黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 4

Interview

FF生みの親、坂口氏(中)「ファイナル」ファンタジーではなかった!?「FF」と「スクウェア」の物語

FF生みの親、坂口氏(中)「ファイナル」ファンタジーではなかった!?「FF」と「スクウェア」の物語

ファイナルではなかったファイナルファンタジー

青春ですね。そんな中、『ファイナルファンタジー』(以下『FF』)シリーズの開発が始まるわけですが、『ドラゴンクエスト』(以下『ドラクエ』)を打倒するため。もしくは『ドラクエ』に一泡吹かせるために『FF』という世界観を作られたとおっしゃっていましたよね。

坂口 PC時代にRPGを作っていて、しかも『ウィザードリィ』や『ウルティマ』が大好きでやり込んでいたわけですが、当時のファミコンはセーブできなかったですからね。RPGは無理だろうと考えていたんです。いちいちゲームをアタマからやるとかありえないですからね…。

そうですね。

坂口 それで、あきらめていたところに『ドラクエ』が復活の呪文でやってきたから、これは発明だと思って…というか、ちょっと悔しい思いもありましたよね。自分たちでもRPGを作れたのに、アタマから出来ないと決めてかかったがために先を越されて、向こうはいきなり……もちろん鳥山明さんのキャラクターイラストなどの存在も大きかったと思いますが、大ヒットしたわけじゃないですか。 そういういろいろな悔しさが重なって。やっぱり僕らもRPGを作ろうよって。そういう気運ですよね。もちろん、『ドラクエ』をいきなり超えるなんて無理だとは思っていましたよ。向こうは週刊少年ジャンプ(以下「ジャンプ」)がバックについていて、鳥山明さんが参加しているわけですからね。でも、いつか並べるような。できたら超えられるようになりたいよねっていう。目標としては一番分かりやすいですからね。

これを最後に辞めようくらいの気持ちだったから「ファイナル」と命名したと言われていますが、これは本当なんですか?

坂口 いやいや、全然違います。だって最初のタイトル候補は『ファイティングファンタジー』だったんですから。まず『ドラクエ』と差別化したいっていう気持ちがあったんですよ。『ドラゴンクエスト』は略して『ドラクエ』でした。僕らは略した時に別のやり方にしたかったんです。で、 アルファベットにしょうと。略し方すら変えたかったんですね。だから「ファイファン」と言われたのには、かなり違和感がありました(笑)

そんなこだわりがあったんですね。

坂口 『ドラクエ』と同じことは一切やらないっていうのがコンセプトでしたからね。じゃあアルファベットで何がいいかとなったとき「DD(ディーディー)」とかだと読みづらいじゃないですか。それで、「FF(エフエフ)」がいいんじゃないかと。「FF」ってF1っぽくて何かちょっとかっこいいねって。

で、「FF」になるワード探しから始まったんです。片一方は「ファンタジー」でいいねとなったんですけど、これも最初はいろいろありましてね。というのも当時のアメリカではアダルト系ゲームに「ファンタジー」とついていることが多かったんですよ。「何とかファンタシィ」みたいなね。

そうなんですか?

坂口 そうなんですよ。「坂口バカなんじゃないの?」「センスない 」って言われましたから。まあでも最終的には「いいよもう、“ファンタジー”で!」となったんですけどね(笑)。で、もう片一方は最初「ファイティング」だったんです。でも、海外に「ファイティングファンタジー」っていうボードゲームがすでにあって、商標を取られちゃっていたんですよ。それで、「どうする?」、「“ファイナル”でいいんじゃない?」と。そういう経緯です。単に「FF」になるようにしたかっただけです。

ええ~、でも世間の人は……。

坂口 だから社名の「スクウェア」の由来と一緒です。すべて後付け。とはいってもプロジェクトが背水の陣的だったのも確かです。だから、エピソードになりやすいんでしょうね。「なるほど~」ってなるじゃないですか。僕は「そうじゃない」っていろんなところで言っているんです。この「ファイティングファンタジー」の話も何回かしているんですけど、なかなか広まってくれない(笑)

