映画『光』特集  vol. 1

Interview

映画『光』は永瀬正敏にとって、「演じる」ことを見つめ直す現場だった

映画『光』は永瀬正敏にとって、「演じる」ことを見つめ直す現場だった

河瀨直美監督の最新作『光』で、次第に視力を奪われてゆくカメラマン・雅哉をあたかも実在する人物のような生々しさで体現しているのが、永瀬正敏さん。1983年のデビュー以来、人々の記憶に残る鮮烈な「生」をスクリーンに刻み続け、河瀨監督の前作『あん』でも主役の千太郎を圧倒的な存在感で体現し、河瀨監督の絶対的信頼を得ている彼に『光』と河瀨作品への思い、「演じること」について話を聞いた。

取材・文 / 井口啓子 撮影 / 森崎純子
スタイリスト / 渡辺康裕 ヘアメイク / 勇見勝彦(THYMON Inc.)


視覚障碍という役との向き合うこと

『光』拝見しました。永瀬さん演じる雅哉が、本当に弱視のカメラマンにしか見えなくて。今もどこかで生きてるような生々しさがあって、こうして永瀬さんにお会いしても不思議な感じがするほどです。

ありがとうございます。自分では全然客観的に見れてないんですよ。いつもそうではあるんですけど、河瀨監督の作品は特にそうで。いまだに当時感じたいろんなことが思い返されて、それが僕の気持ちなのか、雅哉の気持ちなのか、ちょっとわからなくなる感じがあって……。どんな作品でもそうでなきゃダメなんですけどね。でも、河瀨さんの現場はやっぱり特別で、だから役について喋るのが難しいんですけど……。

ちょうど先ほど河瀨監督に話を伺いまして。そもそも河瀨さんは『あん』を撮り終えた直後から、次も永瀬さんに…… と考えていたそうですが、永瀬さんとしてもぜひという思いで?

もちろんもちろん。僕も前作の『あん』でカンヌに行ったとき、外人のジャーナリストの方々に「ぜひまたすぐお願いしたいです」って宣言していたので。でも、この業界はなんかやりましょうって話になっても、そこで終わっちゃうことが多いので、口約束だけじゃなかったのが、すごく嬉しかったですね。

映画「光」より ©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

今回演じられた雅哉は、弱視のカメラマンで徐々に目が見えなくなってゆくという、かなり難しい役どころだったと思うのですが、役づくりはどのようにされて行ったのでしょう?

撮影の2週間とか20日前ぐらいから奈良に住んで、作中に出てくる雅哉の部屋で実際に生活していたんですけど、そこからさらに遡ること1ヵ月前ぐらいに、いろんな視覚障碍者の方にお会いして。一緒にごはんを食べたり、ご自宅におじゃましたりして、お話を聞いて……。そこからですかね、気持ちの持っていき方を変えたのは。

実際に視覚障碍者の方に話を聞かれたのは、やはり想像だけでは作れないものを求めて?

そうですね。目が少しずつ見えなくなってゆくって恐怖でしかないし、ただその気持ちっていうのは、自分の想像を絶するものがあるのはずだと……。話を聞いた皆さんがおっしゃったのが、この『光』で描かれてる雅哉に当たる、目が見えなくなってゆく時期がいちばん辛かったと。突然、目が霞んで見えなくなって、あなたはいま弱視状態でいずれ視力を失ってしまうと宣言されて、でも薬は処方されるから奇跡が起こるんじゃないかと希望を持つんだけど、朝起きると一人ではトイレも行けないような状態が続いて……。しかも、雅哉は写真という目が見えることを前提にしたことを生き甲斐にしてきた人間で、そんな雅哉と似たような状況の、目が見えなくなるまでは絵を描いてた方とか、キュレーターを目指されてた方に今回話を伺うことができて。彼らがどんな気持ちで生きていたかということを、ご本人の口から直接聞くという体験は、なんというか…。僕自身それでも目は見えてるわけで、彼らの気持ちを100%理解できるとは到底言えないんですけど、自分に様々な足枷をかけてできる限り近づきたいと。皆さんが思いを託してくださったので。

雅哉の部屋の時計が止まっているという設定は、実際に永瀬さんが会った視覚障碍者の方の家がそうだったと伺いましたが、あれは想像では出てこないリアリティですよね。

ご自宅と仕事部屋も見せていただいて、これが昔描いた絵ですとか、ものがある場所も全部把握されてるんですけど、唯一、時計が止まってることはわからない。全ての部屋に置いてある時計がそれぞれ違った時間で時を止めていたんです…それが切なくて切なくて……。視力を失うという現実を目の当たりにした気がして……。あと、一緒にお蕎麦を食べに行ったんですけど、お蕎麦をすくって、何度も何度も重さを確認して口に持っていかれるんですけど、箸にはなにも入っていない時もあって。口に持っていって、初めて、あ、入ってないって気付かれてまたすくって。それを傍らで見ていて、どうしたものか……って。大丈夫ですか? っていうのも違う気がするし、なにも言えなかった。すごく心に刺さることが沢山あったので、皆さんの気持ちに、思いに、極力噓を付かないようにしようと思って、現場に入りました。

