【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 19

Column

松田聖子 アルバム・アーティストとしての世界(後編)

松田聖子 アルバム・アーティストとしての世界(後編)

83年6月リリースの『ユートピア』は、水もしたたるジャケも印象的な大ヒット作。このヴィジュアル、時おり聞こえてくるキラキラしたエレピの音とも呼応する。作家陣では、作曲に甲斐祥弘、上田知華の名前がみえる。改めて聴いてみると、シングル以外にも「セイシェル…」とか、有名な曲が多いアルバムだ。素直な言葉で綴られた本人作詞の「小さなラブソング」もいい。あえて普段より“大芝居”な感じの歌い方で切なさを届ける「ハートをRock」も新鮮だった。

『ユートピア』

次の『Canary』(83年12月)は、僕自身、かなりぃ聴いたアルバムである。作家陣では林哲司(作曲)、井上鑑(作・編曲)が新たに加わった。で、このアルバムで実に新鮮だったのは、本人作曲のタイトル曲がとてもいい曲だったという事実。前作では作詞で、今回は作曲。こうやって、聖子自身が描く聖子像への期待も膨らんだ。

『Canary』

もはやジャケの彼女の背後にオーラも目視可能な『Tinker Bell』のリリースは84年の6月。打ち込み過多のニューウェイヴ・ポップ的な「密林少女(ジャングル・ガール)」は、文明社会からの決別し“森の生活”を選ぶ主人公。尾崎亜美の「いそしぎの島」やユーミンの「時間の国のアリス」に特徴的なのは、それまでの聖子ソングより、どこか“複雑化”しているところなのである。フシギ大好き、というが「80年代的特色」とするなら、それを最も体現するのがこの作品集。事実、「不思議な少年」では、“森の上”に“円盤”も呼んでしまっているのだから…。

『Tinker Bell』

正確な平均RPM値は調べてないけど、全体的にテンポアップした印象の『Windy Shadow』(84年12月)。一日の始まりに恋の出会いを感じる「マンハッタンでブレックファウスト」でスタ−ト。佐野元春作曲が2曲、矢野顕子やNOBODYの提供曲もある。注目は聖子が歌う矢野作品だ。意表を突いたサビへの立ち上がり方をみせる楽曲とも言えるが、躊躇なくそれを歌いきる。松田聖子というパブリック・イージをアウトして生身の自分を吐露するかのような「Star」にはジ−ンときちゃう。

『Windy Shadow』

『The 9th Wave』は、いったん松本隆の作詞を離れ、すべて歌詞は女性陣、銀色夏生、吉田美奈子、大貫妙子などの手による。リリースは85年6月だが、サウンドはまさにこの時期の打ち込み系。♪ドッ パパン、みたいな、ディレイの効いたドラム・サウンドが響いてる。注目は銀色夏生の参加。「Vacancy」は彼女の作詞であり、歌詞の冒頭の“なにもかもダメですね”は、これまで聖子の歌に登場した主人公とは違う話し癖の女の子を連想させた。

『The 9th Wave』

全編英語の『Sound Of My Heart』を経て、86年6月にリリ−スされたの『SUPREME』。全編作詞は松本隆が復帰し、彼がプロデュースも担当。新たに多くの作家陣を迎えている。武部聡志の腕が冴える「上海倶楽部」など、音楽的に非常に豊かさを感じる仕上がり。シンセの活用も、ここではアンビエント方面に充実だ。賛美歌風情のメロがハマった本人作曲の名作「時間旅行」を収録している。そしてもちろん「瑠璃色の地球」が、その後の彼女を大きく羽ばたかせる結果となったのはご存知の通り。“至上”という意味のこのアルバムの、テーマ曲ともいえるのが「人類愛を歌うこの楽曲」なのだと、当時、彼女自身もコメントしていた。

『seiko/sound of my heart』

『SUPREME』

さらに87年5月、作家陣にレベッカの土橋、バービーのいまみち・小室哲哉・米米CLUBなどなどの参加により完成し、リリースされたのが『Strawberry Time』。このアルバムの魅力は、結婚し母となった松田聖子がボーカリストとして新たな“軽(かろ)み”に達してるところだろう。実人生は実人生として当然あるとして、でもそれとは別に「歌声」というものの経歴は、縛られることもなく別に存在出来るのだ、ということの証明がつまり、ここで言う“軽(かろ)み”である。
 小室作曲による「Kimono Beat」が実に秀逸だ。本命の彼と、お見合いの席から映画『卒業』のように逃げ出す主人公。和装で締め付けた上半身は親の引いたレールを象徴し、はだけるkimonoの裾は本人の自由意志…。刹那なコード連鎖のようでいて、しっかり心に切なく迫る小室の作曲法が、松本の詞にぴたりとハマっている。

『Strawberry Time』

『Citron』

『Precious Moment』

80年代の松田聖子のアルバムは、後日談「続・赤いスイートピー」や、D・フォスター作曲で、まさに“アダルト”で“コンテンポラリー”な「抱いて…」を含む『Citron』(88年5月)、同時期のコンサート・ツアーとの連動も見越しつつ、本人が全曲作詞し、彼女が好む世界観というのが実によくわかる『Precious Moment』(89年12月)へと続いていく。

文 / 小貫信昭

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