【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 18

Column

松田聖子 アルバム・アーティストとしての世界(前編)

松田聖子 アルバム・アーティストとしての世界(前編)

「アルバム・アーティストとしての松田聖子」について書こうとして、“そういやあの二人はどうだったんだろう…”と、ちょっと気になった。百恵と明菜だ。例えばファーストとセカンドに関して言うと、百恵と聖子には大きな違いがあった。百恵の場合、完全なオリジナル・アルバムはサードからで、それまでは半分がカバー曲だったのだ。聖子の場合、最初からオリジナル曲のみの構成だ。

唇に人差し指をあてた印象的なポートレートに飾られた『SQUALL』(80年8月)。[私、これからどうなるの…]とかって台詞が似合いそうな表情だけど、どうしてどうして、既に確固たる、リッパな作品内容なのだった。作詞は三浦徳子、作曲は小田裕一郎で統一され、アレンジは信田かずお、大村雅朗、松井忠重である。
波の音のSEにサンバのアピート(笛)の響き、木管が柔らかく背景を包み、少し危ういけど充分に力強い彼女の歌声が聞こえる「〜南太平洋〜 サンバの香り」でスタートする。以後、アルバム全体のサウンド・コンセプトは“懐深いポップ・フュージョン”という感じ。今の耳で聴いてもこのオケは充分に贅沢な名演だ。
特に印象に残る楽曲といえば、ドラマチックな展開のタイトル曲「SQUALL」である。バラードのパートからアップテンポへの展開に、スケールの大きさを感じる。なお、ロングトーンで熱唱しても、最後まで必要以上の“懇願調”にはならず、どこか涼しげなのもいい。

『SQUALL』

4か月後に出たセカンドの『North Wind』は、収録曲に「風は秋色」をはじめとして、「白い恋人」「冬のアルバム」と、生地も厚めの秋・冬モノ。となると全体にバラード寄りかと思いきや、「冬のアルバム」などは、ハスキーな声で歌うボサノヴァだ。
リッキー・リー・ジョーンズの「恋するチャック」のようなイントロの「スプーン一杯の朝」は、“あなたの腕まくら”という歌詞もあるので“お泊まり”系ソングと思いきや、よく聴くと“夢オチ”な展開でもあり、しかしこの歌のなかの“夢の中”は、さっきまでのこの二人の現実の状態(つまり睡眠していた)とも受け取れて、結果としてアダルティな世界観を醸し出すのだった。

『North Wind』

続く『SILHOUETTE~シルエット~』(81年5月)は、ジャケが印象的。二面性を描くというか、“デュアルな私”、というか、そんなイメージだ。曲構成も、それまでの三浦・小田コンビだけじゃなく、財津和夫の作品が含まれ、作家陣も二面である。聖子に関わったなかで、ユーミンやはっぴいえん関連の方達ほど評論対象とはされないが、ポップでありつつ心の琴線をしっとり震わす曲調を得意とした財津の果たしたこの時期の功績は実に大きい。
そんな彼の作品で、70年代フォーク歌謡調の「あ・な・たの手紙」は、聖子のなかに無意識に蓄積されてきたであろうこうした曲調に対する自然な表現力が上手く活かされた仕上がりだ。
それにしても改めて思うのは「チェリーブラッサム」での大村雅朗の仕事である。音の妖術であるかのように磁場を操るこの曲のストリングス・アレンジは、まさに神がかっている(80年代には“神ってる”という言葉はまだなかったのでこう書いておく)。

『SILHOUETTE~シルエット~』

続く『風立ちぬ』(81年10月)は、アルバム全曲を松本隆が作詞しており、作曲は大瀧詠一(5曲)、財津和夫(3曲)、さらに鈴木茂や杉真理が名を連ねる。ここで松本は文学をコンセプトとしたかのような曲名を考案していて、「風立ちぬ」に始まり、「一千一秒物語」は稲垣足穂の有名な幻想文学のタイトルだし、「いちご畑でつかまえて」は“畑違い”のサリンジャーだ。
大瀧プロデュ−スについてだが、彼が多羅尾伴内の名で追求した(伴内だけに)変幻自在な音作りに関してはよく紹介されているので、ここでは別のことを。おそらくスタジオで、歌唱に関してこそ、丁寧なプロデュースが成されたと思うのだ。聖子の歌が実に端正な聴き心地なのだ(端正、というのは、それまであまり感じなかったことでもあった)。“いちご畑”がまさにそうだ。鈴木茂の作・編曲の「黄昏はオレンジ・ライム」も、聴くほどに味わい深くなる。

『風立ちぬ』

そして『Pineapple』(82年5月)は、松本の歌詞、作曲は来生たかお(3曲)、呉田軽穂(3曲)、財津和夫(2曲)、原田真二(2曲)である。リリースが夏前なので、もっと弾けてもいい筈だが、落ち着いて聴けるアルバムらしいアルバムとなっている。
待ち遠しくて、自宅で早くも水着に着替えちゃったぁ〜、という感じだったのが最初期の頃の聖子の夏なら、ここでは日焼け止めの準備も抜かりなしな雰囲気というか…。[明日(あした)の風に忘れなさいと]の名フレーズを含む「LOVE SONG」が素晴らしい。原田の作品も、聖子の中のコケティッシュな魅力を上手に引き出している。

『Pineapple』

さらに『Candy』(82年11月)は、松本の詞に財津、細野晴臣、大瀧、南佳孝、さらにさらに大村雅朗が作・編曲を手がけた作品も含まれている。より自立した印象の主人公像が伝わるアルバムとなっていて、ベルギーの美しい運河を一人旅をする「ブルージュの鐘」もある(そしてこの歌は、超多忙スケジュ−ルの彼女が束の間のオフを過ごしている実話エピソード、とも受け取れる)。雑誌で見た憧れの風景に女性ひとりで出掛けるという、もはや海外旅行が単なるパック旅行だけじゃなくなった、当時の世相も伝わってくる。
自立といえば、「Rock’n’roll Good-bye」では“都会の風”に“飽きただけ”という捨て台詞とともに旅立つ女性が登場する。この曲、テレビ出演時のトークなどから伝わる実際の聖子のサバサバした印象に「実にぴったりだなぁ」と思いつつ聴いていた記憶がある。
「電話でデ−ト」なら、一時も離れずそばに居た〜い、ではない、恋人との“距離感”も楽しむことが出来る主人公で、ここにも成長(恋に対する熟達)がある。なお「真冬の恋人たち」は気持ちいい名唱だ。

『Candy』

そして次は『ユ−トピア』。漫才の「ゆーとぴあ」ならゴムパッチンだが、彼女のユートピア、理想郷とは、さていったい…。次週へ続く。

文 / 小貫信昭

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