黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 4

Interview

FF生みの親、坂口氏(下)ゲーム開発、再び。見つからないものを、見つけるために。

FF生みの親、坂口氏(下)ゲーム開発、再び。見つからないものを、見つけるために。

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。 今回のゲストは、ご存じRPGの傑作、ファイナルファンタジーの生みの親、坂口博信氏です。

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの最終回です。第1回(上)第2回(中)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


終わらせないといけないプロジェクトもある

(写真は2003年)

映画『ファイナルファンタジー』についてうかがいたいと思います。以前、後半の急速な展開について、なぜこうなったのかとお尋ねしたら「それは終わらせないといけないから」と、答えられていたのですが本当にそれだけですか?

坂口 いや、本当にあのままだと終わらなかったですよ。プロジェクトって永久ループに入るときがあって、そうなるとほっといたら多分終わらないです。そういうのって世の中にいっぱいありますよ。そういうときって思考を変えて無理にでも終わらせないと、みんな不幸になりますから。僕の映画もそこに尽きます。もちろん、そういう状況に入っちゃったっていうところは問題だったと思いますよ。プロジェクトとして無理をしすぎたっていうのもあったかもしれませんね。リアルを求めすぎたというか、やはり当時のマシンパワーだとなかなかね。1枚レンダリングするのにどれだけ時間がかかるんだって。

では、映画から得た経験とか反省みたいなものはありますか?

坂口 特にないですね。よく「あなたは早すぎる」とか、「もうちょっとゆっくりじっくりやればいいじゃない」と言う人もいるんだけど、僕がやってうまくいったものも同じノリでしたから。やったことが全部成功するハズはないし、そうやってパッと思いついたら動いちゃうのが自分だとも思っていますので。そこは別に変える気もないし、反省する気もないっていうか。確かに、「これなんかいけるんじゃない?」と思って反射的に動くと失敗することが多いんですけど、その行動力を失ったら終わりかなとも思っているんですよ。

でも、僕はあの映画を何回か観ていますけど、あの時代に日本人のゲームクリエイターが映画監督として、あのクオリティの作品を作って世界に問うたというのは改めて評価されるべきなんじゃないかと思うんです。

坂口 どうなんでしょうね。ただ、あそこから巣立ってハリウッドで活躍している連中がいて、そいつらと会うと一応礼は言われるんですよ。あれがなければ今のハリウッドに出ている日本人たちはこれほどはいなかったって。でも、プロジェクトとしてはうまくいかなかったですから、僕としてはそのことを声を大にして言う気もないし、良かったねってくらいですよね。まあ、それくらいの副産物がないとね。何もないじゃ、ちょっとさみしいですよね。

その後、『FFXI』を最後にスクウェアを退任されるわけですけど、そのときは何かご自身の中で感慨みたいなものはありましたか?

坂口 もう株主総会に出なくていいんだって(笑)。取締会出なくてもいいし、春になったら査定会議で1カ月潰れることもないんだと。いやぁ、だって会社の経営方針について会議で怒鳴りたてていたら、その日1日クリエイティブなことはできないですよ。

そういうのはイヤでしたか。やはりクリエイティブに専念したいと?

坂口 自分の時間の使い方が間違っているなと思っていましたね。ゲーム作りが好きでこの道を選んだはずなのに。でも、そうはいってもスクウェアという組織も大事だから経営会議になれば言うべきことは言うじゃないですか。なんでそこまでデジキューブ(注18)に肩入れしなきゃいけないんですか……みたいな(大笑)。

注18)1996年にスクウェアがコンビニでのゲームソフト販売や攻略本の出版事業などを主目的に立ち上げた関連会社。インタビュー取材者の黒川文雄が役員として所属していた。

