Interview

阪本奨悟が語る音楽への揺るぎない想い。そしてこれからの目標。

阪本奨悟が語る音楽への揺るぎない想い。そしてこれからの目標。

「テニスの王子様」ミュージカルやNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」に出演し、役者として順調な活動しながらも、音楽への強い思いから、役者としての活動の場を離れ、地元兵庫での単身音楽活動の道を選んだ阪本奨悟。彼が抱いていた音楽への想いは、役者としての活動の中で沸々と芽生えたものだったようだ。用意された舞台から、自分でつくる舞台がどれほど大変で、いかに多くの方々に支えられていたかを認識できたという。そんなたくさんの感謝を胸に、『鼻声 / しょっぱい涙』でメジャーデビューを果たした。
すがすがしいほどの笑顔、そして凛とした佇まいから、今の音楽活動への手応えと自信がうかがえた。たくさんの想いをこれから多くの人へ届けていくに違いない。

取材・文 / 大窪由香 撮影 / 荻原大志

順調な役者の道から、音楽の道へ

まずはメジャーデビューまでのいきさつを振り返っていただきたいと思います。阪本さんはもともとミュージカルなどの舞台で役者をされていて、順調に進む中、その一切をやめて音楽の道を目指したとのこと。その理由を教えてください。

父親が趣味でジャズギターをやっていて、僕が産まれた頃から身近に音楽があったんです。それで、自然な形で小学校の高学年ぐらいになった頃からギターを弾き始めて。だから役者をやっている間もギターはずっと趣味としてやっていたんです。で、音楽の道に進みたいと思った一番のきっかけは、ミュージカル「テニスの王子様」で、一万人以上のお客さんの前で主役として歌わせてもらったこと。そういう景色を見てしまうと、歌の楽しさっていうものにどっぷりとはまってしまって。それと、元々物作りも好きだったので、自分で歌を作ってみたいと思うようになって。14歳の頃に初めて作った曲が、意外と好評をいただけたんですよ。

それはどこかで発表されたんですか?

役者をやっていた頃のファンミーティングで演奏させてもらったんですけど、その辺りから“音楽アーティスト”になりたいって思うようになったんです。役者が嫌いだったわけじゃないんですけど、音楽を今すぐやりたくなった。でも事務所的に役者として順調にお仕事を考えていただいていたので、今すぐ音楽をやるっていう状況になく。でも、自分は音楽をやる人だと勝手に思い込んでしまったので、衝動的に事務所の方と何度もお話をさせていただいて、意思を尊重していただくという形になったんです。

では円満に離れた形ですね。

でも、ものすごく迷惑はかけてましたね。結局は自分次第だと今は思うんですけど、あの頃はすごくマイナスに考えていて、何を考えるにしてもモヤモヤして自分を認められなくて。だから自分にとって音楽をイチから積み上げていくことが、一番の自信になると思ってたんです。それで、僕が小さい頃から応援してくれていたマネージャーさんをすごく傷つけてしまったことを今は反省してますね。もっと上手に人に迷惑をかけないようにできたんじゃないかって。

でも10代にして自分の道を見つけられたのは、すごいことだと思います。

決断はすごいと言っていただくんですけど、あの頃はすごく慢心していて。たぶん自分が音楽やれば、三ヶ月ぐらいでランキング上位に入っちゃうかな、とか、完全な勘違いですけど、何の根拠もないのに自信だけはあって。でも、実際に始めてみて、自分の小ささを実感しましたね。役者をやってた頃は、スタッフさん達に支えられていたんだなってそこでものすごく痛感しました。

単身兵庫へ戻ってからの音楽活動

それから地元に戻られて音楽活動をイチから始められたわけですが、始めてみていかがでしたか?

