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【書評】美輪明宏と天才たちとの邂逅を活写―「美輪明宏と『ヨイトマケの唄』」

【書評】美輪明宏と天才たちとの邂逅を活写―「美輪明宏と『ヨイトマケの唄』」

エンタメステーションで「昭和歌謡と日本のスタンダードの歴史」や、「ビートルズの武道館公演を実現させた陰の立役者たち」を長期連載した佐藤剛氏の著書が、文藝春秋より刊行になりました。
美輪明宏という稀代の表現者と出会った天才たち、三島由紀夫、中村八大、寺山修司をはじめとする、昭和から平成にかけての日本の音楽文化史や映画、演劇の重要なエピソードを描いたノンフィクションの大作です。


美輪明宏は、数多の伝説に彩られた〝聖なる怪物〟である。

「銀巴里」のシャンソン歌手・丸山明宏としてデビューし、昭和三十二年、妖艶なメイクと衣裳で歌う「メケメケ」によって〝第一次明宏ブーム〟を巻き起こす。当時の新聞や雑誌には、類い稀なその美貌を称賛する「神武以来の美少年」「天上界の美」という言葉が躍った。

昭和四十一年、庶民の哀歓と日本人の心の原点を詠い上げた「ヨイトマケの唄」が大ヒットして、〝第二次明宏ブーム〟を呼び起こす。かつて「シスターボーイ」と騒がれた美少年は、すっかり社会派・人生派の大人の歌手に変貌していた。

昭和四十三年、江戸川乱歩原作・三島由紀夫脚色の「黒蜥蜴」を演じて大向こうを唸らせ、現代女形として大輪の花を咲かせた。寺山修司が主宰したアングラ劇団「天上桟敷」の成功に続いて、絢爛たる三島美学を舞台で成功させたことにより、〝第三次明宏ブーム〟となる。

時代は移り、平成期になっても明宏の勢いは衰えを知らない。二十四年の「紅白歌合戦」において「ヨイトマケの唄」を歌うと、それまで祝祭ムードに溢れていた会場は、一転して静まりかえり、明宏の歌は聴衆に深い感銘を与えた。〝本物のアーティスト〟だけが持つ圧倒的な存在感と輝きを示したのである。さらに二十六年、NHKドラマ「花子とアン」では、駆け落ちシーンが大反響を呼んだ。その回の放送は、明宏の「愛の讃歌」がフル・コーラスで流れて、台詞や効果音が一切ないまま終了したが、その大胆な演出は視聴者から絶賛された。世間から「ゲテモノ」「キワモノ」として白い眼を向けられた少年時代から、今日の神話化された存在となるまで、明宏の道程は決して平坦ではなかった。

佐藤剛の「美輪明宏と『ヨイトマケの唄』」(文藝春秋)は、一人の無名の少年が、日本を代表するアーティスト〟となるまでの軌跡を余すところなく描いた好著である。

これまでにも美輪明宏については、多くの者が筆にしている。しかし本書を著した佐藤剛は、辣腕の音楽プロデューサーとして音楽や演劇の世界で実績を重ねるとともに、わが国の音楽史に通暁した「上を向いて歩こう」(岩波書店)の著者でもある。今回は、美輪明宏という存在を、日本の音楽史において的確に位置付け、その作品の価値を明らかにした。

本書のサブタイトルは、「天才たちはいかにして出会ったのか」。美輪明宏、三島由紀夫、中村八大、寺山修司たち……。著者は、彼らを「天才」と呼んで憚らない。本書は、美輪と彼らの交流を縦糸にして、そこに江戸川乱歩や、白坂依志夫、野坂昭如、藤井浩明、増村保造、若尾文子、赤木圭一郎、永六輔、水原弘、横尾忠則、松浦竹夫、谷川俊太郎、篠田正浩、深作欣二、越路吹雪、黛敏郎、冨田勲たちを緯糸として絡めて織りなした華麗な「昭和の芸術絵巻」となっている。

〝聖なる怪物〟と天才たちとの出会いと別れ。

わけても明宏と三島由紀夫との交流は永くて深い。時代は、今から六十有余年前の昭和二十六年にまで遡る。場所は、銀座の「ブランスウィック」。この店は、当時評判を呼んだ喫茶店で、現在でいうと「GINZA SIX」近くに所在した。

明宏――ではなく本名・丸山臣吾は、音楽を勉強する十六歳の少年であった。三島は二十六歳で、『仮面の告白』で文壇に地歩を固め、『青の時代』『愛の渇き』などの問題作を矢継ぎ早に発表して昇龍の勢いをしめす新進作家であった。臣吾少年が「ブランスウィック」で披露した歌を聴いて、「君は大物になる」と見抜いたのが三島であった。本書には、こうした挿話が生き生きと描かれている。

慧眼な三島は、明宏の資質と才能を最初に見抜いたばかりでなく、折にふれて適切な助言を与えた。とりわけ「夜を告げる星」は、啓示ともいえる名文である。

彼の歌はどんなに希望に燃えて歌はれても、朝を告げ知らすのではなく、夜の到来を告げる。(三島由紀夫「夜を告げる星」)

本書では、「この文章は美輪明宏という表現者にとって、その後も重要な役割を果たしたのではないか」と読みとられている。さらに本書の「二人の表現者の深いつながりを思えば、美輪明宏という表現者そのものが、三島由紀夫の感性や論理を背景にして、日々の精進によって出来上がった芸術作品なのではないか、という気がしてくる」という一文は、まさに至言で、三島と明宏という〝本物の表現者〟同士の宿命的な繋がりを見事に捉えている。

浩瀚な一書であり、刊行までには三年間の歳月を要したと聞く。著者は、膨大な資料を丁寧に読み込むとともに、広く関係者の証言を求めるなど、確固とした事実の裏付けのもとに記述されており、音楽史・演劇史としての信頼性も高い。また三島と明宏がいかにしてそれぞれの芸術を大成させたのか示唆するところが多く、今後の三島由紀夫研究にも一石を投じるものと思われる。

美輪明宏、三島由紀夫、中村八大、寺山修司……。綺羅星のような天才たちが、めぐり合い、互いに触発されて見事な芸術・芸能が花開いた時代――「昭和」という時代を、佐藤剛の「美輪明宏と『ヨウトマケの唄』」は鮮やかに蘇らせた

文芸評論家 岡山典弘
写真・御堂義乘

書評:岡山典弘

作家・文芸評論家、三島由紀夫研究家、エッセイスト、松山大学講師。
著作は、小説『青いスクウェア』(日本文学館 2012.7)、評伝『三島由紀夫外伝』(彩流社 2014.11)、評論『三島由紀夫の源流』(新典社 2016.3)、評伝『三島由紀夫が愛した美女たち』(啓文社書房 2106.11)など多数。


美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか

著者:佐藤剛
出版社:文芸春秋

三島由紀夫、中村八大、寺山修司・・・・・・

時代を彩った多くの才能との邂逅、稀代の表現者となった美輪明宏の歌と音楽に迫る、傑作ノンフィクション!

「自分以外の人によって、己れの人生を克明に調べ上げ語られると、そこには又、異なる人物像が現出する。歴史に残る天才達によって彩色された果報な私の人生絵巻が、愛満載に描かれていて、今更ながら有難さが身に沁みる」――美輪明宏

著者:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『歌えば何かが変わる:歌謡の昭和史』(篠木雅博との共著・徳間書店)。