時代を映したポップスの匠たち  vol. 16

Column

遠藤賢司の『満足できるかな』の美しさと怖さ

遠藤賢司の『満足できるかな』の美しさと怖さ

1960年代から70年代にかけてデビューした日本のシンガー・ソングライターの経歴を調べてみると、ボブ・ディランの影響を受けたアーティストの多さにあらためて驚かされる。吉田拓郎のように作品に影響の痕跡がある人たちだけでなく、無形の影響を受けた人たちも少なくない。その一人が遠藤賢司だ。

遠藤賢司の音楽から表面的にボブ・ディランのこだまを感じ取ることは難しい。しかし彼はディランから大きな影響を受けたと公言している。ではそれはどういう影響だったのだろうか。

きっかけはFEN から流れてきた「ライク・ア・ローリング・ストーン」だったという。FEN(現在はAFNと改称)は在日米軍基地向けの放送局だ。全国どこでもよく聞けるわけではないが、基地の近くに住む洋楽ファンには、最新のアメリカ音楽にふれられる窓口として、情報源の少ない時代には重宝されていた。

それを聞いて遠藤賢司が思ったのは「これならおれにもできる」ということだった。最初はディランの曲をコピーしていたが、やがてそれでは物足りなくなって、自分で曲を作りはじめた。「人にそういう力を与えるってことでディランってすごいなと思いました」と彼は『日本のポピュラー史を語る』の中で語っている。

コピーしていた間に、当然、音楽的になにがしかの影響を受けたにちがいない。しかし遠藤賢司がディランの音楽をモデルにした時期は短かった。彼が一種の啓示として受けとめたのは、ディランの音楽そのものというより、むしろ自分で音楽を作ればいいという姿勢だったのだ。

だから遠藤賢司の音楽はディランの音楽には似ていない。当時彼が音楽的影響を受けたアーティストなら、むしろイギリスのドノヴァンやカナダのニール・ヤングをあげたほうがいい。ディランの低めのしわがれ声とちがって、遠藤賢司の声は高くて柔らかく、ギターの演奏も繊細だ(近年はエレキ・ギターの轟音でシャウトする歌も多いので、声がしわがれてきている)。

アマチュア時代の修作を除けば、彼が初めて作った曲は「ほんとうだよ」だった。デビュー・アルバム『niyago』に収録されたその曲は、彼のギターと、深澤由利子のヴァイオリン、鈴木玲のチェロを伴ってうたわれるラヴ・ソングだ。

静かな夜に、歌の主人公は目の前にいないあこがれの女性への思いをせつせつと語る。この主人公は、こんなに思っているのだから、君にわからないはずがないと信じている。冷静に考えれば、ストーカーすれすれの気持ちだが、恋はしばしば理性を失わせる。はた目には奇妙なのぼせ方も、主人公はいたって大真面目。彼のファンの女の子が、仮想恋愛をかなえてくれるものとして、この柔らかい歌声にひそむ主人公の情熱に、悪くないわねと思ったとしても不思議ではない。

彼の歌がヒットしたのは、それから約2年後の「カレーライス」だった。1971年のセカンド・アルバム『満足できるかな』に収録されている曲だ(この曲も「ほんとうだよ」もシングルとアルバムではヴァージョンがちがう)。

若いカップルがいて、女の子がカレーライスを作っている。一番では、包丁で野菜を刻んでいるとき、女の子が手を切ってしまう。手といっても、指だと思うが、男は「ばかだな」と言うだけで、ギターを弾くのを止めない。文字どおりにとれば、けっこう薄情というか、長年連れ添った夫婦なみの無関心さとも言えるが、「ばかだな」という言葉にそれなりに気遣いは感じられる。

二番では、テレビを見ていたら、誰かがお腹を切ったというニュースが流れてくる。これは1970年11月に東京の市谷の自衛隊基地で起こった三島由紀夫の切腹自殺事件のことだ。こちらでは「痛いだろうに」という言葉が続く。柔らかい声でうたわれる親しみやすい歌なので、すーっと耳に入ってくるが、この言葉には世間を騒がせた事件に対する痛烈な皮肉が感じられる。

彼の歌には、こんなふうに日常の行動の奥底にひそむ心理を引き出して、その怖さや狂気をさりげなく、あるいはあからさまに気づかせる力がある。たとえばこのアルバムには彼の代表曲「満足できるかな」が入っている。沢田研二のいたグループ・サウンズ、ザ・タイガースの「シーサイド・バウンド」の引用をはさみこんでうたわれ、ライヴでは必ず盛り上がる定番曲だ。

この歌には、女の子がノコギリで「ぼく」の首を切るというショッキングな箇所が出てくる。もちろん象徴的な表現なのだが、彼の肉感的な歌声を聞いていると、恋愛にひそむ深層心理があからさまにされるようでどきどきする。

このアルバムは名曲ぞろいで、ピアノ弾き語りの「今日はとってもいい日みたい」のような小品でさえ、忘れがたい印象を残す。これは、お天気のいい日に公園に行ってブランコに乗る歌だ。ブランコに乗って緑の風をきろうとうたわれているので、季節は初夏のころだろう。鳥が鳴き、太陽がうたうお天気の日の気持ちよさを、言葉と声と演奏で見事に表現している。ピアノも歌声も光を反射してきらめく水面のように美しい。彼はよく「純音楽」という言い方をするが、その言葉を体現する名曲だと思う。

文 / 北中正和

「満足できるかな」(アルバム『遠藤賢司デビュー45周年記念リサイタル in 草月ホール Vol.1)より

その他の遠藤賢司の作品はこちらへ

「LIKE A ROLLING STONE」/ボブ・ディラン(アルバム『The Essential BOB DYLAN』より)

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