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小泉今日子 3枚組50曲でたどる真正年代記。コイズミはいつでも懐かしく、だから新しい

小泉今日子 3枚組50曲でたどる真正年代記。コイズミはいつでも懐かしく、だから新しい

常に時代の先頭を走り続け、素敵にアグレッシブにファンを裏切り続けてきた。小泉今日子にはそんなイメージがある。が、もしかしたら…と、彼女と同世代の10代、20代、30代(以下略)として同じ時代を生きてきた者としては思うのだ。その逆もまた真なのかもしれないぞ、と。

既成の枠をぶち破り、新たな価値観を提示することで私たちを驚かせ、楽しませながら、実のところ彼女はいつも、時代の流れの中で“忘れ去られつつあるもの”や“見失われそうなもの”を私たちに思い出させ続けてきてくれたのではないか? デビュー曲から最新作まで、シングル・重要曲50曲を年代順に並べた、いわば“聴く年表”の『コイズミクロニクル』リリースを機に改めてそう感じる。

 この3枚組は、もちろん1982年のデビュー曲「私の16才」から始まる。平成生まれの若者が聴けば、KYON2はもともと“昭和歌謡アイドル”の王道だったんだなぁと悠久の歴史に思いを馳せるのかもしれない。が、82年といえば、すでに昭和的な意味での“正統派アイドル”の時代は終焉を迎えていた。当時、「赤いスイートピー」を大ヒットさせていた松田聖子は、すでに松本隆、松任谷由実、大滝詠一らポップス界の大物たちと組んでアイドル歌謡の新しい世界へと足を踏み入れようとしていた。型破りの“脱アイドル”を競うことがある種のトレンドになりつつあった時代。が、そんな中でデビューを果たしたKYON2の1、2作目のシングルはいずれも70年代アイドルのカヴァーだった。初のオリジナルとなった3作目もどこかノスタルジックな歌謡ポップ路線。髪型や衣装も含めてどこか懐かしい、いい意味での“まったり”感。それがリアルタイムで体験したデビュー時のKYON2の第一印象だった。

が、その“まったり”感こそ、彼女が私たちに思い出させてくれた最初の感触だった。もともと昭和のアイドル歌謡にはある種の様式美があった。垢抜け過ぎていてもいけない。流行を先取りしすぎていてもいけない。絶妙な“まったり”感が重要だった。が、アイドルたちが型破りであることにこだわり過ぎ、“基本の型”がなおざりにされつつあったあの時代。KYON2だって、本来ならば「渚のはいから人魚」でデビューしたっておかしくない女の子だった。それはそれで、誰よりも型破りなアイドルとしてセンセーショナルに大ブレイクしたに違いない。

が、本人の意志はどうあれ、KYON2はそうはしなかった。せわしなく加速してゆく時代の中、人々がふと忘れかけていた「そうだ、アイドルはこうでなくちゃ」という昭和アイドルの正しく美しい“型”を彼女はファンに思い出させつつ世に降臨したのだった。だからこそ、それからの小泉今日子の歴史はこんなにも楽しいものになった。

ディスク1に収録されているのはデビュー曲から、85年の「魔女」まで。髪をばっさり刈り上げ、やがて無敵のアイドルとしてのスタンスを確立するまでの時代の楽曲群だ。「まっ赤な女の子」から「艶姿ナミダ娘」「渚のはいから人魚」「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」…デビューから3年あまりでのウルトラ快進撃。筒美京平からYMOへと連なるオリエンタル風味テクノ歌謡アプローチも、おきゃんな彼女によく似合っていた。この時期の彼女は確かに、今までにないタイプのアイドル、という印象を決定づける存在ではあったけれど。それもこれも、やっぱり伝統的な“型”から歴史をスタートさせたからこそ。既成の枠をハミ出すにはまず既成の枠にハマってみるべし。十代の彼女はそんな絶対的な真理を教えてくれたのだった。

