の時にチック・コリアと共演。1999年にボストンのバークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラークと契約し、2003年にアルバム「Another Mind」で世界デビュー。
2008年にはチック・コリアとのアルバム「Duet」をリリース。2010年はソロ・ピアノ作品「Place to Be」をリリース(日本国内は2009年発売)し、アメリカのアマゾンのジャズチャートで1位を記録。2011年には2作連続参加となったスタンリー・クラークとのプロジェクト最新作「スタンリー・クラーク・トリオ feat.上原ひろみ」で第53回グラミー賞において「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞。2012年4月1日にはニューヨークの国連総会会議場で行われたユネスコ主催の「第一回インターナショナル・ジャズ・デー」にも参加し話題となった。また、2015年には日本人アーティストでは唯一となるニューヨーク・ブルーノートでの11年連続公演を成功させた。
日本国内でも2007年の平成18年度(第57回)芸術選奨文部科学大臣新人賞大衆芸能部門や、2008年「第50回日本レコード大賞優秀アルバム賞」を受賞。またドリームズ・カム・トゥルー、矢野顕子、東京スカパラダイスオーケストラ、熊谷和徳、笑福亭鶴瓶、レキシらとの共演ライブも行っている。
2016年2月3日「上原ひろみfeat.アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス」の最新作「SPARK」をリリース。
オフィシャルサイトhttp://www.hiromiuehara.com/

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