黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 5

Interview

ドラクエ堀井雄二氏(中)ゆう帝、ミヤ王、キム皇、鳥嶋和彦、鳥山明、導かれし者たち

ドラクエ堀井雄二氏(中)ゆう帝、ミヤ王、キム皇、鳥嶋和彦、鳥山明、導かれし者たち

ドラゴンクエスト誕生の軌跡(奇跡)

鳥嶋さんをきっかけに、例えば鳥山明さんたちのお付き合いが生まれていったということなんでしょうか。

堀井 まあ、鳥ちゃんも僕もRPGが面白いとなっていたので、じゃあ、こういうゲームを作ってみたいねと。それで、中村光一君(注12)もやっていて、じゃあ、一緒に作ろうよっていう話になったんですが、鳥山さんもたまたま『ポートピア』にハマっていたらしいんですよ。ただ、そのとき鳥嶋さんから「鳥山さんがゲーム作りたがっている」って聞いたんですけど、あとで鳥山さんに聞いたら「いや、そんなこと言ってないよ」って(笑)。

注12)『不思議のダンジョン』シリーズや『サウンドノベル』シリーズなどを手がけたことで知られるゲームクリエイター。『ドラゴンクエスト』シリーズではプログラマーなどを務めた。

それ、けっこう有名な話ですよね。

堀井 鳥嶋さんは、編集者として鳥山さんに新しい刺激を与えたかったみたいですね。

でも、すごい組み合わせじゃないですか。鳥山さんって言ったら、もうその頃すでにすごい人でしたし。堀井さんだってミステリー3部作をおやりになって。

堀井 中村君も天才プログラマーって言われていたしね。あと、すぎやまこういち先生もグループサウンズとかいろいろなところで一世を風靡して。まあ、たまたま集まったんですけどね。

すぎやまこういち先生はアンケートが来たから連絡してみたっていうお話を聞いたことありますが。

堀井 そうそう。『森田将棋』のアンケートを出したらしくて、それを千田さん(注13)たちが見つけて。一応、助走期間として『ドラクエ』の前に『ウイングマン2』(注14)をやってもらったみたいですね。 PCのグラフィックアドベンチャーゲームですね。

注13)『ドラゴンクエスト』シリーズのプロデューサーを務めた千田幸信氏のこと。
注14)桂正和氏が80年代に連載していた人気マンガ『ウイングマン』のゲーム版。正式なタイトルは『ウイングマン2 -キータクラーの復活-』。

なるほど。『ドラゴンクエスト』の制作は140日間くらいかかったということですけど、すごく大変だったんじゃないですか?

堀井 いろんなことができたから楽しかったですよ。もちろん、メモリの容量が少なかったので、どんどん切ったりしましたけど。

驚異のコラボレーションとゲーム分業開発のルーツ作品

 

ゲームって今では開発体制は完全な分業ですけど、当時はひとりやふたりで作るというのが当たり前だったじゃないですか。そんな中で『ドラゴンクエスト』の分業体制はすごく珍しかったのではないですか?

 

堀井 設計図は僕が書くけれども、プログラムは中村君で、絵は鳥山さんで、音楽はすぎやま先生ってことで、各パートひとりずつくらいだったので、そんなに分業っていう気はしなかったですね。分業というと『軽井沢』を作り始めたとき、アスキーからもう1本頼むよと言われて『オホーツク』も作ったんですが、同時に2本は作れないということで『オホーツク』のほうはプログラムを上野君っていう人に任せたんです。そちらは完全な分業でしたね。

でも、驚異のコラボレーションですよね。しかも、30年も続いているわけですが、ここまで続くとは……。

堀井 思わないです、全然思わなかったですよ。

当時はどう思われていましたか。言い方は悪いかもしれませんが、「1本RPG出したよ」くらいのお気持ちでしたか?

堀井 続編を作れるかな とは思っていました。『Ⅰ』は容量の都合などで、やりたかったことをいろいろ切りましたから。でも、「III」くらいまでしか考えていなかったです。5、6年くらいかな、みたいな(笑)。


続きは第3回インタビューへ
(6月20日(火)公開)

著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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