 ディスク2は10代最後のシングルとなった85年の「なんてったってアイドル」で幕を開ける。この曲、アイドルとは何ぞやを当代随一のアイドル自らが歌った“アイドル・アンセム”として今なお愛され続けているが。当時は“おニャン子クラブ”旋風まっただ中。アイドルではないフツウの女の子たちこそが新時代のアイドルであり、歌の中に登場するような昔ながらのアイドルは実のところ時代遅れの危機にさらされていた。が、そこでKYON2はまたも思い出させてくれたのだ。アイドルとはなんぞや、という真理を。時代が変わってもアイドルの本質を忘れてはいけないぞ、と。カッコいい。

が、自らが描いたアイドル像に安住することなく彼女は次のステージへ。翌86年の「夜明けのMEW」「木枯らしに抱かれて」あたりを境に、彼女は第三者の作詞によるシングル作品であっても自らの内省により近い世界観を歌い始める。あくまでポップスの手法のもとでシンガー・ソングライター的な表現を展開する、という90年代型ガール・ポップのあり方も彼女がいち早く提示していたということか。すでにアルバムでは自ら歌詞も手がけていたが、88年の「Good Morning-Call」からシングルでもその才覚を発揮するようになった。その路線の先にあるのがディスク2のラストを飾る、藤原ヒロシ・屋敷豪太とタッグを組んだ「La、La、La…」と、東京スカパラダイス・オーケストラという新たな才能をお茶の間へと紹介した「丘を越えて」の名作2曲だ。

「なんてったってアイドル」=KYON2という鮮烈な存在感も、ストリート・カルチャーと大衆芸能の溶融という大胆な試みも、とびきりの好奇心と強い意志に貫かれた小泉今日子のクリエイティヴィティの産物なのだ。加えて、この時期には大滝詠一の「怪盗ルビィ」やフィンガー5のカヴァー「学園天国」などもヒットさせている。マキシ・シングル「夏のタイムマシーン」はデビュー当時から続いてきた筒美京平とのコラボが成熟をきわめた9分超の異色作。自らの裾野を無限大に広げた、全力疾走期の記録だ。

 ある時は芸能界の頂点を極めた正統派アイドル。ある時は異ジャンルの才能とも積極的にコラボする型破りトレンドセッター。ある時は最新クラブ・ミュージックさえ“KYON2流”ポップスへと変えてしまうマジカル・クリエイター。35年という歳月を駆け抜けてきた小泉今日子の魅力をどうとらえるかは人それぞれだ。でも、結局のところ私たちが魅了され続けているのは、彼女が見せてくれてきた“仕事”の内容というより、年齢を重ねても、時代が変わっても、いつでも笑顔で何かワクワクすることをしている小泉今日子という存在そのもの。91年の「あなたに会えてよかった」に始まり、今のところ最新作である「潮騒のメモリー」「T字路」という劇中歌で終わるディスク3を聴きながら、そう思い知る。

怒濤の疾走を続けた80年代に比べると、90年代以降の彼女はぐっと自然体で音楽を楽しんでいるようだ。斬新なサウンドやパフォーマンスで驚かせてくれるのも楽しいけれど、「あなたに会えてよかった」というあたりまえのことがどれだけ特別な言葉か、まっすぐな歌声でさりげなく気づかせてくれる、そんな小泉今日子は格別だ。

けれど、結局のところ、KYON2を定義するのは不可能。そんなことをするとまた何かを見失う。そして、彼女がそれを思い出させてくれるまで忘れてしまう。新しいものに出会い、忘れていた大事なことを思い出す。KYON2がいなかったら、私たちはどれだけ多くのものを失ったままにしてきたことか。

文 / 能地祐子

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小泉今日子

1982年「私の16才」で歌手デビュー。以後、「なんてったってアイドル」「学園天国」「あなたに会えてよかった」など数々のヒットを放つ。近年は映画「空中庭園」「やじきた道中てれすこ」「グーグーだって猫である」「トウキョウソナタ」他のに出演、舞台「シブヤから遠く離れて」「労働者M」「恋する妊婦」他に出演するなど女優としての活動も盛んに行なっている。また、2004年より読売新聞の読書委員をつとめるなど、活動は多岐にわたる。

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