Interview

松居大悟の新たな表現の形。妄想が暴走する恋愛コミック『恋と罰』

松居大悟の新たな表現の形。妄想が暴走する恋愛コミック『恋と罰』

昨夏に演出舞台『イヌの日』を上演、秋には監督映画『アズミ・ハルコは行方不明』が公開、冬にはクリープハイプやMOROHA、チャットモンチー、竹原ピストルのMVを手がけ、2017年に入り、好評を博したドラマ『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』では総合監督と脚本を務めた松居大悟。
舞台、映画、ドラマ、MVと幅広いフィールドで活躍する彼に、またひとつ、“漫画原作者”という新たな肩書きが加わった。「ずっと漫画家を志していた」という彼にとって舞台や映像ではできない、漫画でしか表現できないものとはなんだろうか。全2巻で単行本化される恋愛コミック『恋と罰』(作画・オオイシヒロト)に彼が託したものとは──?

取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 関信行


オオイシさんの絵は感情的で、文字を表情が超えてくれる

松居さんにとって、“漫画”という媒体ってどんな存在ですか?

僕の中では、何よりも自分に夢を見せてくれた、特別な存在です。漫画を読んで育ってきたから、漫画は僕の人格を形成してくれたものだと思うんですよ。映画や演劇はちゃんと見始めたりやり始めたのは大学に入ってからなので、人格形成されたあとに出会ってるもので。小中高時代は漫画家になりたいと思ってたけど、絵がヘタで(苦笑)。だから自分の中では、演劇をやったり、映像をやりながらも、漫画はつねに特別な存在としてずっとあったんですね。まあ、だからこそ、迂闊には手を出せなかったんですけど、6年前くらいにオオイシさんと一度、読み切りでタッグを組んで。

2011年に『月刊コミックゼノン』に掲載された『ゲームするしかない君へ』。

そうなんです。読み切りだったんですけど、すごく楽しかったんですよね。

そして今回、再びオオイシさんとタッグを組んだ恋愛コミック『恋と罰』はどういうところからスタートしたんですか?

元々は漫画の予定じゃなかったんです。いつもゴジゲン(松居主宰の劇団)の舞台を観に来てくれる太田出版の方が「小説を書いてみませんか?」と誘ってくださったので、書き始めてみたんですけど、これが全然書けなくて……何回か挑戦したんですけど、ストーリーも人物も動き出さなくて、これはダメだなと思って。

どうして小説は書けなかったと思います?

今までひとりでやる作業というものをあまりやってなくて。集団でものを作るほうが自分の性には合ってると感じてたので、難しいって思ったんでしょうね。そこで「漫画だったらどうですか?」って提案されたときに、「やりたい!」と素直に思って。ただ、漫画の連載として書くには、引っ張りとかも含めてわからないことも多かったんですが、「映画の台本のつもりで書いてみてください」って言われたら、書き始められて。そこから「オオイシさんともう一回一緒にやりたいです」って話して、なんとなく僕が脚本で、オオイシさんが監督するっていう感じなのかなと。

その違いってなんですか? 脚本なら書けるけど、小説にはできないっていう。

やっぱり、孤独だったからかな。どこに向けて描いていいかわからなかったんですよね。演劇だったら役者、映画だったらプロデューサーとか、最初に本を受け止めてくれる人というか……漫画原作だったら、作画にオオイシさんが待ってるっていうことで書けて。本当に映画の本として作っている感覚で、その脚本を編集者の方とオオイシさんで1話ごとに割ってもらったっていう感じでした。

どうして恋愛ものでした? 漫画であれば、ギャグでも、SFでもなんでもありですよね。

たしかに。どうしてなんだろう……。最初に小説で書こうとしていたのは、自意識過剰な中学生の話だったんですよ。映画『トゥルーマン・ショー』みたいものを描きたいって思ってたんですけど、それがうまくできずにいて。でも、ギャグとかをやろうとは思ってなかったですね。オオイシさんと組むって決まった時点でそうならないし、前に一緒にやったときに、オオイシさんの絵が感情的で、文字を表情が超えてくれるっていう力を感じて、それが好きだったんですよね。うーん、最初の着想はなんだったっけな……?

じゃあ、ちょっとゆっくりと思い出してもらいたいんですが、映画の脚本として漫画原作を書き始めたのはいつ頃ですか?