“人を演じる”ということを見つめ直せる有難い現場

そういう重みに加えて、今回は河瀨作品ということで、やはり他の映画の現場とは違うことがいろいろあったと思うんですが……。

違いますね。普段やっているお芝居をしちゃうと、監督にバレちゃうんですよ。「永瀬正敏が演じる雅哉」を演じてしまうと「いまの“お芝居”やったな」って、スッパリ見透かされて、また朝起きたとこから始まる(笑)。それが他の現場では求められることだったりもするんですよ。例えば、実際に人を殺すなんてことはできないわけですから、そういう“お芝居”をしなきゃいけない映画もある。でも、河瀨さんが描きたい世界はそうではないので、そこに“お芝居”を乗っけちゃうとダメになる。
ただ、雅哉として発したものはすべて受け入れてくれるので、ちょっとセリフが違ってしまったとか、台本にはその場にいるって書いてあるけど立ち去ってしまったりしても、雅哉がそう思ったならオッケー。そういうところが監督は広いんですよ。もちろん台本にはセリフやシチュエーションもちゃんと書いてあるんですけど、映画ってそこだけの世界ではないということですよね。

なるほど。河瀨監督は「時間の積み重ね」ということをおっしゃっていましたが、台本で描かれているのはごく限られた時間の出来事でも、そこには雅哉が積み重ねてきた人生があるはずだという……。

そうなんです。「人を演じる」っていうことにおいては、きっとそこが大事なんだろうなって。だから河瀨さんの現場では、その役が積み重ねてきた時間を追体験するために映画には出てこないですが、過去を含め様々なことを雅哉として経験させていただける。撮影の前から雅哉の部屋に住んでくれってことになるんですが、それも最初から出来上がった部屋に、ただ住んでくれってことではない。
変な話、河瀨さんの現場では、歯ブラシとかも自分で選んでいいんですよ。弱視だとこの色の歯ブラシは見えにくいからこれにしようとか、コーヒーメーカーはこっちだったら取りにくいはずだから、こういう開きのものにしようとか、今回は弱視のゴーグルをつけてずっと生活してたんですけど、装着すると机と床が同じ木目だと境目がわからなかったりするんですよ。コップを置こうとして床に落としてしまう。そうすると雅哉は生活しにくいはずだから、美術さんに天板の色を変えてもらったり…。撮影の前に「弱視の雅哉」として部屋を作り上げて、その中に埋もれて生活ができる。また雅哉の生活範囲を事前に何度も歩いて、その街で買い物や色々出かけたり、一から生活して雅哉として血液を入れ替える時間をいただける。それが「役を積む」ってことになるんですよね。

映画「光」より ©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

いや、非常に贅沢な環境ではありますが、カメラが廻ってない時も会話や行動を制限されたり、ハードな部分もあると聞きましたが……。

そうですね。ただ監督はその人物(役)を守ってくれているんです。役柄になった上での会話は自由なんですが、役者同士が個人的な会話をしたり、スタッフの皆さんと雑談することもほとんどない、役として生きる時間が途切れてしまうからです。だから撮影中はプライベートはない。その期間は100%身を委ねます。僕の仕事は人を演じる仕事なので、人の一生なり、半生なりを演じるってことは、そこまでやって当たり前のことだとは思うんですけど、でも実際なかなか実践するのは難しいことでもある。普通だと、よーいスタートがかかってカットまでが演技で、その後ぱっと切り替えてリラックスして、また次のシーンに向かって行くところを、河瀨監督の現場では、いつ撮られているかわからないので(*河瀨作品の現場は「よーいスタート」や「カット」が掛からない)。リハーサルもほぼありません。最初から本番です。ある意味監督は演者を信じていてくれるって事ですよね。だからカメラが廻ってないときも、僕は撮影中も雅哉の家に住んでいたので、寝起きからずっと雅哉のままでいるんです。自然にそうなるんですよね。

演じている本人ですら虚実の境目がわからなくなる…。想像を絶する現場ですね。好き嫌いはあるとして、そういう現場は他にないと思うのですが……。 

ほぼないと思います。だいたい河瀨さんの映画は順撮りで、シーン1とシーン72は作品の中では離れてるけど、場所は一緒だから、まとめて撮った方が効率がいい、っていうのが普通のやり方ですけど、河瀨監督はそうじゃなく、ちゃんと日を分けて、流れで撮っていただける。その環境をつくるために、どれだけの思いをされているかは僕らには決して感じさせないように振る舞われていますけど、それは本当に大変なことだと思いますね、色んな事情がありますから。役者としては本当にありがたい現場だと思います。役者を生業にしている人は、一回でいいから河瀨組をやった方がいいと思います。自分にとっての、“人を演じる”ということを、見つめられますね。

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