黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 4

Interview

FF生みの親、坂口氏(下)ゲーム開発、再び。見つからないものを、見つけるために。

FF生みの親、坂口氏(下)ゲーム開発、再び。見つからないものを、見つけるために。

『ブルードラゴン』、『ロストオデッセイ』の開発の背景

後厄が終わったあと仕事を再開されて『ブルードラゴン』、『ロストオデッセイ』を作られたわけですが、この頃は中山隼雄さん(注19)と組まれていたんですよね。

坂口 最終的にはそうですね。

注19)元セガ・エンタープライゼス社長。セガの海外進出を推進し、任天堂に対抗した。

坂口さんと中山さんという、その当時で言えば非常にエッジの立った組み合わせですけど組んでみていかがでしたか?

坂口 いや、それはちょっと違っていて、最初はマイクロソフトと組んだんですよ。マイクロソフト内に川井(博司)君(注20)っていう『FFVII』のプログラマーがいたんですよ。その子はMIT(マサチューセッツ工科大学)の学生だったんですけど、スクウェア時代に僕がボストンまで行ってリクルートしたんですよ。天才系のプログラマーです。『FFVII』も川井君のおかげっていう部分がけっこうありました。その川井君と一緒に何かやろうみたいな話になったので、それでマイクロソフトと組んだんです。で、川井君のチームと始めたのが『ロストオデッセイ』。だから、そこには中山さんは入ってないです。
『ブルードラゴン』はまず企画があって、鳥嶋さんに「再始動したいんだけど、鳥山明さんともう1回組むことはできないか」って言ったら、鳥嶋さんも「実は僕も鳥山明と新規IPを作ろうと思っていたんだ」という話になって。じゃあアニメ化も含めてちょっとプロジェクトを起こそうよと。で、鳥山さんと組めることになったんですが、そうするとあちこちから「やりたい」っていう声が上がるじゃないですか。

なるほど

坂口 ハードウェアメーカーだけじゃなく、いろんなところと話をして最終的にマイクロソフトに決まって。そのときにアートゥーン(注21)っていう開発会社をマイクロソフトから紹介されたんですよ。そこで、元セガの大島(直人)さん(ソニック生みの親)と石井(洋児)さんと出会って、意気投合してアートゥーンと『ブルードラゴン』を作ることになったんですけど、実は中山さんの会社だったと。それで、中山さんを紹介されたんです。そういういきさつです。

注20)『パラサイト・イヴ』、『FFIX』などでメインプログラムを担当。その後、マイクロソフトXbox事業部に移籍し、『魔牙霊』などを手掛ける。
注21)『ラストストーリー』や『ヨッシーアイランドDS』などを手掛けたディベロッパー。

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