書き出したのは4年前くらいですね。2013年くらい。女性がわからない、女性を描きたいって思っていた、僕にとっては一番の女性モード期というか。

『アフロ田中』『男子高校生の日常』『スイートプールサイド』の(勝手に)童貞3部作を撮り終えたところですね。まだ『ワンダフルワールドエンド』『私たちのハァハァ』『アズミ・ハルコは行方不明』のガールズムービー3部作を撮る前の期間。

ちょうどその間ですね。なんとなく、片想いが度を超したときっていうものを考えていて。片想いをしていて、相手そのものというよりも、自分にとっての好きな相手像が育ちすぎて、それを相手に押し付けてしまうというか、自分色に染めるみたいな作業に共感できる部分があるなと思って。その究極って、何色にも染まってない子供だよなとか。そういうことを考えながら、最初は、すごく遠い存在に対して一目惚れするのがいいなと思ったんですよね。みんなもあると思うんですけど、いつも同じ時間に乗る電車で見かける子とか、近所の道ですれ違う子とか、いつも行くラーメン屋にいる子とか、そういう片想いっていいなと思って。そこから、片想いの妄想が爆発していって。健全な片想いの話はほかにたくさんあるから、健全じゃないやつがいいなと、自分の片想いを押しつける相手も、別の人に片想いの妄想を炸裂させていくという、妄想炸裂片想い話にしようって思ったんです。

主人公は塾講師の百合子(ユリコ)になってます。

昔、劇団を手伝ってくれていた女友達がいて。その子が塾講師で、その話が面白かったんですよね。塾で試験官をしてるときに、ふと気がついたら、気になる子供の似顔絵を描いていたとか。それは犯罪だなって思いながらも、ちょっと救いになっていたりとか。その子の話を聞いていくなかで、キャラがどんどん強くなっていって。たぶん、映画や舞台よりも、キャラが立っていたんですよね。もしかしたら、それが漫画にして良かったことかなって思います。

ほかにも、映像や舞台ではできない表現を感じた部分は何かありました?

オオイシさんともずっと話してたんですよ。ほかではできない、漫画でしかできない表現をしようって。オオイシさんからは「相手のことしか見えてない恋心を漫画にするとしたら、相手だけが実態としてあって、それ以外の人は全部シルエットになってるのはどうか?」って言われて。自分の中ではそれが腑に落ちて。

このアイデアは斬新ですよね。百合子が恋をしているラーメン屋さんの青年・順の視点になると、その百合子もシルエットでモブになってるっていう。

すごい痺れますよね。あとは、手にとって自分のスピードで、ペースで読めるっていうこともそう。ちょっとわからなかったら、戻ったりすることって、映画でも演劇でもできないですよね。だから、情報量が過剰に多いところもあえて作って。妄想を爆発してる人物たちに対して、俯瞰して読んでる人は軽くページをめくるだろうし、全部を追いたい人は細かいところまで読むだろうし。読む人によって濃度が違っていいかなっていうのは、考えてましたね。

主人公の視点がどんどん変わっていくのも最初から?

最初からでした。ただ最初は、各世代の男女って設定にしてましたね。30代女子が20代男子を愛してて、20代男子が10代女子を愛してて、10代女子が40代男性と不倫してるみたいな。ただ、描いていくうちに、もうちょっと周りが見えてないほうがいいなと思って、あえていびつにしました。

根底に流れているテーマはこれまでの映画や舞台とも近いですよね。

周りの人は間違ってるって言うけど、自分にとっては正しいっていうところですかね。

特にこだわったセリフはありますか?

最後の文字校までずっと悩んでたのは、<こんな罰あるかよ>っていうところですね。いろいろ書いたけど、なかなか答えが見つからずにいて。何度も変えて、最後に「タイトルがこうだから、こうしよう!」ってなったんですけど。

そのタイトルにはどんな想いを込めました?

これ、オオイシさんが決めてくれたんです。僕、ずっとタイトルが決められなくて。何個か案を出したんですけど、ハマらなかったんですよね。それで、作業途中にオオイシさんから「単行本装丁案を作ってみました」と装丁案をいただいた中に“恋と罰”って描いていたのが、いいなって思って。装丁から決まったみたいな、感じなんです(笑)。

記号の“×”も効果的に使われてますが、原作者としてはどんな意味のあるタイトルだと感じてます?

うーん……結局は、周りの人が与えている罰ですよね。それは違うでしょっていう、批判の罰。でも、罰の向こう側があるんじゃないかなって思うし、僕は周りがどう思ってもそんなの関係ないじゃんって思うんですよね。

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