時代を映したポップスの匠たち  vol. 18

Column

GAROの「学生街の喫茶店」からはじまったものと受け継いだもの

GAROの「学生街の喫茶店」からはじまったものと受け継いだもの

人物名が歌詞に出てくる歌は、歌謡曲の時代からけっして少なくない。しかしミュージシャンの名前が出てくるものは、そんなに多いわけではない。ロック、ポップスの時代のヒット曲で最初の作品はGAROの「学生街の喫茶店」だと思う。作詞は山上路夫、作曲はすぎやまこういち、編曲は大野克夫、という顔ぶれだ。

歌の主人公は、たぶん社会人の男性だろう。昔よく来た学生街の喫茶店を久しぶりに訪れて、恋人と一緒だった学生時代のことを回想する。その中に、片隅で聞いていたボブ・ディラン、という歌詞が出てくる。それに続く、あの時の歌は聴こえない、の「歌」が何なのかはわからないが、もちろんボブ・ディランの歌も聞こえない。

ボブ・ディランは1963年の「風に吹かれて」で社会派のフォーク・シンガーとして一躍注目を浴びた。1965年にエレクトリック・ギターを手にロックをはじめて、フォーク・ファンから非難されたが、世間のさまざまな不条理に異を唱え、内面をみつめ続けた彼の詩的な音楽は、ビートルズやジミ・ヘンドリクスらの作品と共に、ロック変革のシンボルとなった。そのロックは60年代には、ベトナム反戦運動、黒人公民権運動、学生運動などとも共振していた。

「学生街の喫茶店」の主人公は、学生運動には関係なかったかもしれない。しかしボブ・ディランの音楽が若者の反抗のシンボルだったことは知っていて、共感ぐらいはしていた。ただ、社会人になってからは、そういうこともあまり考えなくなっている、という設定だろう。

実のところ、60年代の日本ではボブ・ディランの知名度は低かった。一般的にはせいぜい「風に吹かれて」を作ったフォークの王子様、くらいにしか知られていなかったから、ボブ・ディランの曲が流れる喫茶店など少なかった。GAROのファンには、この歌を聞いてボブ・ディランって誰?と思った人のほうが多かったのではないだろうか。この歌がヒットしはじめたとき、彼の曲が流れる喫茶店という設定は無理すぎないかと危惧したことを思い出す。

しかし、作詞者は、そんな事情は承知の上で、フィクションとしてボブ・ディランの名前を出し、別れた恋人の思い出に、音楽の思い出を加えて、主人公のせつなさに厚みを出した。おそまきながら、時代を刻印した人名の使い方としてありだったと思う。ノーベル賞をもらってからのディランだったら、こうはいかない。

この歌では、恋人と別れたのは、枯葉の舞うころと推測できる。主人公が喫茶店を再訪して、そのころのことを回想するのは、街路樹が美しい季節としか書いてないが、枯葉とは対照的に緑の季節と考えるのが、主人公の心象風景にもふさわしい気がする。

「学生街の喫茶店」がヒットしたのは、1973年の春のことだった。発売は前の年の6月だから、ヒットするまでにずいぶん時間がかかっている。しかも最初はシングル「美しすぎて」のカップリング曲だったから、自然に火がついて大ヒットした曲だ。

GAROはかまやつひろしのバック・グループとして活動を開始した。メンバーの日高富明と堀内護はグループ・サウンズ・ブーム末期の体験者。大野真澄はロック・ミュージカル『ヘアー』の出演で堀内と知り合い、3人でグループを結成した。

レパートリーの歌謡曲化にともなってグループ・サウンズが失速したことへの反省から、その次の世代のミュージシャンは洋楽色の強い音楽をめざす人が多かった。GAROはアコースティック・ギターにのせて複雑なコーラス・ハーモニーを聞かせるグループで、当時のコンサートではクロスビー・スティルス&ナッシュの曲を見事にカヴァーしていた。しかしその路線でのオリジナル曲はヒットには結びつかなかった。そこで制作側が提案したのが、外部のソングライターを起用することだった。

山上路夫はピンキーとキラーズの「恋の季節」で脚光を浴びたのに続き、「夜明けのスキャット」「翼をください」などで売れっ子のポップス系の作詞家だった。すぎやまこういちは、いまではドラゴン・クエストの音楽でおなじみだが、当時はタイガースの一連のヒット曲で知られていた。大野克夫はスパイダースのメンバーからPYGを経て作曲家に転身しようとしていた。

つまりグループ・サウンズやその周辺のポップスを支えていた人たちが、そのまま「学生街の喫茶店」で再結集したわけだ。結果は、ポップスとロックを折衷したよう作品に仕上がった。

最初にA面とされたカップリング曲「美しすぎて」も失われた恋の歌で、作詞が山上、作曲が村井邦彦、編曲が飯吉馨。村井はモップスの「朝まで待てない」、赤い鳥の「翼をください」などの作曲者で、ガロの所属レーベル、マッシュルームの創設者の一人でもあった。飯吉はジャズ・ピアニストで、編曲も手掛けていた。

飯吉は「美しすぎて」に、1970年代初頭のA&Mレーベルやバート・バカラックの音楽を参照したような編曲をほどこしている。高度に凝ったサウンドは、ヒットしなかったのも無理はないと思わせるほど、当時のポップスの常識からかけ離れた洗練ぶりだった。

「学生街の喫茶店」もストリングスや木管楽器を使ったドラマチックな編曲だったが、メロディやリズムが「美しすぎて」よりシンプルな二拍子系のぶん、ヒットしやすかったということだろう。

「学生街の喫茶店」は店のモデルがあるわけではないから、聞く人がそれぞれのイメージで聞けばいいのだが、ぼくはこの歌を聞くたび、神田の学生街を思い浮かべる。60年代に学生運動がさかんだったころ、神田の学生街がデモ隊と機動隊で埋まっているニュースを見たことがあったからだ。現在の御茶ノ水駅周辺の学生街はきれいに整備されて、明治大学のガラス張りのビルが林立し、往年の面影はほとんど残っていないが。

文 / 北中正和

GARO「学生街の喫茶店」、「美しすぎて」(アルバム『GARO 2』より)

赤い鳥「翼をください」(アルバム『GOLDEN☆BEST/赤い鳥 翼をください~竹田の子守唄』より)

今陽子とピンキーとキラーズ「恋の季節」(アルバム『今陽子とピンキーとキラーズ ハイレゾ・ベストコレクション』より)

ボブ・ディラン「風に吹かれて(BLOWIN’ IN THE WIND)」(アルバム『The Essential BOB DYLAN』より)

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