時代を映したポップスの匠たち  vol. 21

Column

小室等の名曲「雨が空から降れば」は小劇場演劇運動から生まれた

小室等の名曲「雨が空から降れば」は小劇場演劇運動から生まれた

毎年、梅雨の季節が来ると、思い出す歌がある。小室等や彼のグループ六文銭の「雨が空から降れば」である。その歌に出会ったのは、1971年、小室等のファースト・アルバム『私は月には行かないだろう』を聞いたときだった。

アルバムは1971年5月に発売された。谷川俊太郎、大岡信、吉増剛造、茨城のり子といった詩人の作品を歌にしたそのアルバムは、六文銭と上條恒彦がジョイントした「出発の歌」がヒットする半年前のことで、その時点でこんな異例のソロ・アルバムが発売されたのは、すでに彼の活動が注目されていたからに他ならない。

彼は1963年にはPPMフォロワーズというグループで活動していた。グループ名のとおり、アメリカのフォーク・グループ、ピーター・ポール&マリーの影響を受けて結成されたこのグループの活動期間は短かったが、1967年の再編時に『君はある日』というアルバムを残している。

CD化されたこのアルバムは、クレジットがないが、全曲横井弘作詞、小川寛興作曲。横井弘は「あざみの歌」「下町の太陽」「哀愁列車」「川は流れる」「虹色の湖」などのヒット曲の作詞者で、歌謡曲の中では文芸調の作風で知られていた。小川寛興は、「月光仮面」「鉄腕アトム」「おはなはん」「忍者ハットリくん」「遠山の金さん捕物帳」などテレビの人気番組の音楽を幅広く手がけていた。

つまり、「若者たちの間ではアマチュアのフォーク・ソングが次第に人気を集めはじめている。そういう音楽をレコード会社専属のプロの作詞家、作曲家が作ったら、どんなものができるだろうか」という意図のもと、専属作家の中では下世話でない作風の二人を起用して作られたのが『君はある日』であり、PPMフォロワーズはその歌と演奏を担当した。曲はプロらしい完成度を持った作品だったが、アマチュアの作るフォークとの作風の感覚的な開きは否めず、アルバムは大きく注目されるにはいたらなかった。

転機は小室等が早稲田小劇場や状況劇場などの演劇の音楽を担当したときに訪れた。小室等の証言や「エンタメ特化型メディアスパイス」というサイトの2016年1月4日のコラム『「別役実を歌う~劇中歌コンサート~」、それは演劇と音楽の幸福な結婚』によれば、早稲田小劇場が上演した唐十郎作の『少女仮面』(1969年)のために「時はゆくゆく」などを作曲したのが小室等と演劇との関わりのはじまりだった。時期は前後するが、ジャックスの早川義夫、はちみつぱいの渡辺勝らもデビュー前は演劇の音楽に関わっていた。60年代末期の小劇場運動と日本のポップスのつながりは、まだあまり論じられていない部分だ。

一方で小室等は、松岡正剛が編集する高校生向け新聞『ハイスクールライフ』の「六文銭挽歌集」という連載で、毎号詩人や劇作家の作品に曲をつけていた。そこで別役実の詩に作曲したことをきっかけに、別役実の演劇企画集団66の『スパイものがたり』(1970年初演)の音楽を担当、その曲のひとつが「雨が空から降れば」だった。

歌詞は、雨が空から降れば、電柱も、ポストも、街も濡れる、しょうがない、というもので、その部分だけ聞くと当たり前すぎておもしろくないが、おやっと思う仕掛けが二か所ある。ひとつは、雨に濡れて想い出がにじむという箇所だ。想い出という形のないものが電柱やポストと一緒に濡れるのところが、聞いて印象に残る。ただし「濡れる」が比喩だと思えば、この表現はそれほど意外というわけでもない。

もうひとつは、公園のベンチで魚を釣る、釣った魚も雨の中、という部分だ。ベンチが公園の池のほとりにあれば、魚釣りは物理的に可能だが、それなら普通、公園の池で魚を釣ると書くだろう。そうではなく、ベンチで魚を釣るという行為のシュールさと、もともと水の中にいて濡れている魚が、釣られて雨の中という描写のとぼけ具合が、親しみやすいメロディとあいまって、この歌を幻想的なものにしている。

雨の日はしょうがないという、あきらめとも嘆きともつかないリフレインは、雨の日の気分にぴったりだ。けだるすぎかも、と思わないでもないのだが、劇のしかるべき場面でうたわれるなら、それもありだろう。雨の日のけだるさは、多くの人が感じることでもあるから。なお、初演のときの主人公は釣糸をベンチの前の洗面器にたらしていたそうだ。

アルバム・ヴァージョンの「雨が空から降れば」の編曲者は青木望。彼は当時フォーク系のシンガー・ソングライターやグループの曲の編曲を数多く手がけていた。この曲ではフォーク調というより、きれいなストリングスを入れたポップ・バラード風の編曲だ。

ジャケットの表記と盤の内容が一致しないので、演奏者は推測するしかないが、フルートが横田年昭、ビブラフォンが木田高介、ギターが原茂、小室等、ベースが江藤勲か入川捷、ドラムがジミー・竹内と思われる。アルバムの編曲や演奏には佐藤允彦、成毛茂、クニ・河内などフォーク畑以外の豪華な顔ぶれも参加している。

当時の音源では、他に1972年7月8日の新宿厚生年金会館での六文銭のライヴが残っているが、そこでは小室等はギター演奏を担当し、及川恒平がヴォーカルをとっている。六文銭の「面影橋から」も及川のヴォーカルだったが、彼は別役実の演劇を通して小室と知り合い、六文銭でうたうようになった。その意味でも小劇場演劇運動の役割は無視できない。

(記事作成にあたり小室等氏にご協力いただきました。この場を借りて感謝いたします)

文 / 北中正和

私は月には行かないだろう(完全限定プレス盤) KING RECORDS


小室等「雨が空から降れば」
(アルバム『NHK みんなのうた 50 アニバーサリー・ベスト ~山口さんちのツトム君~』より)

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