おっしゃるとおりですよね、その通りです。この部分はカットせず残しておきますね(笑)。

坂口 残さないでいいよー(笑)。いや、理屈としては分かるんですよ? 流通もある程度抑えることでスクウェアグループとして利益を上げていくんだと。でも、そのために開発チームにしわ寄せがきて、製品が劣化するんだったら僕はやっぱり許せない。ユーザーが面白いって言ってくれるから売れる。だから、流通でも儲かるわけでしょ? 自分としても負けられない一線があったので「ギャーッ」ってなるじゃないですか。年がら年中そんなことをやっていたら、もう(ゲームを)作っているヒマなんか無くなりますよね。それで、気が付くと自分が任せていたプロジェクトが、なんか僕が思っているものとは違うものになっているんですよ。なんでそれそうなった、みたいな。

やっぱり現場でもそういうことが起こりつつあったわけですか。

坂口 クリエイターはそれぞれ志向が違いますよね。僕と同じ志向をする必要はないし、その人の感性で作るべきだと思います ただ、僕としてはこういうノリにしたかったなというのがあって。自分が現場から離れることによって作品が違う方向にいっちゃうのは寂しかったです。 そういうことを感じるようになったらもう自分の作品ではないですよね。自分では何も作っていないに等しい。こりゃいけないなと思ってました。僕はビジネスマンじゃないし、そういう経営的なことをやりたかったわけでもないですから。

死んだら遺骨はハワイの海で散骨してほしい

そのあと3年間はあまり何もしなかったとおっしゃっていましたが。

坂口 そうですね。ずっとハワイでブラブラしていましたね。

そもそも、なぜハワイに住もうと思われたんですか?

坂口 初めてあの地に立った瞬間、「ここだ」って思ったんですよ。あの地磁気と風、湿気、あと人の優しさ。それは今でも変わらないです。遺言にもちゃんと「骨はハワイの海にまけ」と書いてありますから。絶対、日本に持っていくなって。

そこまでですか!?

坂口 ヤダヤダヤダ、日本になんか絶対埋められたくない。これはしょうがないんです、本能の問題。人それぞれですよ。ハワイ大嫌いっていう人もいますからね。閉じ込められているみたいだって言って。

まあ、島ですからね。そういう人もいると思います。

坂口 あそこは特殊なんですよ。ハワイ列島は噴火がずっと続いているエリアで、海底火山が噴火して大きくなって島になるっていうのが西から順番に続いている。で、今はハワイ島が一番東だけど、未来にはさらに東にまた島ができるそうです。そんな地域だからちょっと何かが違う。たとえば地磁気とかも違うんですよ。ブラウン管の頃なんてハワイ仕様とかありましたから。

そんなに影響があるんですか。

坂口 そうですよ。今は液晶だからないですけど、ブラウン管って磁石を近くに置いたら画面が緑色になっていたじゃないですか。ハワイでは普通に置いているだけでもそうなっちゃうんですよ。だから、ハワイ仕様っていうのがあったんです。そのくらい地磁気が違っていて、常にそれを浴びているはずなんです。風も湿気も光も違うしね。いや、だからそれを感じ取っちゃうと、あそこ以外の場所はないって感じですよね。

厄年は何もしないのが一番いい

結局、3年間ずっとハワイにいたわけですが、「そろそろ何かやらないと」という気にはなりませんでしたか。

坂口 ちょうど厄年だったんですよね。前厄、本厄、後厄。あとから聞いた話なんですが、厄年はできれば何もしないのが一番いいらしいですよ。

それは坂口さんだからできたんじゃないですか?

坂口 いや、たまたまです。本当はなにかやるべきだったんですが、なんだか休養期間になってしまいました。

ところで、東京とハワイを往復されるのって大変じゃないですか?

坂口 それは慣れですよ。ジェット気流が強くなる冬場だと日本からハワイまで5時間半くらいですし、あっという間ですから慣れちゃえば全然。飛行機に乗っている間に仕事もできるし、映画観たり本読んでもいいし。それはそれで貴重な時間です。

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