後悔の連続でしたね。大阪駅で路上ライブを始めたんですけど、そこに機材を運んで準備をしている段階でもう泣きそうになって。今までは僕が行く所行く所、待っててくれる人がいたんですよ。だけど今は誰もいない。当たり前なんですけどそれがすごく辛くて、声が出せないまま2、3時間過ぎてしまいました。それから自分でライブハウスのブッキングなんかもするようになって、こういうことをスタッフさんはやってくれてたんだな、自分は本当に何もわかってなかったんだなって気付いて。今戻れたらわかるのに、なんで戻れないんだろうって毎日泣いてました。そこで気付けたのは、側にいてくれる家族への感謝とか友人への感謝です。

その頃に経験した苦しみや悔しさは、今の音楽に反映されてますか?

めちゃくちゃ繋がってますね。支えてくれる人もいなくなって、ただただ暗闇の中を一人でポツンと歩いている感覚で、悩みに悩んでいた時期だったので。その頃に気付けたこともたくさんあるし、その頃に感じていた気持ちを歌わざるを得ないというか。歌でしか自分は解消できなかったので、今でも思い出して書いてます。気持ちが沈んでいる時ほど些細なことが喜びに変わるし、それはたぶんずっと幸せの中にいたら見えてなかったんじゃないかと思うので。

また活動の拠点を東京に移すことになったきっかけは?

路上ライブをしている時に、あるアーティストさんに声を掛けていただいて、ライブハウスで一緒にライブをやるようになったんですね。そうすると聴いてくれる人も増えて、その人たちがSNSに書き込んでくれることによって、僕が役者をやってた頃に応援してくれていた人たちが、それを見て駆けつけてくれるようになって。徐々にお客さんが増えていった頃、今とは別のプロダクションの方に声をかけていただいて。その時に当時お世話になっていたスタッフさんに相談して、もう一度同じ事務所でチャンスを頂いて、そこで過去の自分を払拭して凌駕していく姿を見てもらいたいと思って。

実体験から描かれるリアル

ちなみに、傷つけてしまったとおっしゃっていたマネージャーさんとは?

会ってますよ。でも、『武道館に立つまで、奨悟のライブには行かないね』っていう約束をしました。なかなか音楽がやれなかった当時、『僕は武道館に行くアーティストなのに、なんで役者なんかやってるんだ』って、すごい生意気なことをその人に言ってて。だからこそ、武道館に立つ姿を見てもらって初めて、僕が選んだ道は正しかったってその人に思ってもらえると思うんです。なので、有言実行に向けて本気で頑張ってます。

男の約束ですね、かっこいいです。今回のメジャーデビューは、まさに武道館に向けた第一歩と言えますね。デビューシングルとなる「鼻声/しょっぱい涙」の「鼻声」はいつぐらいにできた曲ですか?

これは去年の春ですね。去年出した『Fly』というアルバムの制作が終わった後、また曲作りを始めた頃にできた曲です。

阪本さんは曲と歌詞作りをどんなふうに進めていかれるんですか?

この曲のサビは同時でしたね。“好きだよ好きだよ”っていうところは最初に出て来て。

ということは、最初からラヴソングだったんですね。

そうですね。ラヴソングを書きたいっていうのがあって、自然と出てきました。たぶん“好きだよ”っていう言葉も、言いたかったんでしょうね(笑)。

『Fly』でお話を伺った時は、実体験を基に歌詞を書いていかれるとのことでしたけど、今回の歌詞については?

実体験です。

女の子の身長が“153センチ”とか、かなり細かな描写がありますが。

好きな人がそうでした。

包み隠さず(笑)。だからとてもリアルなんですね。

だいぶ恥ずかしいんですけどね(笑)。今回、歌詞のアドバイスをくださる方が入ってくれたんですけど、僕はもともとすごくかっこつけなので、すごく恥ずかしい部分にフィルターをかけてしまって、すごくまとまりのいい歌詞を書いてしまう癖があって、それじゃあ聴く人には伝わらない、とその方に言われたんです。シンガーソングライターとして、自分が感じてきたことならリアルなもの、人が共感し得るものが書けるはずだから、そこから始めてみるのがいいと思う、と言っていただいて。それでインタビュー形式で話を進めていって。『奨悟が“好きだよ好きだよ”って言ってる女の子はどんな女の子だったの?』って聞かれて、『年中無休で鼻声でした』って言ったら、『それすごくいいじゃん!』って(笑)。

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