世界観を創ることの面白さと何かが降ってくる瞬間

以前に黒川塾にゲストでお越しいただいたときに、「世界観を作るのが面白い」とおっしゃっていましたが、それは今でも変わらないですか。

坂口 自分が作ったゲームを実際にプレイしているとき、いい意味で「あれ? ちょっとやれちゃったかもしれない」っていう瞬間があるんですよ。「いけてるん じゃない?」と思えるというか、何か降ってくる瞬間があるんですけど、たいていそれはキャラクターとかシナリオとか世界観絡みのものが、システムと合致してうまく流れたときです。多分、自分は世界観とかシナリオがないと、そういった瞬間を感じられないタイプだと思いますね。実際、アクションゲームとかだと、あまり感じられないですから。そこのカンがないというか、「これだ」と思える感性がないというのかな。だから、いいアクションゲームを作れないんでしょうね。好きっていうよりも多分自分のタイプがそっちなんですよ。

文学的と言うと差しさわりあるかもしれないですが、やはり自分の世界観の中ですべてを完結させたいという思いがすごく強いんでしょうか?

 

坂口 単にシナリオが良ければいいという問題ではないんですよ。なんていうのかな。それまではただのグラフィクスとシステムのかたまりだったのに 、シナリオと融合した瞬間に画面の中でキャラクターに魂が宿るんですよ。何かこう自分の手を離れてゲーム世界が息づき出す というか。

命が灯るみたいな。

坂口 そうですね。そこが楽しいんです。そこを目安にしているから、どうしても世界観とかシナリオがプログラムと美しく共存する状態じゃないとだめなんです。ユーザーもそうなればなるほど、「いや、なんかこのキャラクター好きです」みたいにのめり込んでくれます。ここがヒットするかどうか分岐点な気がします。もちろん、そんな瞬間はそう簡単には降ってはこないですよ、 システムがジャマをしてなかなかのめりこめなかったりすることも多々あります。

坂口博信的ディープラーニング考察とその可能性

ゲームの作り方でいうと、今AIがすごく注目されていますよね。スクウェア・エニックスさんもかなり研究していて、ゲームの中に取り込んでいますが、坂口さんが作られているゲームでも、自分が操っている主人公が独自のAI的な思考を持ったり動いたりしていくのでしょうか?

坂口 AIっていうのは使いようなので……過去の事例をディープラーニング(注15)みたいにわーっと調べてやらせると人を超えるような……将棋とかそうですよね。人が差さないような手を打ったりしてくる。そこに面白さが存在するので、要所要所で使えば面白いと思います。だけど、システムと融合したようなゲームシナリオの場合は、このタイミングで、たまたま何か……例えば成長曲線が何かのミスでカクっとなっちゃっていたのが、あるシナリオイベントと重なって「あれっ、これ良くない?」とか、そんな意外なことで大きく変化するので、なかなか難しいかもしれません。

注15)人工知能を活用したコンピューターによる機械学習技術のひとつ。

なるほど、確かに。

坂口 ホントにディープラーニング的なものでとことん掘り下げていけばやれるのかもしれませんが、どうなんでしょうね。
ディープラーニングするには事例が千差万別の条件だし。そこまではまだいけないんじゃないかな。そういう意味では人間が関わらないと作れない、人間を感動させるものってのはまだまだ存在していて、将来的には分からないですが、今のところAIは限定的にうまく使うべきものって気がします。でも逆に、無理やりそういった人の感情をどう動かすかって事例もディープラーニングしていったら、人の心の動きとかが、今までの心理学を超えた論理体型で説明できるようになったりするのかもしれませんね。そうなったら面白いですね。「もっとも『人』を理解するのは『AI』である」みたいな。

< 1 2 3 4 >
vol.3
vol.4
vol.5