【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 20

Column

小室哲哉① 彼の出世作「My Revolution」は、誰でも歌える易しいサビにこそ“革命”が…。

小室哲哉① 彼の出世作「My Revolution」は、誰でも歌える易しいサビにこそ“革命”が…。

松田聖子の次が小室哲哉というのは、脈略なさ過ぎのようでいて、実は僕が大好きな「Kimono Beat」の作曲は小室であり、彼の作家としての出世作である渡辺美里の「My Revolution」の編曲は、聖子と縁の深い大村雅朗だったりもして、実は大いに繋がっているのである。

こうした名前は“80年代”という時代の中で、気づけば“繋がっていた”とも言える。あの頃は、今と違って音楽シ−ンの中にいくつか“メッカ”が存在した。まさに聖子がそうであり、彼女のプロジェクトに関わることは憧れであり名誉でもあったのだ。そこには自ずと、多くの才能が集まった。

小室自身、彼女への楽曲提供は「作家としては勲章」だったと回想している。ただ残念ながら、彼の作品はアルバムの一曲にとどまり、シングル・ヒットとまではいかなかった。同時期、シングル曲に選ばれたのはレベッカの土橋安騎夫の作品であった(「Strawberry Time」)。小室はこの結果に「悔しさを感じた」そうだが、しかしそれもバネとなり、その後、音楽シ−ンの常識を塗り替えるほどの大活躍をするのである。

彼がTM NETWORKのメンバ−としてデビューしたのは1984年の4月。しかしこの三人組がブレイクを果たすのは、もう少し後のこと。ご存知の方も多いと思うが、まずは小室は「My Revolution」の作曲者として注目される。ちなみに作詞は川村真澄で、編曲は前述のとおり大村雅朗。改めて書くまでもなく、今も幅白い年齢層から支持されるJ-POPの大スタンダードである。改めて紹介する必要も無いけど、渡辺美里は今も、この作品を大切に歌い続けている。実はこれを執筆している日時を前後して、僕は久しぶりに、生で彼女の歌を聴く予定である。

音源を久しぶりに聴いてみる。奮発して(?)ハイレゾをダウンロードしてみた。そしてそのサウンドは…、と、行く前に、川村真澄の詞が、あまりにも素晴らしいのでそのことから…。

自己啓発という言葉ほど手垢が付いてしまったものもないけど、純粋な意味で「My Revolution」は、その類いの歌だ。でも自分のなかに“革命”を起こすためには、前段階として「孤独」と付き合ってみることも大切だという事実を、実に解りやすく描いているのがこの作品だ。ここで安易に“頑張って!”を連発する励ましソングのご厄介になっちゃダメである。我慢して孤独に堪えて、自分が人生の芳醇に向けての発酵を果たすのを待つ。

この歌に出てくる「君」は、この話の行きがかり上、“もうひとりの自分”と解釈するのがイイ。もちろん、“出会うことが出来た誰かさん”と受け取れないこともないのだが、この歌の登場人物をあまり増やしたくない。個人的に好きなのは、“交差点”では駆け出すが手を振る際には“キュンとくる”といった、映像にしたら1・5倍速で言葉を並べたかのような表現である。毎分ごとに、いちいちドラマチック。そんな青春のリアルさが伝わってくる。全体に、実景と心象がスピ−ディに組み合わさって展開するあたりもお見事である。
 
お待たせしました。曲はどうだろうか。イントロから実に印象的である。そこに被さるAメロへの露払い太刀持ちのようなコーラスは、渡辺美里のアイデアという話を聞いたことがある。のちに“転調マジック”とよばれる小室独自の意匠も、既にこの時点で輝きを得ている。そして盛り上がりどころ…。“♪癒やすも〜のさぁ〜”のあとに注目しよう。ここでサビへとさらに上昇する気配だけど、“♪わかり始めたぁ〜”からは、やや高度を下げての水平飛行といった塩梅なのである。ここはポイントだろう。

原曲のアレンジは、ここで男性コーラスが聞こえてくる(シンセ類の闊達な音色に埋もれ、あまり目立たないが…)。どういう効果があるのか? つまり、主人公の女の子がそれまで自分の胸の内で発酵させてきた“My Revolution”という自己啓発が独り占めされず、みんなで分かち合えるような雰囲気へと拓かれていく。このあたりの流れ…。実によく出来た歌だなぁと思う。

少し前に出たぴあMOOK『小室哲哉ぴあ TK編』のなかで、作曲者本人がこの曲に関して詳細にコメントしているのだが、そもそも彼は、「声を揃えて歌いたくなる」ものを目指したらしい。さらに興味深いことに、「ディオンヌ・ワーウィックの“ハートブレイカー”にインスパイアされた」という記述もある(取材・文はふくりゅう氏)。このディオンヌの大ヒット曲は、多くの方々が一度は耳にしたことがあると思うが、僕はこのふたつの曲が繋がっていたなんて、思ってもみなかった。

これはあくまで僕の耳にはそう聞こえる…、ということだけど、ディオンヌのサビの“ぬにゃらちゃららら“♪ハーッ ブレィカァ〜”のところが、美里の“♪らららちゃらら“マ〜ィ レボリュ〜ション”と、なんか緩急の付けどころの雰囲気としては似てなくもない。まあこれ、意識的に聴くとそんな風に思える、ということで、そもそも両者が全体的に似てるわけじゃなく、まさに小室本人が言う通り、インスパイアされた、ということなのだろう。ちなみにディオンヌのヒットは1982年のこと。「そんな入口から3年がかりで作った曲」が「My Revolution」なのだと彼は語っている。

時代背景を書けば、「My Revolution」がリリースされたのは1986年1月。ちなみにこの年に、「バブル経済」が始まったとされる。となると、この歌に潜むバブル的な要素がもしあるなら、改めてその匂いも、嗅いでみたい。あの頃は…。僕は社会人としてバッチリ経験してる筈だが、だからといって日本中が映画「バブルへGO!!」のワン・シーンのように、金満で快楽的な人達に埋め尽くされてたわけではない。そういうヒトも一部には居たが、大方はあくまでその“気分”を味わったに過ぎない。

でも改めて「My Revolution」だが、ある部分、“バブル”的と言えなくもない。なによりタイトル。うら若き渡辺美里という女の子が“革命”だなんて、ちょっとそれは大袈裟なのでは…、と、70年代だったら却下されたかもしれないのだ。しかし80年代というのは、ちょっと大袈裟なくらいのほうが時代に合ったポップなものとして響いた(当時の若者ファッションも肩パットの入ったジャケットなど大袈裟がヨシとされた)。

さらに楽曲にも言えるかもしれない。曲中に、それまでの日本のポップスより大胆な転調が仕掛けられていることを、マニアックなファン層ではなく一般大衆が歓迎したのは、まさに時代の気分でもあったかもしれない。時代の気分なんていう便利過ぎる言葉に、今どき、どれだけ説得力があるのかは分からないが…。

文 / 小貫信昭

vol.19
vol.20
vol.21

編集部のおすすめ