時代を映したポップスの匠たち  vol. 22

Column

大滝詠一の「五月雨」で梅雨のユーウツを解消する

大滝詠一の「五月雨」で梅雨のユーウツを解消する

雨の日が好きな人と、晴れた日が好きな人、どちらが多い? そんな統計があるのだろうか。ありました。ネットを探したら、4年前の@niftyニュースの統計が出てきた。それによれば、日本人の雨の好き嫌いは、次のような割合らしい。

雨が好きな人は、「死ぬほど好き!」「大好き」「まぁ好きかな」をあわせて10%。雨が嫌いな人は、「死ぬほど嫌い!」「嫌い!」「そんなに好きでもない」をあわせて73%。「ふつう」が17%。有効回答数は4614。

集計方法が書いてないので、数字をうのみにする必要はないだろうが、雨が好きな人より嫌いな人のほうが多いことは、たぶんまちがいないだろう。ちなみにぼくがアンケートを受けたら「そんなに好きでもない」「ふつう」のどちらにするか、迷うところ。

海外ではどうかと思って英語のサイトも探してみたが、みつからなかった。しかし「あなたは雨が好き?」という類のアンケートには、雨好きな人の熱心な書きこみがけっこうあった。それだけでは統計的根拠にならないが、日本よりは雨の好きな人が多そうに見える。雨に対する思いは、その人が暮らす土地の気候風土によってもちがうだろう。

日本では1960年代まで、雨にまつわる歌謡曲がけっこうあった。たとえば「雨のブルース」「雨に咲く花」「アカシアの雨がやむとき」「雨のオランダ坂」「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」「長崎は今日も雨だった」「どしゃぶりの雨の中で」などなど。タイトルには出てこないが、「有楽町で逢いましょう」や「江梨子」のように雨が効果的に使われた曲も少なくない。

ざっと見たところ、雨関連の歌は、1950年代以前より、1960年代に入ってからのほうが増えている。60年安保闘争直後の「アカシアの雨がやむとき」のヒットの印象が強かったので、雨の歌もいけそうだ、という空気が音楽業界に生まれたのかもしれない。

自作自演のフォーク、ロック、ポップスが登場してきてからでは、はっぴいえんどの1970年の「12月の雨の日」をまずあげなければならない(デビュー・アルバム収録曲、シングルは別ヴァージョン)。松本隆による歌詞は、その時点では、青い空や太陽や星が好んでうたわれたフォークにも、雨が恋愛や失恋の演出に使われる歌謡曲にもない視点を持っていた。

「12月の雨の日」の主人公は雨上がりの街の光景を眺めている。彼の心は「雨に病んで」「飢いて」いる。歌謡曲だったら屈折した心にいたるまでのドラマがうたわれるところだが、この曲は理由には言及せず、情景だけを描いていて、前例のない作りだった。

この曲の作曲者でヴォーカリストでもあった大滝詠一は、次のアルバム『風街ろまん』の「颱風」では、一転して、投げつぶてのような激しい雨をうたいあげた。そこでは作詞も彼が手がけていた。同じアルバムの松本隆作詞・細野晴臣作曲の「あしたてんきになあれ」も雨の日の歌だった。2曲ともウェットな感覚ではない雨の描き方が新鮮だった。

大滝詠一は、はっぴいえんど在籍中にソロ活動をはじめている。そのセカンド・シングル「空飛ぶくじら」のB面は「五月雨」だった。ぼくは子供のころ五月雨は5月に降る雨だと思っていた。しかし五月雨の5月は旧暦の5月で、太陽暦ではむしろ6月にあたる。つまり五月雨は梅雨時の雨だ。

梅雨といえば、しとしとじめじめの印象が強いが、この曲はファンク・リズムにのってカラッと明るくうたわれる。語呂合わせやコーラスの遊びも多く、雨を跳ね飛ばしそうな勢いだ。ドラムのリズムはハニー・コーン、ジャクソン・ファイヴ、オズモンズなどを参考にしたという。

この曲もシングルと、アルバム『大瀧詠一』の収録曲では、ヴァージョンがちがっている。どちらも歌はメイン・ヴォーカル、裏声のコーラス、合いの手を入れるサブのヴォーカルから構成され、シングルではメインのヴォーカルが大きく前に出るように歯切れよくミックスされている。コーラスはシングルでは少ししか使われていない。たとえばアルバムでは、ユーウツな雨……と歌がはじまるのに合わせたハイトーンのコーラスがシングルには登場しない。

サブのヴォーカルで「サミダレー」とささやく部分は、アレサ・フランクリンの「リスペクト」に出てくる「サック・イット・トゥ・ミー」(サキトゥミと聞こえる)をもじったのだろう。シングルでは「サミダレー」に続いて「ウーン」と力む声が入るが、これはジェイムス・ブラウンの歌い方の引用だ。シングルのエンディングの「えー、飴売りでございます」の声は、アルバムには入っていない。

ベース・ソロからはじまるシングル、ペースとギター・カッティングからはじまるアルバム、マラカスやクラベスの入るシングル、手拍子を使うアルバム、などなど、細部を見ていくと、二つのヴァージョンが手間暇かけて作られていることがわかる。

「五月雨」は1978年のアルバム『ナイアガラ・カレンダー』でも再演された。これまたまったくちがったバラード仕立てで、大滝詠一はストリングス入りの演奏にのって別人のような重厚な低音の歌声を聞かせる。このじっとりとした声はライチャス・ブラザースを意識したのだろう。エルヴィス・プレスリーも少し混ぜたのだろうか。

コーラスや演奏にはフィル・スペクターやビートルズのこだまが聞こえる。ロネッツの「イズ・ジス・ホワット・アイ・ゲット・フォー・ラヴィング・ユー」への感謝も含まれていると本人は語っている。途中に出てくる「舌切り雀」「五月雨集めて」という歌詞は、おとぎ話や松尾芭蕉の俳句の引用だ。永井荷風の随筆からも言葉を抜き出して使ったそうだ。凝った遊びが随所に散りばめられたこの曲を聞いていると、梅雨のじめじめした気分を忘れられるような気がする。

(参考文献『王滝詠一Talks About Niagara』、CD『大瀧詠一』解説)

文 / 北中正和

「12月の雨の日」(『はっぴいえんど <エレック/URC復刻プロジェクト2009>』)より

「颱風」、「あしたてんきになあれ」(『風街ろまん <エレック/URC復刻プロジェクト2009>』)より

五月雨 <オリジナル 78年版>『NIAGARA CALENDAR ’78』より

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